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石頭ジョージの小さな冒険と帰還  作者: ふくろう亭
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2 卒業航海

 宇宙飛行士養成学校、一般的には商船学校と呼ばれているここに入学したのは三年前だ。入学試験はそれなりに難しいものだったが、たぶん合格ラインはそんなに高くないのだろう。あっさり入学できたものな。

 僕が目指しているのは宇宙船の操縦士だ。単に宇宙を目指すなら軍隊に入る選択肢もあったのだが、僕は民間の宇宙船乗りを選んだ。軍なら金もかからないし、それどころか給料もでるんだが、ちょうど祖父の遺産がもらえたし両親も軍役にはあまり良い顔をしなかったりでこうなった。

 まあどちらもやることはあんまり変わらないんだけどね。

 授業は月にある実習基地でほとんど行われていた。本校は地球と月の間にあるスペースコロニーにあるんだが、月面の方が授業に都合が良いらしい、半年の座学の後は月に移動してコロニーにはそれきり卒業旅行まで行くことはなかった。

 便宜的に月と地球の間と言っているが、実際にはラグランジュポイントにあるからな、そう簡単に行き来出来るわけでもないしね。直接地球に帰る方が早い。中途で退学した連中は皆そうしていた。それなりに授業は厳しいし、遊ぶところもないしで成績の芳しくないのは結構脱落して行った。

 学校側もあまり引き留める姿勢はなかったようだ。不適格なら早く別の道を選びなおしなさい、ということだろうな、無理をしてまでいるところじゃあないよ、宇宙ってところは。

 僕はと言えば時折あるペーパーテストも実習も、まあまあ上位の成績でクリアしていた。優等生とまでは言わないけどね。将来的には大型船の船長を目指す航海士コースを勧められるぐらいではあったんだが、僕は操縦士コースを選んだ。これだと少人数で運行する貨物船のパイロットになるのがいいところなんだがな、でも僕はそのほうが面白そうだと思ったんだ。

 これは僕に遺産を残してくれた祖父の影響が大きい。

 祖父は地球の海のほうで船乗りをしていた。それも大型船ではなく沿岸部を行く小型貨物船だった。若い頃は大型船に乗り世界中を巡ったらしいが。ただ海が好きなのは一貫していた、なにしろ小型のヨットを手に入れて休暇中にもわざわざ海に出ていたぐらいだ。

 子供時代の僕は何度も祖父のクルージングに付き合った。システムの充実した今、小型ヨットでも航海の難易度は下がってはいる。それでも風の力だけでうねる海を突き進むのは子供心に冒険の興奮を覚えたものだ。そうだ風さえあれば何処にでも行けるんだ。

 夢見る年頃が終わっても、僕が宇宙を目指したのはそんな子供時代を過ごしたからかもしれない。

 

 ところで操縦士コースにはとんでもない実技の授業があった。ミニマムサイズではあるが宇宙船を一台組み上げねばならないのだ。そして学業の集大成である卒業航海には、自分で作り上げたその船で参加するのだ。

 基本の形は完成しているキットではあるが、数ヶ月の航海を一人で過ごさなければならないという。かなりの難易度を成し遂げて、初めて卒業資格を与えられ宇宙船乗りになることが出来るのだ。

 とは言え技術的にはそれほどでもないな、とは船を組み立てながら思ったものだ。操縦といってもほとんどはシステムまかせ、途中にいくつかの課題があるがそれもマニュアルどおりにやるだけだ。たぶん一番の難敵は航海中ずっとひとりぼっちということだろう。

 航海士コースの連中は僕たちの実習風景を見に来ては、あきれていた。今からでも遅くないからコースを変更したらどうだ、とまで言われたこともある。軍の養成所でだって今どきシングルハンドの長期航海なんかやってないぞ、というわけだ。

 まあ価値観の相違だな。たかだか数ヶ月の内惑星コースの単独飛行も出来ないやつが、外惑星や小惑星群を巡る宇宙船乗りになれるわけないじゃないか。お前らはせいぜい観光客を乗せて金星の周回コースでも回ってればいいんだよ。

 そのあたりでいつも言い争いになり、少しばかりじゃれ合うのがお決まりだった。基本的には皆んな仲は良かった、と思う。

 

 卒業旅行の出発は短いセレモニーと長い待期タイムの果に唐突に始まった。

 僕たち一人乗りの宇宙船はコロニーの長いカタパルトから発射される。本来は物資や無人の衛星を打ち出すためのものだが、年一回だけ僕たちのようなシングルハンダーのために利用されるのだ。

 季節のないコロニーにおける一種の風物志になっていて、見物客がそれなりに集まってくるから面白い。なに、肉眼で見たって面白くもなんともないんだが。

 最初に航海士や機関士を目指す連中を乗せた本部船が出発する。これは派手に化学ロケットを吹かして行くからまあまあ見ものだろう。僕たちには何も見えないが。

 さんざん待たされて僕たちは粛々とカタパルトで加速されて行く。このときの様子が昔の地球から打ち上げるロケットを彷彿とさせるというのだがどうなんだろう。たぶん全然違うと思うのだがな。


 こうして僕たちの卒業航海は始まったのだ。惑星の公転軌道上を斜めにかすめるように太陽に向かって滑り落ちていく。水星の軌道手前で太陽を大きく回り込み、フライバイで加速して地球軌道まで帰り着くほんの半年ばかりの。

 それがつい一ヶ月前のことだった。

 

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