4話
銅貨はある程度の高さまで上がると、くるくると回転しながら落ちてきた。
チャリ、という音を立てて銅貨が地面に触れた瞬間、
和都が炎氷矢の魔法を放ち、白は制服の後ろから黒いナイフを取り出す。
炎氷矢が白を戦闘不能にするべく襲い掛かってくるが、
白はそれを淡々とナイフで切り刻み無効化し、
同時に青銅の投げナイフを制服の後ろから5本取り出し投擲した。
和都も負けじと火炎旋風の魔法を使い、ナイフを溶かす。
その間にも白は、和都との距離を5m程まで詰め、
腰のポーチから黒みがかったハンドガンm1911を取り出している。
それを横目に、和都は水流の魔法を放つ。
しかしそれは空中で爆散し、本来の目的を果たすことができなかった。
が、水は消えることなく落下し…そのすべてが白にかかった。
――ここでひとつ説明しておくが、基本的に面倒くさがりの白にとって、
制服の洗濯は最も面倒くさいことの一つだった。
洗剤や干し方を他の服とは変えなければならないし、
はてはアイロンまでかけなければならないのである。本当に面倒くさい。
そして、こうもびしょ濡れになってしまったからには、
洗濯をしなければならないのは明白である――
びしょ濡れのまま水を払うこともなく、白は俯いて小刻みに震えていた。
なぜかその姿に和都は嫌な予感がし、
「どうしたの?」と尋ねようとする、その時だった。
「…何ですか水なんかまいて…制服がびしょ濡れじゃないですか…?
洗濯しなきゃいけなくなったじゃないですか!!」
いつも眠そうに細められている目はカッと見開かれ、
だるそうにボソボソ喋るために、
普段少ししか動かない口にはひきつった微笑みすら浮かんでいる。
――白は、怒っていた。
白は素早くm1911のセイフティーをはずして、コッキングした。
本能で今の白の危険さを感じ取った和都は、
使うつもりはなかった火竜を召喚し、対抗しようとした。
しかし、その刹那。
パン!パン!パン!……
白は、3発の弾丸を発したのである。
その弾丸は火竜の隙間を潜り抜け、寸分の狂いもなく、
和都の頭、肺、そして心臓に命中した。
人体の急所を的確にえぐる狙撃に流石の和都も倒れる。
普通ならば即死レベルの攻撃だが、これはあくまで決闘である。
最初に張っておいた結界のお陰で、多少の痛みは残るものの怪我はなく、
面倒くさがりの白が、面倒になって怒るのをやめた頃合いには、
和都は立ち上がることができた。
和都はこの激戦だけが原因とは思えない赤い顔をして、開口一番こういった。
「私の負け。だから…結婚して」
一瞬の静寂。
「断る。つーか最初に言っただろうが、俺が勝っても結婚はしないって」
「なら結婚を前提にお付き合いを――」
「ほとんど変わらねーじゃねぇか」
「…ペアからなら?」
ここで白はやっと少しだけ眉根を寄せて、不機嫌そうに言った。
「…俺と組んだら苦労すると思うぞ?」
和都は即答する。
「構わないわ」
白は一度大きく溜息を吐いて、それからまただるそうな調子に戻って返した。
「…好きにすればいいさ」
和都は嬉しそうに顔をほころばせ、少ししてから不思議そうに白に問いかけた。
「あの強さ…あなた契約してるの?」
白はだるそうに答える。
「してないよ」
疑問の増えそうな返事だったが、和都は惚れた男を盲信するタイプなのか、
そう、とだけ返し笑顔に戻って、白のそばに近寄ってきた。
白はそれを躱すように歩き出す。
「…戻りますか」
和都は白に躱されたことも意に解さず、一度頷いて後をついていく。
少しして突然白が、あ、と声をあげて立ち止まった。
そして和都に振り返るとこう伝えた。
「さっきの決闘、俺が負けたことにしとけよ」
和都は1番である自分に勝ったにもかかわらず、
それを自慢したがらない白の意図が理解できないようで彼に問いかける。
「なぜ?」
白はもちろん面倒くさそうに、
「俺はとにかく目立ちたくないんだ」
とため息交じりに返した。
目立ちたくないと考える理由は、この短い時間ともにいるだけで察せられた為、
和都は納得して素直に答える。
「分かったわ、白」
自分の名前を呼ばれたことで、相手の名前を
憶えていないことに気付いた白は、彼女に尋ねる。
「そういや…名前何だっけ?」
かなり失礼なこの質問にも、白が自分と会話してくれるだけで
嬉しいらしい彼女は笑顔を崩さず答える。
「和都、よ」
「ああ…和都ね。今度は忘れない」
うっすら自己紹介を思い出したらしい白は、遠くを見つめながら、
体育館へと歩みを進めた。
2015/11/23
冒頭を3話とくっつけ、文末のとぎれを直し、少し改変いたしました。