第三獄 柘榴色のシンデレラ
柘榴色のシンデレラ
魔女は見ていた。
いつだって哀れな二人の姉妹を空から見下ろしていた。
手に入るはずだった王子様との出会いも、自分の人生もすべて投げ打って。
そうやって、魔女は待ち続けた。
やがて現れたもう一人の魔女へと、彼女は言葉を投げかける。
「妹を殺させはしないわ」
「シンデレラに妹なんていなかったのよ」
麦の穂を照らす満月の明かりの中、二人の魔女は魔法をその手に生み出す。
二つの淡い光が交錯して。
そして夜空に一つの赤い飛沫が散った。
その一瞬を切り取ったなら、月はまるで割った柘榴の果実のよう。
「さようなら。次こそ幸せな二人になりましょう」
◆◆◆
シンデレラお姉さまはいつも要領が悪いです。
だからお継母さまたちのいびりはいつだって、シンデレラお姉さまに向けられます。
「シンデレラ! まだ終わっていないのかい」
「このグズ」
「犬にも劣る無能さね」
私はすでに目につく所だけを集中して先に終わらせたので、お継母さまたちに何か言われることもありません。端から順番に掃除していくシンデレラお姉さまがより不器用に見えるのが原因でした。
だからいつかの晩に、自分のやり方を教えたのですけれど、シンデレラお姉さまは煌々と輝く月明かりを背景に『教えてくれてありがとう』と微笑んだだけだったのでした。
要領が悪くて、たまに苛立つこともありますけれど、朗らかなシンデレラお姉さまが私は大好きです。
こんな終わりのない苦痛ばかりの毎日も、シンデレラお姉さまがいるから前を向いて生きていけるのです。
「おやすみ」
その言葉が、私を夜の闇に安らかに溶け込ませてくれます。
そして私たちは身を寄り添わせながら、檻の獣のように身を寄せ合って眠るのでした。
埃とかびでいっぱいの物置小屋のような、私たち姉妹二人の部屋。
シンデレラお姉さまといると、こんな場所でも安らげるから不思議です。
ある日のこと、城で舞踏会が開かれると告知がされました。
辺鄙な私の村には無縁の話かと思ったのですが、寛大な王子様は誰でも参加が出来るようにしてくださったのでした。
お継母さまたちは友人を誘って、意気揚々と出かけていきました。
私とシンデレラお姉さまだって、本当は参加できるはずなのです。しかしそれは叶わぬ夢物語でしかありませんでした。
シンデレラお姉さまがどんな泥の底でも輝きを失わない心と美貌の持ち主だということは、お継母さまたちも感じ取っていたのでしょう。だからシンデレラお姉さまには、絶対に城に来れないように一晩かかっても終わらないほどの仕事を言いつけていったのです。
「さ、頑張ろうね」
こんなお継母さまたちに対しても拾ってくれた感謝を忘れないシンデレラお姉さまは、絶対に仕事をやり遂げるのでしょう。
もちろん、私にだって同じくらい仕事が言いつけられました。ただし私は適当にこなすだけなのですけれど。
でも、たとえ仕事を放り投げたとしても、私たちには舞踏会に着ていくドレスがありません。つまり私もシンデレラお姉さまも、永遠に檻の中なのです。
王子様だったら、こんな私たちを見たらどう思うでしょうか。
助けて、くださるのでしょうか。
一度だけ見た王子様は、とてもきれいで優しそうで。こんな冷めた私ですら憧れる存在です。けれど今日のことで、遠さを改めて認識してしまいました。私は手に入らない夢に焦がれるほど馬鹿ではありません。
だからさっさと仕事を終わらせて、お継母さまたちのいない時間という幸せを少しでも味わおうと思ったのでした。
シンデレラお姉さまも少しは力を抜いてこの時間を楽しみましょう、私がそう告げると、真面目なシンデレラお姉さまも、珍しく頷いてくれたのでした。
そして普段はつけない稲穂兎の髪留めをして、
「似合う?」
と幼い少女のようにはしゃいでみせるのでした。
その髪留めはシンデレラお姉さまの数少ない私品で、宝物でした。お継母さまたちに見つかったらきっと取り上げられてしまうでしょう。だからつけるのを見たのは、私も初めてでした。
ドレスはなく、華やかな舞踏会にも行けませんけれど。
ささやかなおめかしは、私とシンデレラお姉さまだけの、確かに幸せな時間に花を添えてくれたのです。ええ、今のシンデレラお姉さまなら王子様を射止めることもきっと簡単なくらい可憐です。
それはシンデレラお姉さまが離れの掃除に行き、数時間ほどが経過した時のことでした。
私は母屋での掃除をさっさと終わらせていて、こっそりとお継母さまたちのすずらんのお茶を盗んで二人分淹れていたのでした。湯気から立ち昇る花の香りは、それだけで心を落ち着けてくれます。
この香りを一緒に楽しみたくて、私はシンデレラお姉さまを呼びに行こうと席を立ちました。
その時、離れの方から光が弾けたのです。
目が眩むほどの白い視界のあと、外に飛び出た私の目に飛び込んできたのは、カボチャの馬車と、それに乗り込むシンデレラお姉さまの姿でした。
シンデレラお姉さまは見たこともない至純なる白のドレスを着て、ガラスの靴を履いていて、そのあまりの美しさに、私は我に返るのにしばらくの時間が必要でした。
そうこうしているうちに馬車はシンデレラお姉さまを乗せて走り去りました。
遠く、暗い夜でも光を放ち続ける城へと向かって。
「これでシンデレラは幸せになれる」
そう呟く声に振り向くと、離れのそばに黒いローブを纏った女性が立っていました。フードを目深にかぶり佇む彼女は、声から察するに老婆のようでした。
頭の片隅で、噂に聞く魔女なのかもしれないと思った私は、少しの警戒と期待を込めて尋ねます。
お姉さまをどこへやったの、と。
「もちろん、舞踏会にだよ」
しわがれた声の老婆がそう言ったので、私はいよいよの期待を込めて、私も連れていってと頼み込みました。
しかし、老婆はその言葉がまるで滑稽だと言わんばかりに嘲笑うのでした。
「お前が行っても、王子様に見初められることもなければ、幸せの欠片を掴むことすら出来ないよ」
老婆の声に、私は心臓を握られた気分になりました。
確かにシンデレラお姉さまの方が、私よりもずっとずっときれいで優しくて、王子様とお似合いなのだろうなんて勝手な想像をしたものです。
ですが、私が幸せの欠片も掴めないなど、どうして赤の他人に言われなければならないのでしょうか。何があったって私は幸せになる。それは誰が決めるものでもないはずです。
「シンデレラを幸せにする、そのためだけに私は生きている」
そう言った老婆は、持っていた杖を私に向けました。
「そして、そのためにはお前の存在が邪魔なんだよ」
何羽もの鴉が意思を持った矢のように空から襲い掛かってくるのを、私は必死に走って逃げました。
そして母屋の中に逃げ込もうとしましたが、何故だかドアが開いてくれません。
さきほどはあっさりと開いたはずなのに、よく見るとうっすらと魔法文字の浮かんだ光の帯がノブに巻きついていました。間違いなく老婆の――魔女の仕業です。
屋内に逃げ込むことを禁じられた私は、母屋を回り畑へと逃げ込みました。収穫前の麦が高く生えてくれていたのは、不幸中の幸いだったかもしれません。
とにかく、私は麦畑の中へと飛び込み、方角も分からぬまま逃げ続けるのでした。
「どこに逃げたって無駄だよ」
魔女の声がどこからともなく響き、次の瞬間、私は左足を見えない何かに掴まれて空中に持ち上げられました。
空高く引き上げられていく私は、一面の麦畑が視界にすっぽり収まるほどになって、怖くて身を竦ませました。
そして振り仰げば月が何倍にも大きく見え、それもまた恐ろしい光景だったのでした。
「さあ、ここから放り投げればお前はいなくなるねえ」
不意に耳元で囁かれました。
振り向くと私の顔のすぐ横に、老いた魔女の醜い顔がありました。
恐怖が限界に達した私は咄嗟にポケットに手を入れて、最初に掴んだものを引き抜きました。
どうして私の存在が邪魔なのかだとか、そういった疑問を投げかける余裕なんて欠片もなくて。
私はただ、それを魔女の目に突き立てることしか出来ませんでした。
夜空に響く、鳥の断末魔にも似た奇怪な絶叫。
手を離した私は、自分が老婆の目に突き立てた物がティースプーンだとようやく理解しました。さきほどすずらんのお茶を淹れた時に起きた光のせいで、持っていたそれをポケットに入れたまま出てきたのでした。
魔女の魔法が解け、左足の透明な手が消えました。
私は努めて冷静に魔女の身体を引き寄せると、いまだ悶える彼女の身体を下にして地面に落ちていきました。魔女は死にたくない一心で浮遊の魔法を唱えます。
発動した魔法が、私たちを空中に急停止させるべく作用し始めました。
計算どおり――もう死なない高さだろうと判断した私は、地面ぎりぎりで空中に止まりかけた魔女の後頭部を思いっきり、握り合った両手で打ち下ろしたのでした。
その反動で再び魔法が解け、私は魔女を下敷きに麦畑に落下しました。
ティースプーンは今度こそ根元まで完全に魔女の瞳に埋まりました。
あらあら、スプーンがないとお継母さまたちに怒られてしまうというのに。
「お前、の、生き延びるという運命の、力は、これほどのものなのか……」
醜い魔女の声が耳障りだったので、私はうつ伏せで剥き出しの首に手を回して、両手でしっかりと握りました。
どれくらいそうしていたでしょう。
いつの間にか童謡を歌っていた自分に気づいて、私はようやく手を離しました。
魔女はもう息をしていませんでした。
意外とあっけないものなんですね。
それにしても、舞踏会に行けなかった私に対してこの仕打ちはあまりにも酷いと思いました。神様は私のことが大嫌いなのでしょうか。
せめてシンデレラお姉さまの次でいいから、私にも幸せをください。
私は夜空に浮かぶ月に向け、そう願ったのでした。
「ほらちゃんと髪を整えて、一番きれいな服を着て。あなたにできる一番になりなさい」
私を無理矢理綺麗にしようと、シンデレラお姉さまが慌ただしく部屋を行ったり来たりしています。
今日は王子様がガラスの靴の主を求めてこの村にやって来る日です。
シンデレラお姉さまらしいことなのですけれど、舞踏会の夜、魔女の魔法が解ける十二時に焦り、ガラスの靴を片方置いてきてしまったのでした。
でもそれが功を奏し、王子様はガラスの靴の主探しに乗り出したのです。
お継母さまたちも自分がぴったり合うのではないかと気もそぞろになっているけれど、私はシンデレラお姉さまが主だと知っています。だから結果の見えたレースです。
――その上で、お姉さまは私にきれいになれと言います。
妃となる自分の妹が汚い身なりでは、王子様の心が冷めてしまうからでしょうか?
「もうすぐお別れね。これからは一人になってしまうけれど、幸せになるのよ」
シンデレラお姉さまがそう言いながら、机の小物入れに向かいました。
その背中越しにでも伝わってくる『幸せ』を感じ取った私は、お姉さまは私と離れ離れになるのが寂しくないの、と尋ねました。
すると、シンデレラお姉さまは小物入れから、ずっと大事にしてきた稲穂兎を象った髪留めを手に振り返ったのでした。
「寂しいよ」
でも仕方ないの、と言って、シンデレラお姉さまが髪留めをぎゅっと握りしめました。
シンデレラお姉さまは私なんかよりもずっと、お継母さまたちのいじめや折檻に遭ってきていました。だから、幸せになる権利があると私も思います。
でも、私を残していくのですか。
要領のいい私なら、こんな檻の中のような毎日でも耐えられると思っているのですか。
――それは甘くも毒々しい、柘榴の感情。
きれいな皮を裂けば、中にあるのはぐちゃぐちゃで甘美な果実。
「二人が幸せになるには、仕方のないことだもの」
どうやったら一人しか選ばれないこの状況で、二人が幸せになれるのでしょう。王子様に見初められる、その瞬間に共にいれば、幸せのおこぼれを受けられるとでも言いたいのでしょうか。
シンデレラお姉さまの言葉は、私の背中を押すには充分なものでした。
私はシンデレラお姉さまにばれないように、後ろ手でそっと、家畜処分用の毒をコップの水に落としたのでした。
決して越えてはならない一線を踏み越えてしまった私は、もう躊躇いも何も持ちえませんでした。唯一の肉親である私が、実の姉に取って代わる算段だけを一気に頭の中で組み立てるだけでした。
毎日一緒に暮らしてきたわけではない王子様は、私がそれらしい髪型と振る舞いを見せればシンデレラお姉さまだと思ってくださるでしょう。ガラスの靴も私ならきっと履けるに違いありません。たとえ履けなくても、シンデレラお姉さまを完璧に演じきれば、舞踏会の晩の夢物語を思い出してくれることでしょう。
シンデレラお姉さまが私の横を通り過ぎ――コップの水をあおる瞬間は、さすがに見れませんでした。
と、いきなり髪の毛がぱちん、と留められました。
振り返ると、シンデレラお姉さまがゆるい微笑みを私に向けていました。
「似合うよお」
どういうつもりなの、そう尋ねる私にシンデレラお姉さまは答えました。
「二人が幸せになる方法。王子様を射止めるのはあなたです」
人差し指を私の顔に向け、催眠術のようにくるくると回すシンデレラお姉さま。
そこに私は、お姉さまは、と途切れがちに尋ね返しました。
「たぶんね、あなたが王子様にここから連れ出してもらえる時を見るのが、私の一番の幸せなんだ。ちゃんと私になりきれば、入れ替われると思――あれ?」
身体に起こる変化に、シンデレラお姉さまが疑問の声をあげました。
そしてそのまま床に倒れたのでした。目を見開き、口の端から少しだけ血を垂れさせて。
毒は確かに、シンデレラお姉さまの命を奪い去ったのです。
なんでシンデレラお姉さまはいつも要領が悪いのですか。
今だって、言葉が足りなすぎます。
もっと分かるように言ってくれないと、要領がいい私でも伝わりません。
賢しくて、冷めていて、夢も見れない馬鹿な私には伝わりません!
「お姉さま……!」
飛びついて、自分のしでかしたことに今更ながら後悔しながら、私は何度も何度もシンデレラお姉さまの身体を揺さぶりました。けれどもちろん、その瞳に輝きが戻ることはありませんでした。
何度も名を呼んで、何度も叫んで、何度も謝って。
やがてすべてがごちゃまぜになり。
絶叫という名の言葉なき声が、私の口から吐き出されたのでした。
あれからどれくらいの月日が経ったのでしょう。
王子様は結局ガラスの靴の主を見つけることが出来ずに、ついぞ妃を取ることもなくその人生に幕を下ろしました。
それほどまでに、一晩のシンデレラお姉さまとの出会いが王子様のすべてだったことは、今の私にとって一種の免罪符のように嬉しいことでした。
王子様に連れていってもらえれば、シンデレラお姉さまは幸せになれたのです。
約束された幸せが、そこにはあるのです。
人里離れた山の奥に逃げて、何年も、何十年も研究を続けた私は、ようやく魔法という概念に辿り着くことが出来ました。
その間が幸せであるはずはありませんでしたが、これでようやくシンデレラお姉さまに謝ることができるのです。シンデレラお姉さまを幸せに出来るのです。
呪文とともに杖を振り――私は時間を超えて、あの時へと戻ったのでした。
「これでシンデレラは幸せになれる……」
シンデレラお姉さまをカボチャの馬車に無理やり乗せ、見送った私は、近づく気配に振り返りました。
まだ少女の私が、そこに立っていました。
今となっては容易に想像がつくことなのですが、私は何度も失敗しているようです。
どうやら少女の私は『生き延びる』という強い運命力を持っているようなのです。
それでも私は私を絶対に殺します。
シンデレラお姉さまに生き延び、幸せを掴んでもらうために。
ああ、無駄に薪を使ってしまってお継母さまたちに怒られてしまいます――
燃え盛る炎の向こうで、少女の私がつまらなそうに呟きました。
空から落とすというやり方が失敗だったのは痛いほど理解していましたので、今回は別の方法を取ったというのに。
どうして魔法の力も持たない少女の私に勝てないのでしょう。
焼却炉の中に閉じ込められた私は、悔しさに涙を流しながら、少女の自分を睨みました。
私は駄目でした。
目の前の私、憎きあなたに託すしかないのがもどかしいけれど。
「今度こそ、シンデレラお姉さまを助けてあげて」
◆◆◆
何千、いや何万回目のことだろうか。
それを正確に数えている者など誰一人存在しないが、時間に換算すれば始まりの瞬間など、遥か悠久の彼方になっていた。
シンデレラはカボチャの馬車に乗ったにもかかわらず、残してきた妹が心配で途中で降り、家へと戻った。
舞踏会に向かったはずの彼女が戻ってきたなど、初めてのことだった。
無限にも思える戦いの中で、これまで変わってきたのは魔女の『自分の殺し方』だけだった。
シンデレラは、常に同じ行動を――カボチャの馬車に乗って舞踏会へ向かうという行動を繰り返していた。
時間を遡っていない彼女に、運命を知る由もなければ、抗えるはずもないのだから。
だからこれは明か暗かは別にして、奇跡、なのだろう。
「あなた、妹に何をするつもり!」
魔女が妹を殺そうとするところに、シンデレラは大声を上げて駆けつける。
それこそが、妹が『生き延びる』という運命を覆す一手になった。
妹はシンデレラの声に反射的に振り返ってしまい――
背後から魔法によって生まれた木の枝に胸を貫かれた。枝は心臓に根を巡らせ、彼女の血液を吸い上げて胸の前に緋色の花を咲かせた。
シンデレラは魔女を突き飛ばし、妹の身体を抱き上げた。
妹は一瞬で絶命させられていた。
激昂したシンデレラは、魔女に飛び掛かる。
しかし首に手を回したところで、嗚咽に気づいた。
魔女はしわがれた声で、まるで少女のように弱々しく泣いていた。
「これで、これでお姉さまは幸せになれるの」
「……あなた、もしかして」
「どうか顔を見ないで。心まで醜くなった私を見ないで」
「どうしてこんなことを、したの」
お姉さまを救うためなのです、そう言ってシンデレラを振り払おうとした魔女だったが、シンデレラはそれよりも更に強い力でもって彼女を振り向かせるのだった。
「私はこの身に何があろうとも、あなたを嫌いになんてならない」
「それでも私は自分を許せないのです」
ごめんなさい、お姉さま。
最後にそう言って、自ら過去を消した未来の魔女は消滅していった。
今の自分と同じ時を歩んでいた妹の死への悲しみと、何十年も何かに後悔して魔女に成り果てた妹の消滅への哀しみと。
喪失感に涙も流せないまま、シンデレラは少女の亡骸に振り返った。
妹は、健やかなる寝顔のように、とても幸せな顔をしていた。
「……おやすみ」
形見の杖を手に取り――やがてシンデレラは立ち上がった。
煌々と灯りをともす城。
それを瞳に焼きつけて、彼女は前に向かって歩き出すのだった。
―了―