第九話
突撃と同時にセイレン軍を矢や岩などが襲い掛かる。続々と落伍する者が出る中、第一部隊長のクインタスをはじめ、第三部隊長のアーク、第五部隊長のジェイなどの代表格や、古参の戦慣れした者達も、遅れることもなくホムラを追う。ナデシコのサポートもあって、多少の怪我はあっても、敵とぶつかり合う前から戦死、などという騎士にとって最悪の場面は大体回避された。
「相手はゲリラ戦法に特化しているということか! ならば我々の障害物となるものを破壊し尽くして更地にし、我が方の勝利に導いてやるまでよ! 第三部隊行くぞ!!」
『おおっ!!』
縦にも横にも大柄な体格を持った第三部隊長アークが叫ぶと、それに負けず劣らずの体格を持った屈強な男達がそれに応え、街道の脇に逸れていく。
「第一部隊は第三部隊のサポートに回る! 我等の敵にセイレン最強部隊の力を見せ付けてやろう!!」
『おおっ!!』
第一部隊も第三部隊に続いて街道の脇に逸れる。第五部隊長のジェイも指示を出す。
「第五部隊は敵兵を見つけ次第各自対応に当たってください! 手加減をする必要はありませんが、深追いだけはしないように! 基本的にはホムラ殿についていきます!」
『おおっ!!』
第五部隊は少しバラける程度で、その機動力と連携の強さを生かして敵を次々に屠っていく。
(サポートする必要はなさそうだ。だが、この嫌な予感はなんだ……)
ホムラも敵を見つけ次第倒している。それもかなり順調に快進撃を続けているはずなのに、何故か違和感を感じる。それも敵の方からではなく、味方の方から。しかし、その考えも長くは続かなかった。
遠くのほうでアークが「大将見つけたり!!」と叫んだからだ。
「……もう見つけたか。随分と早い」
そのうちに敵の本隊とぶつかる第一、第三部隊の姿が見えた。人数差でかなり負けているとはいえ、かなり押している。さすがはセイレン王国最強の部隊と、圧倒的破壊力を持つ部隊。第五部隊やホムラ達が介入するまもなくエルゲイツ軍を壊滅させることができそうだ。
「ホムラ殿、我々も突撃しますか?」
「……そうだな」
ホムラは気付かなかった。こんなときにはいつも自分の元に現れるナデシコが来ていない事に。自分の隣でジェイがニヤリと怪しい笑みを浮かべたことに。
その時、ナデシコは異変を自分の体の中に感じた。まるで自分に糸をつけられて操られているような感覚になる。嘔吐感がこみ上げてくる。自我が無くなりそうな苦痛。体中が焼けるように熱い。
「ナデシコ殿? 顔色が良くないですがどうかされましたか?」
一人の兵卒が声をかけてくれた。その顔には心配の表情が浮かんでいる。彼の士気を落とさないためにも、ここは気丈に振舞う。
「ううん、大丈夫。なんともないよ。ほら、こんなに元気」
そう言ってローブの袖を捲ってサムズアップしてみせる。自分の腕はヤマトやホムラの腕と違って雪のように白く、か細い。相手は男で自分は女。比べてはいけないとわかっているのに自分のものなのに見ていて悲しくなった。
「そうですか。大丈夫ならいいのです。失礼しました」
「心配してくれてありがとう。お名前教えてくれる?」
「はあ。自分はライと申します。第五部隊所属のライ=オーウェンです」
「ありがとう、ライさん。頑張ってね」
「分かりました。とはいえ、貴女の傍にいるようにと言われているのでここから離れることは出来ないのですがね」
ライが苦笑する。本当は自分も戦列に加わりたいのだろう。表情からそれが見て取れる。
「まあ、貴女のような美人と一緒にいられるのもうれしいのですけどね。……戦場でなければ」
「そう行ってもらえるのはうれしいなあ。私も女の子だしね」
朗らかに笑ったが、そこで激痛が走り、自分の愛馬から落ちてしまう。
「――――――っ!? あっ、くぅっ……!」
「ナデシコ殿!? うぐっ!? な、何を―――」
駆け寄ってきたライを無意識のうちに殴り飛ばしてしまう。息苦しい。動悸が激しくなり、更なる吐き気が込み上げる。体内の魔力が暴走している。もう抑える事が出来ない。
「ライさん……! 逃げ、て、ホムラに、伝え、て―――あぐぅっ!!」
意識が掻き乱される。ライが何かを言ったのは分かったが、もう何を言ったのかが全く分からない。視界も暗くなってきた。もうそろそろ限界だろう。
「や……ヤマ、ト、ホムラ……たす、けて」
大地にその身を横たえる。そのままナデシコの意識は途絶えた。