13 減速
「ジョージ、ジョージ。聞こえる?」
ノイズだらけだが音声通信が聞こえる。ああ、マリーか、またなんかやらかしたのか。今はミッション中なんだぞ、足らないものがあっても手渡しって訳にはいかないんだぞ。
眼の前の受信機のランプが点滅している。おかしいなグリーンのランプなんだが白っぽく明滅を繰り返している。
あれ、何をしていたんだ。
相変わらずマリーの声が聞こえる。
これは作業用の通信機だ。あいつが外にでもいるのか。そんなはずは……。
大きく深呼吸した。
急に色が戻ってきた。
ちゃんとグリーンのランプが点滅していた。
思わずマイクのスイッチを入れた。
「マリーなのか、どこにいるんだ」
「ジョージ、ほんとにあんたなの」
「俺は俺だよ。なんでこんなに近いんだ」
「それほど近くはないわよ。皆のアンテナを合わせてるだけ」
一台では微弱なやり取りも合成すれば大きなアンテナを使うのと同じ効果が出る。
マリーたちは船団の通信システムを同調させてジョージに向けて通信を試みたのだ。
ジョージ挺の拡大映像を調べて遠距離用のアンテナが使えないことがわかった。ならば作業用の短距離通信なら可能ではないかとなかば賭けのような手段をとったのだ。
「とにかく時間がないわ。あなたの減速は失敗よ。そのままじゃ地球をかすめるだけで衛星軌道に入れないわ。どうするつもりなのよ」
やはりか。残った燃料を使い切っても危ういとは思ってはいたのだ。
「教えてくれ、どこまで減速できたんだ」
「あと少しなのよ。秒速でコンマ9キロなのよ」
それは惜しかったな。しかし半分は出来たのか。
「そうか。減速の新記録じゃないか、たぶん」そんな物があるかどうかは知らない。地球上から直接打ち上げられるよりも強いGが掛かったろうとは思う。この座席でよく支えられたものだ。
「もう燃料はないの、ジョージ」
「まあね、メインエンジンはもうからっけつだな」
「あのね今軌道計算してるんだけど、ちょっとした修正で内惑星軌道に入れるのよ。うまくすれば金星との往還船との連絡がつくかも知れないの」
「それも魅力的だけどこれ以上地球から離れたくはないな」
まあここまで帰ってこれただけでも上出来だ。
「なんとかして見るから上手くキャッチしてくれよ、マリー」
通信が途絶え、ノイズだけが残った。
観測班が悲鳴のような報告を行った。
「ジョージ挺が分解しています」
光学望遠鏡の映像にはジョージ挺のまわりに散らばる浮遊物が捉えられていた。
外殻のパネルが外れ、ソーラーパネルやマストがそれに続いた。
「特に爆発などの閃光は見えなかったんですが」
ゆっくりと自壊しているようだと観測班は結論づけた。すでに船内は生存できる環境ではないだろうと。
船団の乗組員達はその映像を見守るばかりだった。
ついにメインエンジンが離れた。それも随分と勢いよく。
「なんだ今のは」
「なにが起こったんだ」
船外作業用の宇宙服に身を固めたジョージはひと仕事終えて流石に大きく息をついた。
「どうかなあ」
もう全ての観測手段は残っていない。離れていくエンジンの速度も計測出来ないし、これで良かったのかも分からない。
最後に通信できたのはありがたかった。こちらをロストせずにいてくれるのを祈るばかりだ。
船内に残った空気を使ってメインエンジンを前方に吹き飛ばしたのは、子供の頃に遊んだ空気鉄砲から浮かんだアイデアだ。エンジンを支える機械室は短いが丈夫な砲筒になった。圧縮した空気をいれても密閉が上手く効くことが課題だったが考えられる最大圧まで持ってくれたようだった。みるみる遠ざかるエンジン。骨組だけになって軽量化した船体はどこまで減速出来たのだろう。
ジョージは後方に向かって一基だけ残したライトを手動で点滅させた。
「俺はまだ生きているぞ」
船団は色めき立った。
あれが最終の減速だったのか。最大重量のメインエンジンを吹き飛ばして、反動で軽量化した船体を減速する。果たして衛星軌道に乗れたのか。全員が固唾をのんで計測結果の発表を待った。
「やりました!長楕円軌道ですがジョージは戻って来ます」