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第二獄 ルミナスは確かに

【ルミナスは確かに】



 もう歩けない、とマリエッタが脇の岩に腰を下ろした。

 少し先を行くフィンスは彼なりの礼儀で一瞥だけくれてやったものの、歩みを止めはしなかった。

「ちょっと止まりなさいよ!」

 マリエッタが大声で喚くが、フィンスは無視を決め込んだ。どうせ座るのに手頃な石を見つけたから、チャンスとばかりに我侭を言っているだけだ。

 フィンスは先の路上に危険はないかを確認。左手は地層がくっきり分かるほどに切り立った絶壁、右手は迷うこと請け合いの藪。視界良好なのは行く道の先だけだ。

 林の方に獣が潜んでいるかもしれない。絶壁の上から何かが落ちてくるかもしれない。

 幸いここまでの道中は何もなかったが、山道はやはり街道に比べれば危険である。

「なんて酷い奴なんですの――ひゃあっ!?」

 すぐ後ろでマリエッタの声。予想通りに根負けして追いかけてきたのだ。ついでにこけたようだ。

 山道を通るから一番動きやすい服でと指示したのに、マリエッタが選んだのは赤いジャケットに白のブラウス、赤いロング・フレアースカートだった。もちろん、足は赤いヒールだ。

 ここはせめて乗馬用の格好で来るとか、そういう発想にはどうやら至らなかったらしい。

 ちなみにご丁寧に日傘まで持ってきたので、フィンスはとりあえずその日傘を奪い、彼女の頭を一発ぶっ叩いてから捨てた。

「鬼っ! 手を差し出すくらいしたらどうですの!? あんたはウチの使用人でしょ!」

「元、ですよマリエッタ【元】お嬢様。ここにいるのはフィッツジェラルド家の一家離散を哀れみ、一人残された娘に救いの手を差し伸べる救世主です」

 フィンスは朗らかな笑顔のまま振り返り、白シャツの襟元を正した。帯剣していなかったら都市部のカフェで本でも読んでそうに見える。

「ふん、当たり前でしょ。どれだけ世話してやったと思ってるんですの。それくらい当たりま――いだっ!」

 涙目で額を押さえるマリエッタに、振り下ろした手刀を見せながらフィンスは続ける。

「いいですかマリエッタ元お嬢様。貴族としてのフィッツジェラルド家はもう存在しません。あなたがこれからその名を声高に叫んで街を歩いても、誰も頭を垂れることなどないのですよ。それどころか後ろ指を差されることでしょう。あなたはもうしっかりと認識するべきだ。午後二時になっても紅茶は出てこない。――あなたの中の【普通】の基準を改めなさい」

「何が言いたいんですのよ」

「今ので分かりませんか? ならもっと分かりやすく言ってあげましょうか?」

「そうですわね。回りくどいのは私、キライですわ」

「そうですか、なら――ちゃっちゃと歩け、無一文」

 そう吐き捨てると、フィンスは固まったマリエッタを置いて先を進み始めた。



「もう歩けないですわっ!」

「同じ発言とは芸がないですね」

「笑わすつもりないですわよ!?」

「そうでした、あなたは笑われるのがお似合いの身」

「街に着いたら覚えてなさ――ああっ、待ってっ! 言い過ぎたのは認めますわっ!」

 足早に遠ざかったフィンスが、溜め息をつきながら戻ってきた。

「立場分かりました?」

 ちょっと吊上がった口元からこぼれる言葉に、マリエッタは無言で何度も頷いた。

「なら仕方ないですね、休憩しましょうか」

「本当っ?」

「ええ。あなたが『卑しい私めに地べたに這い蹲る時間を下さい』とさえ言ってくれれば、すぐにでも休憩に入りますよ」

「……歩きますわ」

 気丈を装ってマリエッタが歩き出す。スカートの裾は地面を擦っていた。両手をそんなことに使っている余裕はないようだった。

「嘘ですよマリエッタ様。休憩しましょう」

「あなたなんかもう信じないですわ。ほら、行きますわよ」

「クッキー食べます?」

「食べますわ!」

 華麗にターンをし、フィンスの目の前に戻ってくるマリエッタ。

 フィンスは瞳を輝かせて見上げてくるマリエッタを犬のようだ、と思いながら言った。

「嘘です」

「……はぅ」

 その場に崩れ落ちるマリエッタを見て、フィンスはさすがに申し訳ない気持ちを抱いた。

 まあそれでも快感の方が六対四で勝っているのだが。

 ともあれ、クッキーこそないものの不味い乾パン(有名店のビスケットと言ったら信じた)と水を用意し、二人は久しぶりの休憩に入った。

 周りは赤い花びらが印象的なセムセルスの花が所々に咲いている。のどかな山で貴族がのんびりピクニック、傍目にはそう見えるかもしれない。

 実際そうだったらどんなにいいことか、フィンスは胸中で溜め息をついた。

 終始無言で、リスのように乾パンを小さな口に運ぶマリエッタ。彼女は分かっているのだろうか。この先待っている未来を。

「……じろじろ見ないでくれます?」

「マリエッタ様は街に着いた後の想像が出来てるのですか?」

「フーバー家に住むのでしょう?」

 間違ってはいない。だがそれは養子や客人としてではなく、奉公人としてだ。マリエッタには、それがきっと想像できていない。

 箒一本持ったことのない彼女が上手く馴染めるとは到底思えない。

「私はそこにはいないのですよ」

「当たり前じゃない、あなたはフーバー家の使用人ではないのだから」

 フィンスは今度はマリエッタにも分かるように溜め息をついた。

 想像すればするほど嫌になってくる。

 フーバー家へマリエッタを引き渡すのは明後日の夕方の予定だ。街までの行程はあと半日ほど。不測の事態に備え余裕を見ていたので、順調に行けば一日半ほど余る計算である。

 あと一日半、どんな時間の使い方をすればいいのかフィンスには分からなかった。

 それから少しだけ進み、火を起こすのに充分な開けた場所を見つけると、フィンスはそこで夜を明かすことに決めた。



「願いを叶える花ルミナスってのがこの山にあるそうよ、フィンス!」

 夕食後、唐突にマリエッタが叫んだ。炎が照らす彼女の横顔は、とても嬉しそうだった。

「そんな花の話、聞いたことありませんよ」

「私もさっき聞いたの。あなたが焚き木を集めに行ってる間に、行商の人から」

「誰もいませんでしたよ」

 確かに焚き木を集めにマリエッタから少し離れたが、彼女が見える位置で探していたので、フィンスはそんな者がいなかったことを知っている。

「いましたのっ」

「まあいいでしょう。百歩譲って行商がいました。で?」

 何の妄想を披露するつもりなのかは知らないが、やけに話したがるので仕方なくフィンスは聞いてやることにした。

「ふふん、すごいですわよ――えっとね、その願いを叶える花ルミナスは、その昔将来を誓い合いながらも人柱としてこの山の滝の底に沈まざるを得なかった……ええと、恋人の為……どうしようかな、恋人を嘆いた若者の為に神様が与えた――神聖な花ですのよ。その若者は『自分も恋人と同じ場所に沈めて下さい』って願って、次の晩に見事に賊に遭って、身包み剥がされたあと滝壺に投げ捨てられたそうですの!」

「美談かと思ったら色々と台無しでしたね」

「とにかく、毎年この時期になると滝のそばにルミナスが一輪咲くそうよ。だから寄り道なさい。おーけー?」

「却下です」

「何よ逆らう気――あ、ごめんなさい! 謝るからっ、鼻に指を挿れないでっ!」

「次に偉そうな物言いしたら軽く路頭に迷わせます」

 マリエッタのスカートの裾で指を拭きながら、フィンスは告げる。やはり立場を分からせないといけない。これは彼女の為でもある。

「だいたいマリエッタ様はこの山に滝があるかどうかもご存じないでしょう」

「あら、あなたは知ってるんですの?」

「いいえ」

「ならあるんですのよ!」

 なら、とは何だ。

 論破するまでもなく墓穴を掘りすぎている。フィンスはこの話につきあうのも面倒になってきたが、ただ一点にだけ興味が沸いた。

「どうしてそんなホラ話をするんですか」

 街に着いた後の想像も出来ないマリエッタが、何故こんなことを言い出すのか。

「ホラじゃないですわ」

 マリエッタの声のトーンが一段下がり、フィンスは彼女を見やった。膝を抱える彼女の顔は何だかとても切羽詰った表情をしていた。

「ホラじゃない。ありますわ。ルミナスは、あるんですわ」

 フィンスは気づく。

 マリエッタは、本当は街に着いた後に自分がどうなるか分かっている。

 だからホラを吹いてでもこの道のりを遅らせようとした。あるいは本当にそんな花が存在するんだと、自ら作り出した希望に縋っているのかもしれない。

 確かに、もしもルミナスの花なんてものが存在したなら。

 栄光のフィッツジェラルド家の残り香のようなこの旅から、マリエッタを救い出すことが出来る。

 だがそんなものはない。

 今すべきことは逃避ではない。使用人としての最低限の礼儀作法を叩き込むことの方が、よっぽど必要だ。

 だからフィンスは、はっきりと言ってやる。

「そんな花は、ありません」

「あるんですのよっ!!」

 否定の言葉を掻き消すようにマリエッタが叫んだ。

 残響が林に広がっていく。

 焚き木が爆ぜ、火の粉がふわりと空へ舞った。

「では何を願うのですか」

「……教えてなんかあげないですわ」

 背中を向けてマリエッタが横になる。

 その身体は、改めて、とても頼りないほどに小さく見えた。



 翌朝フィンスが目を覚ますと、マリエッタの姿が見当たらなかった。

 旅に必要な荷物の類は放置されていた。食料もだ。

 周囲に人の気配はない。

 昨晩喧嘩したから一人で先に街へ行った、なんてあり得ない。何故なら街はマリエッタにとって、フィッツジェラルド家の令嬢としての完全なる終着点だからだ。

 だから、ルミナスの花とやらを探しに行ったに違いなかった。

「あのバカ娘……」

 フィンスは荷物もそのままに駆け出した。

 草を踏み分け、朝露を弾けさせながら林へと入る。

 越えるのに三日はかかるこの山の、どこへマリエッタは向かったのか。

 そんなのは簡単である。

 ――何年マリエッタの世話をしてきたと思っている?

 自分にそう問いかけながら、比較的歩きやすい箇所を選び、山頂へ向けてひた走る。

 途中のぬかるみを蹴散らし、垂れ下がった枝を剣で断ち切り、小さな蜂の巣を叩き割って、フィンスは進む。

 やがて渓流に差し掛かり、確信めいた感覚と共に上流を目指す。

 岩肌剥き出しの水辺付近はマリエッタのヒールでは歩けない。だが川から離れて進んだりはしないだろう。心細さもあるだろうが、何より彼女が自分の作り出した話との符合を裏切るとは思えなかった。

 走り続けるフィンスの瞳は、木々の向こうの川を捉え続ける。

 そのうちに聞こえてくる、流水とは別の水音。滝だ。

「マリエッタ様!」

 再び水辺へとフィンスは飛び出す。

 目に飛び込んできたのは、滝と呼ぶには弱々しい、大人の男一人分ほどの落差。

 そのちっぽけな滝の脇を、一人の少女が必死によじ登ろうとしていた。

「……フィンス?」

 驚きの表情で、マリエッタが振り返った。

 マリエッタのスカートは泥だらけ、額は何かにぶつけたように赤くなっていて、手の甲は虫に刺されたのか腫れ上がっていた。

「どうして……ここが分かったんですの?」

「あなたは単純ですから」

「ふん、純粋なのは認めますわ」

「危ないから降りなさい」

 そんな注意も無視して、マリエッタは滝の脇をよじ登った。

「夢のないことを言ったのは謝りましょう」

「……あなた、そんなこと気にしてたんですの?」

 身体中泥だらけのまま、くるりとマリエッタが振り返る。

 その顔には、悲しそうな表情は一切なかった。

「じゃあ、なぜ」

 ルミナスの花なんてないことはマリエッタ自身が一番分かっている筈だ。それなのに本当に探しに行くなんて、街に辿り着きたくない我侭か、ありもしない奇跡に縋るつもりかのどちらかしかない。

 だが目の前のマリエッタからは、追い詰められた悲壮感なんて欠片も見受けられない。

「本当に、何をしにここに来たんですか?」

「ルミナスの花を探しにですわよ?」

「そんなの、作り話です」

「フィンス。あなたはルミナスの花があったらいいな、とは思いませんでしたの?」

「それは……」

 確かに思った。だが伝説や民話ではないのだ。ただのマリエッタの作り話に、幻想を抱くなんて出来るわけがなかった。

 だがマリエッタは泥のついた手で額を拭うと、得意げに言うのだった。

「なら私が今見せてあげますわ。ルミナスの花を」

 そう言ってマリエッタが足元の花を引っこ抜き、こちらに見せるように掲げた。

 小さな赤い花びらのそれは、この山で幾度となく見てきたありふれた花。

「セムセルスの花じゃないですか」

「ルミナスですわ」

 遠くてあなたには見分けがつかないでしょうけど、と付け足して、マリエッタはその花を大切そうに胸に当てた。

 もういい。負けでいい。最後まで空想に付き合ってあげよう。だから。

 根負けしたフィンスは、諦めの溜め息をついて尋ねる。

「どうか教えて下さい。何を願うつもりなんですか」

「う……」

 その問いに、マリエッタはばつが悪そうに俯いた。

「ここまで迷惑かけて、言わないのはナシでしょう」

「……ますように、って」

「何です?」

「あなたの心残りがなくなりますようにっ! ですわっ!」

 拳をぎゅっと握りしめ、全身でマリエッタが叫んだ。

 フィンスは呆けた顔を向けるしか出来なかった。彼女の言葉が矢となって胸を撃ち抜いてきたからだ。

「私、の?」

「あなたの所に戻ったら立派な私を見せるつもりだったんですの!」

 頬を紅潮させながらも、もう止まれないマリエッタは矢継ぎ早に言葉を吐き出す。

「小さい頃から望めば何でもあなたは叶えてくれた! どんな時でもあなただけがそばにいてくれた! うちがなくなって、使用人みんながさっさといなくなっちゃった今でも、こうしてあなただけが残ってくれている! フーバー家とのやり取りだってあなたには一文にもならないのに、こうして最後の最後まで一緒にいてくれている! そんなあなたに『もういいよ』って言いたいのに、あなたが優しいから私はずっと甘えてしまって! だから、だから――」

 すぅ、とマリエッタが大きく深呼吸し、上下する肩を落ち着ける。

「……ありがとう」

 穏やかで、だけど芯のある響きだった。

「いつもわがままを聞いてくれてありがとう。眠れない夜はそばにいてくれてありがとう。時には叱ってくれてありがとう。私を見捨てないでいてくれてありがとう。ここまで一緒に旅をしてくれてありがとう。……ね、私は一人でもここに来れた。もう、心配いらないですわ」

 最後にマリエッタは崖の淵に立って、思いっきり笑ってみせた。

「だからここでお別れ。フィンス、あなたはもう自分の道を行って。いつまでも私に付き合う必要なんてありませんわ」

「簡単に転んで、頭ぶつけて、蜂に刺されるような人間を放ってはおけませんね」

「あら、あなたのことだからここに来るまでに仇は取ってくれたのでしょう?」

 意地悪そうに片目をつぶるマリエッタ。

 フィンスの口から、掠れた笑い声が漏れた。

 何年も面倒を見てきて、マリエッタのすべてを分かった気になっていた。だが全然分かっていなかった。彼女がこんなにも強くあろうとしていたなんて、気づきもしなかった。それどころか、マリエッタの方がよっぽどフィンスという人間を分かっている。

「ここから街まではもう私一人で行けますわ。だからあなたは早く先を行って。このご時世、再就職も厳しいんでしょう? フィッツジェラルド家のような素晴らしい職場はなかなかないと思うけれど、いい仕事なんて早くしないとみんなに奪われちゃいますわよ?」

「無一文のくせに」

「あら、私は次の職場が決まっていますわ」

「小娘のくせに」

「私のような若くて美しい人間はどこでも『ひくてあまた』ですわ」

「急に強気になりやがりましたね」

「そう、私は強くなりましたの。だから、行って頂戴」

 腰に手をあて仁王立ちするマリエッタに、フィンスは苦笑する。

 街についたら来る筈だった別れだ。それが早まったのは残念でならないが、マリエッタが自分の意思で決めたことだ。

 何より、彼女が強くなることを望んでいたのはこっちだ。

 ならば待ったをかけるなど、出来るわけがない。

「……マリエッタ様。これまでお仕えさせて頂きありがとうございました。最後にあなたの成長を見れて、これで私は心残りなく去ることが出来ます」

「ええ。お元気でね、フィンス」

「マリエッタ様も。いつまでも健やかに、幸多き未来になりますよう」

 そう呟いて、背を向ける。

 フィンスは決して振り返らなかった。

 強くあろうとするマリエッタの、一番弱い顔なんて見たくなかったから。



「あー諸君らに最初に言っておく。代えはいくらでも効く。捨てられたくなかったら、各々死ぬ気で働くように」

 フーバー家の玄関前で執事長が述べた短い訓辞は、新たな生活に多少なりとも期待をしていた新人達すべての瞳に暗い影を落とすほど、威圧的なものだった。

 マリエッタは他の者同様、質素な給仕用の黒服にエプロンの格好で働く為の諸注意を聞いていた。一生懸命にやってやろう、そう思いながら。

「そういえばフィッツジェラルド家の娘もこの中にいるようだが、ここでは特別扱いしない。フォークよりも重いものしか持たせないから覚悟しておけよ」

 執事長の目線はマリエッタに留まっている。明らかに分かっているようだ。

 しかしマリエッタは瞳を揺らがせることはなかった。フィンスに強い人間になると約束したからだ。

 だが決意とは裏腹に、内心はこの先の人生への恐怖でいっぱいだった。

 無意識に彷徨う指先に、いつもそばにいた使用人の温もりは届いてなどこない。

「ん? 何だお前、その目は」

 と、マリエッタの毅然とした態度が気に入らなかったのか、執事長が因縁をつけてきた。

「わ、私は真面目に聞いていただけですわ」

「ほう、口答えするか。これは教育が必要だな」

 執事長がマリエッタに近づいてくる。伸ばされる手に、マリエッタは反射的に目をつぶった。

「あーすいません、遅刻しましたぁ」

「ひゃあっ!?」

 能天気な声と共に後ろから蹴倒され、マリエッタは地面に突っ伏した。

「な、何するんですの!? ってあなた――」

 マリエッタは声を荒げながら振り返ったところで絶句した。

「初めまして、同僚のお嬢さん」

 無性に蹴りたくなる背中をしていたもので、と言いながら遅刻男が手を差し伸べてくる。

「貴様、遅刻だと――」

 執事長のターゲットが早くも遅刻男に移る。だが遅刻男は執事長の怒りなど気にも留めずに、マリエッタの身体を起こすのだった。 

「ルミナスという花を探してて、遅刻しちゃいました」

 微笑みかけてくる遅刻男の胸ポケットから、赤い花びらが覗いていた。


 ―了―

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