後編『再び僕』
部屋の外で小鳥が鳴いている。
日の光が差し込む中、僕は君と対面で座りながらも身じろぎ一つできなかった。
君も、僕も、動けない。
もうどうにでもなれと思い、破れかぶれに等しい気持ちで僕は思いの丈や、この状況に至るまでの心情全部を吐き出して。
胸の痞えが取れて、やっと楽になって。
ようやく告白できたと思いつつも安堵していたら、今度は反撃のように君からも、心情全部を告白されていた。
……うわぁどうしよう。
耳まで真っ赤になっているのを自覚する。
それに対して君はなぜかな、唇を緩ませている。緩むのは胸元のボタンのホックだけでいいというのに。
それがなんだか腹立たしい。
僕は心の中で身悶えていた。
至近距離で語り聞かされたのは、相手が僕に対して秘めていた恋心を至近距離で独唱させられるという新手の拷問である。
それを成した君はどこか満足げで、うっとりしていて……僕を射抜く視線が、ひどく艶かしく感じられたのである。
「ま、待ってくれ」
「ん?」
僕は思わず口にした。
「いや、両想いだった事は喜ばしいよ? それは諸手を挙げて賛成できる。
しかし僕は今まで君の事を女性じゃなくて男性と勘違いしていたんだ。その……まだ女性という事に混乱してる」
「ふ……ふふ」
なぜだか自慢げな君の声がムカつく!
とにかく僕は話題を転換したかった。君がそんな風に……笑われると思考が熱暴走する。
両思いだったことがわかって嬉しいのは僕も同じだ。
しかし君は、僕のようにその事を恥ずかしがりもせず、隠そうともせず、子供のように実に素直に喜色を浮かべているのだから……自分と両想いだと知ってそんなに嬉しそうにしているのだと思うと……僕も嬉しいのと気恥ずかしいのが一緒になって、顔をおさえながらごろごろと転がりそうになるのだ。
よし。話を逸らそう。
「それはともかく……メール?」
「うん。……うん? 」
君はそういうと、自分のスマホを確かめる。メールを見せてくれると……そこには僕から送られたメールがあった。
そう。確かに送ったのは僕だが……文面には何の見覚えもない。だが文面には……確かにこう書かれていたのだ。
『数年前のKくんとの関係を説明したい』と。
「待て」
「ボクにも最初意味は分からなかった。けども今度こそ正式に『わたしは同性愛者です』と説明を受けるのかと思って……それで、覚悟を決めて」
「そうじゃない。Kくんは今も僕の友人で転校した後も繋がりがある。……まさか」
Kくん。僕が札束を顔で叩いてハグさせてもらった友人であり、君に僕がそっち系だという誤解をさせてしまった相手でもある。
まさか……この一連の出来事は、僕が君のおっぱいを見てしまったことの全ては彼の仕込みだというのか?
そんな風に考えていたら、君はなんだか、かなりムッとした表情で僕を睨んで頬を抓ってくる。
「痛い」
「……ボクと連絡は取らなかったくせに、Kくんとはまだ交誼が続いていたというのかい?」
「そりゃあ友達だったから。……いたいいたいいたい」
「それはつまりボクとは友達ではなかったという訳かな?」
ギリギリと指を食い込ませて、君は怒ったような拗ねたような悋気の目で僕を睨んでくる。
そんな僕と君との間を取り持つようにスマホからメールの着信音が鳴り響いた。見事なタイミングで水をさされて、君はようやく僕の頬を抓るのを止めてくれる。
とりあえず、僕はKくんから届いたメールを表示する事にした。
『お前に頬を札束で叩かれてハグをさせた訳だが。明らかにこっちの取り分が大きすぎるので、お釣りとして余計なお節介をする事にした。
クラスメイト全員を巻き込んで彼女の秘密に直面させるため、壁を防音素材にして、スマホの着信が繋がらないように小細工を加え、メールを勝手に使い、お前が焦れて自分で部屋に入るように罠を張った。
みんなお前達を応援している。祝福するぜ、お二人さん。
外を見ろ。同級生一同を代表して。K』
思わず僕と君は、二人仲良く窓のほうへと飛び出すと……バスに満載された前の学校の同級生全員が笑って僕ら二人に手を振りながら、エンジン音と共に去っていく姿が見える。
「ちくしょう格好いいな!」
やられた、Kくん、あの魂がイケメン男め。
つまるところ……Kくんは友人一同の音頭を取って僕ら二人の関係を取り持つ為に一肌脱いでくれたわけだ。
僕が女だったら惚れていたに違いない。
そんな風にうっとりしていたら、僕はなぜだか頬を抓られる。
「痛い」
「なんだか腹が立ったので、つい」
君は謝罪の言葉の割りにはあんまり済まなさそうにしてない無表情で僕を睨んでくる。
そして、こほん、と咳払いを一つ。
「キミはボクに謝罪する義務がある」
「ん?」
発言の意図が分からず、僕は首を捻った。
「そんなに悪い事をしたのだろうか」
「やれやれ……自覚もないのかい?」
額に手をやり嘆息を漏らす姿は、男装している女の子と分かった今でもイケメンで。格好いいなぁ、と僕は思った。
「……キミがボクに何も言わずに転校しようとした事だ。ボクがどれだけ傷ついたと思っている」
「それを言うなら僕も君が男で、異性が好きだと教えられて苦しんだぞ」
「いや、ボクのほうがキミの心ない振るまいに傷ついた。復讐してやる……んちゅ……」
「んっ……んっ……んぅー!! ……いい加減にしろ、僕も君には言いたい事が山ほどあるんだ! 例えばそう、『なんて風情のないファーストキスなんだ……』とか!!」
「安心しろ。最初なのはお互い様だ。……それはそれとしてこのままは恥ずかしいな。ねぇキミ。部屋の蛍光灯のリモコンはどこかな?」
「あ、ここですここ。……まぁいい。仕返し理由はどちらにもあるという事で、もう水に流そうじゃないか。もう十分、その……幸せだし」
「いやだね。ボクはキミの事をいじめたくて仕方ないんだ。いまさらそんな言葉で誤魔化されるもんか」
「電気を消すな!! リモコンを……ああぁぁー!! 窓から外に投げ捨てるなぁぁあー!!」
「Kくんに感謝しないと。この部屋は防音がカンペキだったそうだし」
「明かりはなくとも気配は感じる、にじり寄るんじゃない! くそう、背後にいつの間にお布団が!!」
「なんだキミ、さっきボクのおっぱいを見ておいて、まだその気にならなかったのか」
「なりましたよ! もうビーストフォームに変形完了しているから困っているんじゃないかぁぁ!!」
「ふん。では……キミが泣いて謝るまでいじめてやる。優しくなんかしてやらないぞ」
「それはどっちかと言うと男の台詞!!」
「狙いはできちゃった婚だ」
「やめろおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
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……
……こうして。
僕らは。
相手がないてあやまり、ゆるしをこうまで。
おたがいをいじめあったのだった。
「……君の家。男装を強要するようなしきたりのある古い家だったんだっけか」
「うん。そうだよ」
「そっちのほうにもきちんと話をしないとな」
「どうかな。上にいるのは相当面倒な相手ばかり。筋を通しても自分の都合のいいほうに捻じ曲げる奴だよ」
「ううん」
「実を言うと、ボクには既に輿入れ先が決まっている。そういう家と分かっていたとはいえ、甚だ迷惑だよ」
「……なんだと?」
かなりムッとした僕の声に機嫌を良くしたのか、君はにこにこと楽しそうに微笑みながら、手を引く。
「ねぇねぇ、キミさ」
「うん?」
そう言うと、君は僕の襟首を引っ張って、おでこをくっ付ける。
「いやだろう? 今更ボクを他の誰かのモノになってる姿なんて絶対に見たくないだろう? うふふ」
「……うう……うん」
チェシャ猫のように、にやりと歪んだ君の顔に視線を奪われる。
妙に艶めかしい声に、顎のあたりを擽られるような激しい快感が突き抜けそうになる。
魔性め、僕は言いかけた言葉をかみつぶした。
どうせもう、抗えそうにない。それぐらい……君にもう、参っていたのだから。
「じゃ、さ。そろそろボクの事を、さらって行きたまえよ?」
趣味に走り過ぎましたが、書いていてとても楽しかったです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました☆