14 二つ名
軌道計算はすぐに完了した。あとはどうやって回収するかだった。地球軌道上の船舶からいくつかの候補があがった。その中には本部挺も含まれていた。マリーたちのシングル挺群もランデブー自体は可能だが残燃料や機材的な理由で除外された。
「私達が行うのが当然でしょう」
船長以下全員が賛同して準備が進められた。
観測班はジョージ挺を一秒でも早く捕捉すべく軌道上の観測を行った。
最後の様子からするとレーダーでの確認はかなり接近してからでないと困難だろう。
「来ました!ジョージです」
「本当か、随分早いな。別の衛星じゃないのか」
予想よりもかなり遠方の位置でレーダー波の反射が確認された。
理由は光学観測で明らかになる。
「ありゃなんだ」
「おそらくですが、アルミホイルとダクトテープで船体をくるんだんじゃないでしょうか」
「なんでアルミホイルなんかがあるんだ」
補修材として使い勝手が良いとジョージが思っていたことなど誰も知る由もない。
「やはり密閉は無理か」
最初はかなり本気で取り組んだのだ。骨組だけになった船にアルミホイルを貼って密閉空間を作ろうとしたのだ。
「もう少し骨組の感覚が狭ければなあ」
たぶん蜂が刺してもピンホールが空くようなもので気圧、たとえコンマ3ぐらいだろうと、エアを入れて耐えれるはずもない。なんとかして宇宙服のヘルメットだけでも外したかったのだが、時間つぶしにしかならなかったようだ。まあ宇宙服だけでほぼむき出しの宇宙空間にいるよりも、なんとなく安心感がある、百%気のせいだが。
現状は地球を回る楕円軌道上で、遠地点をとっくに過ぎ地球へ最接近する地点が近づいているところだ。
目視観測での判断でしかないが、なんとか軌道に乗っている。最後の博打のような減速は成功したらしい。次なる問題はもう他人任せなのだが誰かがうまく拾ってくれるかどうかだ。こちらの意図を理解してくれているという前提だが、ひょとしてこれが今回の最大の博打かもしれない。誰も待っていないところへ向けて、ただ突っ込んでいっているだけかも知れないのだ。
ジョージはアルミホイルの船殻に穴を空けて地球を眺めることにした。自分を座席に固定しているので少しずつ位置が変化していくのを観測出来る。
「まあいい加減エアもなくなるしな」宇宙服に入った時点でまともに食事もとれないし、エア切れと餓死とどっちが早いかだな。当然エアか。
ジョージはここに来て眠くなっていた。酸素濃度の低下が原因なのだが、追加するエアも残り少ないので充填をためらっていたのだ。
突然地球が見えなくなった。
船体が回転したのか。エア漏れでもあってモーメントが働いたのか。
グローブの太い指でアルミホイルの穴を広げた。
眼の前にエアロックが見えた。
軽い衝撃があった。アルミホイルが破られて宇宙服姿の誰かが手を振っていた。手を耳の位置に当て始めた。ああそうか。ジョージはスイッチを探り当てた。
「おい、いい加減に目を覚ませよ」
大きな声が飛び込んできた。ノイズのないクリアな声だった。
「なんだよせっかくいい夢を見ていたのに」
本部船でヘルメットを外せるまで少々時間がかかった。エアロックの中で新鮮なエアを注ぎ込まれながらメディカルチェックを受け、船内の気圧に順応した上で漸く宇宙服を外すことが出来た。その間に船内の者たちと会話ができ、シングル挺のメンバーも数人居ることがわかった。その中には最後に交信したマリーもいた。
宇宙服を脱ぎ捨てて、船内の居住区に入ってきたジョージを迎えたのは、そのシングル挺のメンバーたちであった。一人一人と抱き合い言葉を交わす。最後にマリーがジョージに飛びつきキスをした。
「おかえりジョージ」赤い顔をしてマリーは続けた。
「今のはカウントしないからね、ファーストキスは歯を磨いてからにしましょうね」長めのキスのあとにしては酷い感想だ。誰かが叫ぶように言った。
「それよりこいつを早くシャワールームに入れてやれ。臭くて鼻が曲がりそうだ」
「そうだ、ついでにマリーも放り込んでやれ。お前らみたいな臭い仲の奴らとは付き合いきれん」
かくしてジョージの二つ名は、石頭から臭い男に変更されることになった。
マリーがどう呼ばれたかは本人の強い希望により公表されていない。