3 本部船
本部船はもともとは観光用の宇宙船だったものを改造したものだった。船齢は古いが改装に改装を重ね、竣工時の面影はもう無くなっている。コロニー出発時は先行していたが、次々にシングルハンダーに追い越され、現在は最後尾に位置している。先行する小型艇にトラブルがあれば回収することもあるからだ。
回収の憂き目に合うと、卒業は出来ても操縦士資格にマークが隠されて付き、影で笑いものにされるという噂があり、シングル乗りの連中はそれだけは避けたいと心から思っている。伝説であり誰にも証明はできないのだが。
だがあえて回収を希望する連絡が入ってきた。
「こちら5号艇、救助を要請します。原因は分からないけど軌道から外れちゃったみたい。本部船とはだいぶ距離があるからね、早めに確認してちょうだい」
船内のキャビンは突然の出来事に騒然となった。
慣性飛行をしている宇宙船が軌道から外れるというのは尋常の事ではない。ただちに長距離探査用のアンテナの焦点を5号艇付近に合わせた。音声通話による交信も開始され状況を把握することになった
「こちら本部船、状況を知らせてくれ。何があったんだ」
「先行していた4号艇、ジョージの船をロストしちゃったの。さっきから角度を変えて探してるんだけど捉えられないの。たぶん私の軌道がずれたんだと思うのよ」
本部船と5号艇との距離は月と地球間よりも遠い。本部船で通信を担当している学生は、音声通信のタイムラグに、もどかしさを覚え緊急時をより感じていた。
「捕まえたぞ!」
探査を担当している学生が叫んだ。キャビンにいた当直の学生クルーに一瞬安堵感が広がった。
「安心するのは早いぞ。データを読み上げろ」
後方から叱責の声が飛んだ。臨席していた当番教師からである。よほどのことがない限り助言などしない事になっているが、人命がかかっている状況では致し方ない。探査を担当した学生があわてて距離や軌道からの乖離角度などを読み上げた。
皆、データを頭の中でプロットしていく。
「え、おかしくないか」
「合ってるのか、それで」
次々に非難めいた声が上がる。読み上げている本人も自身疑問に思ったようで「待ってくれ、もう一度確認する」と言って機器を見直しだした。
「何をやっているんだ」
当番教師も席を離れて探査担当の学生の後ろから覗き込んだ。
「これで間違いないですよね」
少し自信なさげに学生が示したデータでは5号艇が進路のど真ん中に位置している。発見されやすいようにとビーコンを最大出力にしているため受信感度を下げなければいけないぐらいだ。
「出力を絞れと言ってくれ、これでは先行している連中を確認出来ない」
「おいマリー、もうその眩しいのを絞ってくれ」つい名前を呼んでしまうのは大したアクシデントではないという安堵感からだ。
「もう見つけてくれたの、ありがとう。で、どうすればいいかな」
5号艇搭乗のマリーからも焦りの消えた返事が来る。ずれた軌道からは早く戻したいから指示が欲しいのだ。
「何もしなくていいぞ、人騒がせな奴め」まったく、前をよく見ておけよ。それとも観測機器に不具合でもあるのか。
「先行の連中がわかるか、どこまで見えてるんだ」シングル艇間の距離は近い。と言っても地球の直径分はそれぞれ離れている。出発時は十分間隔で打ち出され、肉眼でさえ船尾灯が確認できていたものが、いまやレーダーで確認するのが精一杯だ。先頭の1号艇などビーコンを拾わなければ存在さえ分からない。
「あ、拾えた。でもジョージじゃないわ、もっと先ね。3号艇だわ、これ」少しずつ全体の位置が見えてくる。各シングル艇は基本自分の前と、航路軌道上の自分の位置しか見ていない。本部船は一番先頭にいる1号艇を遠距離探査で捕まえているが後続艇については定時連絡時の確認にとどめている。もちろん常に各艇の出すビーコンを拾っているから記録は幾らでもさかのぼれる。当番教師はその記録を食い入るように見続けていた、そして。
「4号艇ロスト!」キャビンにいた全員に改めて緊張感が走った。
「ねえねえ、どうしたらいいのよ」5号艇のマリーからの音声通信が、いまやのんびりとした口調に聞こえる。
すぐに前方観測用の超長距離レーダーが最大感度で動き出した。角度を少しずつ変えながら軌道の周囲を調べていく。観測用のモニターに数人がかじりつき、見落としが無いように目をこらして変化する画像を見ていた。システムより先に発見してやろうとする意気込みは、しばらくするとしぼんでしまった。
「いないぞ、どこにも」「何があったんだよ、爆発して消し飛んだのか」「それなら破片ぐらい見つかるだろう」
当番教師もつまらない冗談を注意する余裕を失ってきていた。
「船長を起こせ、緊急事態発生だ」
本部船は緊急事態を宣言し、任務の最優先を消えた4号艇の捜索に切り替えた。5号艇のマリーが異変に気づいてから15分が経過していた。