第十話
敵を槍の穂先で刺突し、石突で打ち、時には馬ごと体当たりをかます。そんな大雑把でありながらも正確な戦いを繰り広げていたホムラは、急に寒気を感じた。
「? ……ナデシコ?」
「ホムラ殿、どうされた?」
近くにいた騎兵の一人が急に立ち止まったホムラに尋ねる。
「敵も含めたこの一帯で戦っている全軍に伝えろ。敵だろうと味方だろうと関係ない。今は逃げろと伝えるんだ」
「な、何があったのですか?」
「後で説明する。死にたくなければ今は逃げろ!」
普段喋る事があまりないホムラの剣幕に騎兵達は慌てて伝令を飛ばしにいく。泡を食った敵味方両軍が怪我人の搬送を協力して行うという奇妙な光景が見られた。そんな中でホムラはエルデスト軍の総大将のデルト=グラムを見つけた。
「エルデスト軍総大将デルトだな? 弟はどうした?」
「貴軍の第三部隊長に斬られた。どうして急に逃げろなどと言う? 明らかに優勢だったのはそちらの方ぞ」
戦いの優劣を見極めるだけの目は持っていたということらしい。聞いていたより聡明な性格だった(人間の中でもかなり卑劣と聞いていた)ためか、感心したが、今はそんな場合ではない。
「俺の連れが急に魔力の暴走を起こした。早急に手を打たない限りはこの街道一帯は水の中に沈む」
「…………なっ! それはまずい。手伝えることがあれば手伝おう。どうすればいい?」
「今すぐセイレン軍各部隊長と共に怪我人の搬送、全兵士の避難を誘導してくれ。全兵士を避難させた後は各部隊長達にここに来るように伝えてくれ」
「分かった」
デルトが駆けていく。それと同時にホムラの視界が翳った。
「…………来たかナデシコいや、蛟」
ホムラの目の前に巨大な水の大蛇が現れた。天空を見上げて叫ぶ。
「フギン! ヤマトを呼んで来てくれ!」
『了解した』
一羽の大鴉が東に向かって飛び去る。それと同時に暴走したナデシコと共に蛟がホムラに襲い掛かる。
「…………来るまで足止めできるか?」
そう自問したが、答えはすぐに出た。否だ。
自分と彼女を比較すると、力では勝るが、相手は自分の二倍は生きている歴戦の本職ではないらしいが魔術師だ。実力差もあるが、何よりも
相性が悪い。ホムラが火炎系魔法を得意とするのに対して、ナデシコは氷雪系魔法。要するに水の魔法も得意なのだ。
「――――――――!!!」
殆ど人語も介さない様な声でナデシコが叫んでいる。その声に乗せられた感情は怒りでも悲しみでもなく、狂気に染まるほどの苦痛のみだった。
「もって後数分。十分は持たないかもしれないな」
蛟と戦いながらも冷静に彼我の力量差を分析するホムラ。今の彼女と自分を比べると、自分が圧倒的に劣っているのが分かる。自分はこの戦いで死ぬかも知れない。だが、今の自分の役割はフギンがヤマトを連れて来るまでの時間稼ぎ。そして、セイレン軍、エルゲイツ軍の撤退までの時間稼ぎだけ。
恐らくヤマトが来るまでに後五分、両軍の全兵撤退までに後十分といった所だろうか。
いつまで持つか分からない。救援が来るまで時間がかかる。この戦いはほぼ確実に負ける。死ぬかもしれない。そんな悲観的な感情が大部分を占める中、ただホムラが考えていたことは、少しでも関係のない人々を守るということだけ。
ただそれだけを考えてホムラは蛟に向かって右手に槍、左手に自分が出せる限りの最強クラスの火炎魔法を携えて突撃していった。
■ ■ ■
兵士の避難誘導を終えたクインタス・アーク・ジェイ・デルトら両国の将校はホムラの元に集まっていた。
「ホムラ殿! 大丈夫か!?」
そこにいたのは砕けてボロボロになった槍を構え、左腕は半分千切れたようになりながらも、二つの軍隊を守り続け、今もナデシコと対峙しているホムラの姿だった。
ナデシコの水魔法は解除されたようだが、その代わりに彼女の身体の周りにはナイフや剣、槍などの戦場にあるあらゆる武器が宙に浮かんでホムラをロックオンしている。
「…………大丈夫とは、言い難い」
血を口から吐きながらも何とか応えるホムラ。応えながらも飛んでくる武器を打ち落とし、その中から槍を手にしてナデシコに向けて駆け出す。
「―――っ!!」
同じようにボロボロだが、ホムラほど傷の多くないナデシコが自らの周りにある武器を一斉に投擲し、自らを守ろうとする。しかし、その中に槍などの長物が入っていたのが間違いだった。
「貰った……っ!」
槍の柄や剣腹を蹴り、ナデシコに詰め寄る。ナデシコが気付いた時にはもうホムラが目の前にいて、地面に押し倒される直前だった。
「―――、グッ!」
後ろ手にして掴まれた右肩を外そうとするナデシコ。いくら暴走して力が飛躍的に強くなっているとはいえ、相手は純粋な力比べのみならヤマトよりも強いホムラ。さらに今は魔法で力を強めているので、さらに強くなっている。
「…………眠れ」
トンッと、軽い音を弾ませてナデシコの後頭部に手刀を叩き込み、気絶させる。そこでようやくナデシコの動きが止まった。ふう、と息を吐いてホムラも地面に座り込む。
「お疲れ様です、ホムラ殿。助けていただきありがとうございました」
と、ジェイが礼を述べると、他の三人も口々に礼を言う。
「これに関しては、俺たちの責任だ。だが、どうやら裏でこいつを操っていた者がいるようだな」
ジェイを見詰めながらホムラが言う。
「なんだと? それはいかんな、すぐに探さな―――」
ホムラの視線に気がつかなかったクインタスがそこまで言ったとき、急にクインタスの首が落ちた。血が噴き上がる。それとほぼ同時にアークとデルトの首も落ちる。
「よく気がつきましたね。ホムラ殿」
その声は、ジェイが放っていた。だが、そこにいたのはジェイではなく、道化師の姿をした男だった。
「やはりな」
「おや、意外と驚かないんですねえ。ボクの姿を見た人は皆割と驚いてくれるんですがねえ」
「事前にお前は何か怪しいと言われていたからな」
「だからボクの剣を受け止めれたと?」
こくりと頷く。もうそこまで話す気力もなくなってきた。
「ま、どちらにせよこれで終わりだよ。冥土の土産に教えてあげよう。ボクの名前はクラウン。ドラゴンスレイヤーのクラウン。絶対にもう会うことはないけど、以後よろしくっ!」
そう明るく言ったクラウンの剣が振られる。もうだめかと覚悟したが、そこでようやく救援が来た。
「遅くなって悪かったな。ここからは俺が相手だ」
ホムラに向けて振られた剣は白い小太刀が受け止めていた。