7 測定
祖父のヨットは小型だが装備はしっかり付いていた。GPSなどの位置測定装置にログ記録や魚探まで、もちろんトランシーバーなどは複数。だがジョージは祖父がそれらを使うところを見たことがなかった。
男の子としてはそういったものにも当然興味はある。
「なんで使わないの」一度そう聞いたことがあった。
「必要ないからな」祖父は短く答えた。不満そうな孫の顔を見て「ここらの海はよく知っているからな」と付け加えた。それでも不十分と見て言い足す。
「お前も駅から家に帰るとき地図やGPSは使わんだろう」
「だってコンビニの角を曲がるとか、ちゃんと目印があるもん」
「海にだって目印はあるぞ、ほら」そう言って岬の灯台や山の頂を指さした。
「でも道がないよ」
「道はな頭の中に描くんだ、例えば」そう言って祖父は紙の上に灯台と山頂を簡単に書いた。そして船も。
「船から見た目印の位置を角度で覚えるんだ。その角度を再現してやれば地図などなくても同じ位置にいつでも行ける」祖父はその理屈を紙に何度も書いて説明した。要は三角測量である。
「昔から漁師や船乗りはそうやって自分のいるところを判断していたんだ」これを山立てというのだ、と。
そして陸地の見えない海洋では正確な時間と太陽の角度を。夜は星の位置で自分の居場所を知ったのだと。
そして祖父はジョージに形見としてある道具を残した、レンズと分度器を組み合わせたそれは六分儀と呼ばれる測定装置だった。
「そうか、わからないなら測定するか」しゃがみこんで見ていた小さな窓から動く星をながめながらつぶやいた。
幸い艇の回転速度は一分間に二回転ほどだ。じっくりと観測するうちに窓から見える恒星を幾つか確認出来た。そして進行方向は少しずれたとは言え太陽にほぼ正対している。これで現在地を計算出来なきゃ宇宙の男とは言えないぞ。そう祖父が言ったような気がした。
もちろん普通の宇宙船にはこれを自動的に観測して位置計算を行うシステムが付いている。システムの復旧ができていれば悩む必要もないわけなのだが。
祖父もいつかはあのヨットで外洋に乗り出そうと思っていたのだろうか。あの船はいまどうなっているのだろうか。必ず地球に帰って確かめて見なくちゃな。
本部船は先行するシングル艇に定時連絡の間隔変更を指示していた。自動応答ではなく必ず操縦者本人によるものとされたので各艇からは不満の声も多かったのだが、四号艇について何もわかっていないため再発防止の為と言われれば反論も出来ない。二艇目の遭難船を出すわけにはいかない。原因が不明なら異常の発見を早くするしか仕方がない。
改めて四号艇の信号消失時の記録を精査してみるが、後ろにいた五号艇が同一のコースに位置していたためふさぐ形になりビーコン以外のデータが観測されていなかった。
「こちら五号艇。前方レーダーに反応あり、少し接近して光学観測してみる」
マリーからの連絡に本部船は色めき立った。四号艇消失以来初めての成果かもしれない。もし爆散しての残骸なら細かいデブリが周辺にあるかもしれない、接近には注意するように指示が飛んだ。
マリーは慎重に加速をした。これでジョージ艇の予想軌道から少しずれる事にもなる。
そして光学望遠鏡で捉えた映像は衝撃的なものだった。映像はすぐに本部船にも共有された。
「これってソーラーパネルよね」言葉にしても仕方がないのだが、マリーは口に出さずにはいられなかった。自分も使っている同じ形のパネルがゆっくりと回転しているのがはっきりと確認できる。
「そっちで回収できる?」
「やってみるよ」
短いやり取りの後マリーは通信を終え、静かに泣いた。四号艇は原因不明の空中分解をしたのだろう。レーダーにはもうなんの反応もない。船は四散し軌道上に残ったのはパネルの残骸だけとなったのだ。もうジョージに会うことは出来ない。あの堅物で愛想のないバカにはもう会えないのだ。
マリーは速度を調整して本来の軌道に戻った。前方を行くのは三号艇だ。距離はかなり離れているから信号をロストしないように慎重に合わせた。