8 問題点
一人乗りの宇宙船の欠点は、当たり前だが話し相手がいないことだ。何十万キロも離れた相手とは、どうしても会話がスムーズには進まない。システム相手なんか問題外だ。
五号艇のマリーには前後にいるシングル艇からの通信が相次いだ。ほとんどは励ます言葉ばかりだった。ジョージのほうがどう思っているのかはわからないが、マリーがジョージを気にしているのは周知の事実だったのである。
ひとしきり励ましや慰めの言葉が行き交ったあと、次に出てきたのは本部船に対する不満だった。
「おかしいじゃないか。24時間俺たちをモニターしてるんじゃなかったのか」
「なんで消えたときのデータがないのよ」
「居眠りでもしてたんじゃないのか」
これらの通話は当然本部船でも聞くことが出来た。反論することも可能だ。だが本部船にいる誰もそんなことをする気にはなれなかった。シングル艇の連中だって本当は分かっている、どこかに怒りをぶつけたいだけなのだ。
ジョージは観測と計算を繰り返していた。そして結果をわかりやすくするためにモニター上に入れてみた。見事にずれている。どれくらいの物体と衝突したのかも類推出来るな、そんな事が分かってもいまさら対して意味はないが。主にマストを吹き飛ばしたエネルギーは船を本来の軌道から見事にずらしていた。極端に表現するなら、惑星の軌道を円盤にたとえるなら今はその表面から浮き上がっている状態だ。どちらかと言うと彗星などの軌道に近くなって行きそうだ。このままでは地球の軌道に戻れない。
こうなると通信出来ないのも幸いかもしれないとジョージは思った。これって救援の方法がないんじゃないのか。
もともと卒業旅行にいくつかのイベントを組み込むことになっていた。ある年度では金星の観測だったり別の年度では彗星観測だったりで、それぞれタイミングの合う対象を選んで行ってきている。今回はそれが水星観測だった。過去の事例にはない新しいチャレンジであり単なる卒業旅行にとどまらない成果が出せるはずだったのだ。
せめて金星観測の年だったら。
金星周辺なら民間船や軍関係の船に救援してもらえる可能性だって有ったかもしれない。だが金星軌道に接近する頃の金星の位置は太陽の反対側だ。
最終的にどこを目指すことが最善なのか、そもそも目指せることが可能なのか。ジョージは生き残ったサブシステムを使ってシュミレーションを繰り返した。
今のままでも太陽を中心点にした公転軌道ではあるようだ。本来とは異なる角度であり、おかげで観測対象だった水星にはあまり近づけないまま太陽に接近することになる。
目標ははっきりしている。地球への帰還だ、命あるうちの。そのためには地球の公転軌道への復帰、そして地球とのドッキングを図らねばならない。
当初計画では水星の軌道上で観測を行いながら調整して水星軌道から離脱し地球への帰還となる予定だった。
シュミレーション動画上では水星を取り巻くように学生たちの乗る宇宙船が取り巻き、ネックレスのように光り輝くシーンが印象的だった。
太陽に最接近する近日点では太陽観測も行うから、耐熱耐放射線性性能は過去最高レベルになっている。
その船体もデブリ一発で貫通されたのだからな、不運といえばこんな不運もないだろう。爆散しなかっただけでも幸運だったのか、あてもなく漂流してしまっているのは不幸以外の何物でもないだろう。
問題点その一、軌道変更のために設置している推進力の大きい化学燃料ロケットの制御。メインシステムが消えているのでどこまで正確に動いてくれるのか。
問題点その二、軌道計算。計算自体はサブシステムでも特に問題はない、ただ自分の位置がどこまで正確に特定出来ているのかが不安要素だ。前方の太陽センサは復旧しているが恒星センサが作動しない。どうも物理的に破損してしまったようで、システム側ではどうにもならなかった。したがって肉眼観測でカバーせざるを得ない。これが先々どのような影響を及ぼすか予想がつかない。
問題点その三、空気と食料がどれだけ必要なのか、目処がつかないことだ。
思いつくだけでもこれだけ出てくる。通信やなんやかやの事をのぞいてもだ。
ゆっくりと回転しながら太陽に向かう小さな宇宙船のなかで、ジョージは頭を抱えた。




