第四話
遂にセイレン軍とバルザート軍が向かい合った。
セイレン軍は国王ヴェナスと傭兵ヤマトが率いる二十四万。対してバルザ-ト軍は大将バルジと副将ビート率いる五十万。
その兵の質と士気の高さから最強と称された小国と、圧倒的兵力で敵を上回ることで最強と称される新興の大国。その二つが、激突する。
小国は自国の存亡をかけて。そして、囚われの姫君を助け出すために。大国はその強さを大陸全土に知らせ、大陸統一の足掛かりにするために。
セイレン軍のヤマトは、すでにバルザート軍の姿を捉えていた。
「……あれか」
「もう見えたのか? 我々の目にはまだ映らんが?」
隣にいたヴェナスが目を凝らしながら言う。たしかにまだ敵兵の姿は見受けられない。
「それでいいんですよ。俺は普通より目がいいんでね」
「そうか。ざっとどのくらいいるかわかるか?」
「五十万程いますね。随分と防御を固めている。……これから起こる戦に防御は意味を成さんのにな」
「? どういう意味だ?」
「それは敢えて言わないでおきましょう。見てからのお楽しみに~、というヤツですね」
ヴェナスの質問をはぐらかし、もう一度前を向く。
しばらく進んでいると、バルザート軍は、武器や支援物資、食料などの他に、もうひとつ巨大な箱を持ってきていた。おそらく、あの箱に入っているのが姫君だろう。
まもなく、開戦を迎える。
セイレン軍がバルザート軍の前方百メートルの付近に到着した。
両軍に静寂が訪れる。
それを破らないように、ヤマトとヴェナス、アイク、クロウが無声音で話し合う。
「ヤマト、どう動く?」
「一番最初に、俺が魔法を展開する。その直後に走り出すから、その後に陛下とクロウはついて来てください。アイクには、悪いが、後陣で俺たちの支援をしてくれるか?
まあ、どっちにしろ徐々に後陣も進んでもらうがな」
アイクの質問に答え、クロウの質問に答える。
「分かった。何人くらい必要だ?」
「そうだな……、王衛隊から半分、第六部隊から二万ですかね」
「それだけで十分なのか?」
「そんなに大勢必要ありませんからね。一応、自前の兵はいるんで」
「まあ、わかった。しばらく待っていてくれ。すぐに移せるようにしておこう」
「頼んだ」
クロウが伝令を飛ばし、アイクが後陣へ下がった。
しばらくすると、ヤマトの元に一人の兵士がやってきて報告する。
「準備、整いました」
「よし、行くか!」
大きく息を吸い、叫ぶ。
「行くぞっ!!―――Wild hunt!!」
ヤマトが走り出すと同時にその周りに銀色の靄がかかる。靄は次第に強くなり、やがて大量の狼の姿をとる。
「ヤマトに続けぇぇええ!!」という叫びが後ろから聞こえるが、この狼たちが不気味なのか、追いついてくることはない。しかし、今回はそれで正解だった。それは後で皆が理解するようになる。
「やっぱりくっついてくる奴はいないか」
『むしろくっついてこられたら困るのではないか?』
「まあな。恐らく何かしらを本能で察してる奴らもいるだろうな」
『確かに』
「ま、このスピードで進み続けると追いつかれる可能性がある。仲間を失いたくはないからな。自滅って死因は作りたくねぇ。……つーことでだ、スピード上げてさっさと向こうで大暴れするとしようぜ!! どっちにしろコイツらは俺の後についてくるんだからな」
『承知した。しっかり掴まっておけ!』
クロが急にスピードを上げ、敵陣からの「弓放て」の号令を受けて飛来する大量の矢を全て避けるか、叩き落し、味方の弓矢の援護を得て、一瞬で敵の至近距離まで突き進む。更に何とか追いつく程度だった味方の馬達をさらに引き離し、真紅の鎧で血のように染まっている敵陣に正面から飛び込んでいった。
敵陣ではパニックが起こっていた。一人の黒衣の男が単騎でものすごいスピードで突っ込んできたから、というのもあるが、その男が乗っているのは馬ではなく、巨大な狼。そのうえ、いつの間にか銀色に光る狼を大量に引き連れていたとなればパニックにもなるのも当然だろう。
男は黒刀を大きく振り回し、当たるを幸い、自分たちの敵を薙ぎ払い、巨大な狼は馬も人も武器も関係なく噛み砕き、爪で引き裂く。
さらに、その毛皮は剣を当てると剣が折れるという強靭さを併せ持ち、男のほうも鎧を着けていないように見えるが、何かしらの魔法を使っているのか、当てた武器のほうが折れるという始末だった。
その後ろの銀色の狼達は、噛み砕いたりすることはなかったが、人や馬をすり抜けると、その通った場所にいた生物がすべて倒れていく。
「こんなもの戦であってたまるか! ただの虐殺ではないか! ……これが、本当にたった一人の傭兵の仕業なのか?」
後陣にいるバルジが叫ぶ。
それはビートも同感だった。あの男は更に強くなっていた。
「……魔法部隊を使います。魔法部隊!! あの男に向けて一斉に掃射せよ! 気を抜くなよ!!」
『はっ!!―――Five canon!!』
魔法部隊の全員が仲間の下で暴れている黒衣の男に向けて融合魔法を放った。
ヴェナスとクロウはヤマトを追いかけて馬を駆っていた。
ようやく敵陣にたどり着いたと思えば、そこにあるのは体を引きちぎられ、バラバラになった敵兵の死体の山。無傷の死体もあったが、その顔は人も馬も関係なく恐怖に彩られていた。
豪胆なことで知られているセイレン軍の兵士達もこのスプラッタな光景には怯えを示し、若い兵士の中には、失神するものも出たほどだった。
「……これは、ひどいな」
「あれが、あの男の実力ですか。凄まじいですね」
「一人でこれほどの力があるとは、恐ろしいものよ」
そのとき、前方で魔法の炸裂する音がした。
「何だ!?」
「魔法ですね。ヤマトでしょうか」
「とにかく行ってみるべきだろう。行くぞ!!」
ヴェナスとクロウは再び馬を駆ってヤマトのもとへと急いだ。
後陣で魔法支援に徹していたアイクも、魔法の炸裂する音を聞いた。
「ヤマトの魔法ではなさそうだ。ものすごく近くまで進んでいたが、大丈夫だろうか」
遠視でヤマトを視る。ヤマトはまだ動き続けていた。直撃はしていなかったということだろうか。
そのとき、地響きのような音が戦場に轟いた。
黒色の稲妻が複数落ち、敵陣に甚大な被害が出る。それを見たアイクたちは、背筋を何か冷たいものが流れ落ちた気がした。
「何だ!?」
「わかりません! ただ、何かとてもおぞましい魔力を感じます!」
「あれは、恐らくヤマト殿のものと思われます。あの方は本当に何者なのですか?」
「わからん。だが、恐らく人間ではないだろう。あんな化け物のような魔力量を持つ人間など見たことがない」
アイクの推測は間違っていなかった。それを本人は戦争後に知ることになる。
■ ■ ■
その頃、囚われていたセイレン王国の姫君、イーシャは、何かに怯えている見張りの隙を見て、体の関節をはずし、縄を抜ける。
「師匠に念のために縄抜けの方法教えておいてもらってよかったです」
縄を抜けたイーシャは関節を元に戻して、見張りの兵士から檻の鍵をこっそりと奪う。
鍵を持つ兵士が間抜けでよかった。自分はかなりついているのだろう。
見張りに気づかれないようにこっそりと檻を抜け出し、ブーツの底に忍ばせていた短剣で見張りの兵士の鎧の隙間を突く。
それを何度か繰り返して、兵士が絶命したのを見届けて、腰に差していた剣を拝借する。
「さて、私も暴れちゃいますよ~」
イーシャはその丁寧な言葉遣いとは裏腹に、獰猛な獣のように動き出した。