第六話
バルザート軍の抵抗もあまりない中、セイレン軍は戦場の中をほぼ無傷で走り抜ける。
ヤマトも、セイレン軍のほぼ中心地点で国王ヴェナスを守るようにしながら、クロを駆る。
第四部隊のアイク達の支援魔法のおかげで加速されたセイレン軍は相当な速さでバルザート本陣にたどり着いた。
しかし、そこで彼らが目にしたものは、いろんなところで転がっているバルザート兵の死体。そのほぼ全てが急所を切り裂かれていた。
「いったい誰が、こんなことを……」
人質である、あんたの娘ですよ。と、バルザート軍からの悲鳴を聞いていたヤマトは言おうとしたものの、ヴェナスの様子を見る限り、彼がこのことを知らないかも知れないと考え、口を閉じる。
さすがに、自分の娘が一人でここまでしたのだと知ったら、今後ヴェナス達の姫に対する対応が変わるかもしれないと思ったのだ。
「さあ、裏切りか何かがあったんでしょうなあ。ほら、人質の入っていたであろう檻が空けられている。
おそらくそいつが姫を連れ出してった可能性がありますな」
「娘は、無事なのだろうか……」
「さあ? けど、よく耳を澄ましてみてください。剣戟の音が聞こえます。結構近い。すぐそこで誰かが戦っているようですな」
「行ってみよう」
ヴェナスとヤマトは近くにいた兵士に死体の検分を任せ、剣戟の音の元に近づいていく。
そこでは、一組の男女が鍔迫り合いをしていた。
男のほうは、何かを守っているように見える。奥のほうに何かがいるのが見えた。人だ。
あの影は恐らくバルザート軍総大将のバルジだろう。なんとなくそんな感じだ。ということは、もう一人の男は副将のビートだろう。
そして、女のほうは十八歳になるかならないかの少女だった。着ている元は白色であったであろうドレスはびりびりに破け、大量の血で、赤く染まっていた。恐らく人質だったイーシャ姫だろう。
ヤマトにはなんとなく見覚えのある少女。しかし、思い出すことができない。声を聞けばおそらくわかるのかもしれないが、少女は無言でビートと打ち合っているので、分からない。
しかし、ヴェナスはすぐに気づいたようだ。
「イーシャ!!」
その声に少女も気がついた。
「お父様!?」
イーシャがビートとの決闘を投げ出してヴェナスに向かって駆け出し、抱きつく。
「貴様、決闘を投げ出して何をやっている!」
ビートが激昂して剣を構えて駆け出すが、途中で邪魔が入る。ヤマトだ。
「おいおい、親子の感動の再会なんだ。邪魔しちゃあだめだろ? その代わりといっちゃあ何だが、俺が相手してやるよ」
「その服装にその黒刀。貴様、黒鬼か!」
「よく分かったな。そのとおりだ」
「六年前の仇、討たせてもらうぞ!」
そう叫んでビートはヤマトに飛び掛った。黒刀と長剣が熾烈な鍔迫り合いを起こす。
「六年前の仇? なんだそれ」
「貴様っ、覚えていないというのか!!」
「ああ、覚えてないね。倒したやつのことは極力忘れないようにしてるんだが、『バルザート副将』のビートって奴とは戦ったことがないからなあ」
再び切り結ぶ。
「『盗賊』ビートって奴なら知ってるが。そうか、あれはもう六年前になるのか」
「そうだ! 俺がそのビートだ!」
「だろうな。剣筋が六年前とまったく変わってないぞ。アンタはもっと強くなると思ってたんだが、予想が外れたな。失望した」
「このっっ、舐めるなあ!!」
再びヤマトに斬りかかる。確実に胴を薙いだ―――。そう思ったが、そこにヤマトはいなかった。
「ま、お前はそこまでの強さだったということだな。それでも割と強いほうだと思うが」
しかし、もうビートは聞いていなかった。
「すまん、皆。また仇、取れなかった―――」
そうビートが呟いた直後、彼の首が胴体から離れ、地面に落ちた。その何秒か後に、胴体も地面に倒れ伏し、血溜まりの中に沈んでいく。
「…………」
ヤマトは沈黙したまま、今では血の中に沈んだ一人の騎士に敬礼する。
「あんたはよく戦った。後は冥界でゆっくりしてるといいさ」
■ ■ ■
バルジはまだ同じ場所で蹲っていた。頭の近くに誰かの気配を感じ、どうやら決闘が終わったらしいと思い、顔を上げる。そこには副将のビートではなく、ビートが気をつけたほうがいいと警戒していた傭兵、黒鬼のヤマトだった。
「よお」
「ひっ……!」
「あんたは何をしてるんだ? あんたの部下は皆勇敢に戦ってたぞ? 戦わなくてもいいのか?」
じたばたと地面に伏せたままヤマトから離れる。鎧がこすれ、マントがどんどん擦り切れていく。そのマントをヤマトが踏みつけた。
「た、助けてくれ。わ、私は、命令されただけなんだ! だから、頼む、命だけ、命だけは助けてくれっ!!」
「言い訳無用。剣を取れ」
「助けてくれたらあんたに金貨だろうと何だろうとくれてやる!! 何なら、土地だってやる! 私の領土の七割! それでいいだろう!! だから、助けてくれ!!」
「ふうん。みっともねえ男だなあ。あんたには絶望した。死ね」
そういってヤマトが刀を落とす。また新しい血だまりが増えた。