カラオケ店での出来事
カラオケの店のトイレから出ると、塩崎は座り込んでいる女性を発見する。
ー声をかけたほうがいいかな?
周りをきょろきょろ見るが誰も助けようとしない。
自分達の楽しい時間を過ごしていて、具合の悪い人間なんかどうでもいいみたいだった、、
ー薄情な奴ら。
そう言う自分も、多分トイレに来なかったら、女性を見逃していただろうと考える、
塩崎は女性に声をかける。
「あの!! 大丈夫ですか?」
柔らかめに言ったつもりなのだが、つい本性が出そうになる。
塩崎はヤンキーで、仲間達と一緒にカラオケに来ていたのだった。
「ふるあい」
「は…?」
顔を上げた女性を見ると、どうやら10代後半くらいから、20代前半のようだった。
酔っぱらっているのか、アルコールの香りがする、
それは塩崎も同じだったが、女性は涙を流し、「うー」と唸る。
ー助けタほうがいいな。
仲間を助けるなら、いざ知らず、見知らぬ他人を介抱して何になるんだと思うのだが、塩崎は立ち上がると、ある場所へ向かう。
「水か何か飲ませたほうがいいよな」
そう呟くと、自販機の近くに行き、水を購入する。
別に放っておいてもいいのだが、女性は美人でそのまま放っておいたらまずい気がした。
「ーはい、水」
キャップをわざわざ開けてやり、女性の肩に触れる。
女性は暴れるかと思ったが、意外なことに静かに従ってくる。
水をごくごく飲むと、女性は「ぷはっ」と声を出す。
それからふうと息を吐き出し、塩崎を見てくる。
「…あなた、誰?」
「カラオケに来た客の1人だよ。あんたが具合悪そうにしているから、助けようと思って」
「そうなの…? …ありがとう」
女性は子どものように、素直に頭を下げてくると、髪をかき上げる。
その仕草にどきりとしたが、塩崎は平然を装う。
「あんた、1人か?」
「…そう。部屋に戻らなきゃ」
「じゃあそこまで連れて行ってやる」
すると女性が目を瞬かせ、塩崎をじっと見てくる。
「まさか変なことをするつもりじゃ…」
「はあ!? ふざけるなよ」
さすがに怒ると、女性はびっくりしたのか、手に持ったペットボトルの水を少し零す。
「あーあ、ほら、しっかりしろって」
「わ、分かっているって…ひっく」
女性は塩崎の手を取ると、水をぐいっとあおり、蓋をする。
「水のお金は…」
「いいよ、別に。病人を放っておけないから」
「病人…。…そうか、病人か」
女性は繰り返し言うと、くすくすと笑う。
塩崎はむっとして、女性を睨みつける。
「何なんだよ、あんた。人がせっかく助けてやっているのに」
「ごめんなさい。ただ、その、酒の飲み過ぎが病人だとは思わなかったから」
「どれくらい飲んだんだ?」
「ここは持ち込みOKだから、ビールにワンカップ、焼酎に…」
女性はまだぼんやりとしており、上手く口が回らないようで、指で数える。
「ビールはともかく、ワンカップかよ!? それに焼酎!? それは具合悪くなって当たり前だ」
塩崎はそう言うと、トイレを指す。
「トイレに行ったほうがいい。出すもの出して、アルコールをぬいたほうがいいと思うんだけど」
「大丈夫。トイレには行ったから」
女性はそう言うと、水をまた口に含む。
頬が赤く染まり、酔った状態の女性は色っぽかった。
少し意識がはっきりしてきたと思うと同時に、塩崎はどきりとする。
ーすげえ美人なの。これは1人にするのは危ないな。
そう判断すると、女性に手を差し出す。
「肩を組んで部屋まで運んでやる。それとも、俺の仲間のいる部屋に行くか?」
「うー。部屋に行く」
「どっちの? はっきり言え」
塩崎が少しイラッとすると、女性がぺこりと頭を下げる。
「すみません。自分の部屋に戻ります」
女性は塩崎の言葉を信じたのか、細い腕を差し出してくる。
秋になり、長袖姿の彼女はオシャレで、どうして1人でいるのだろうと不思議に思う。
「何で1人でカラオケなんだ?」
移動しつつ聞くと、女性はぐすりと鼻をすする。
「失恋したんです。それも大きな。だから1人でカラオケで発散しようとして…」
「あ…。ありがちのパターンか」
塩崎は独りごちると、女性がこんなのにも酔っているのが分かった気がした。
「分かった。もう何も聞かない。とりあえず部屋に行くぞ」
「おー!!」
女性は手を上げると、塩崎になかば引きずられるように進んで行く。
「部屋はどこだ?」
「えっとね…。あ、あそこ!!」
女性は嬉しそうに指したので、塩崎は部屋のドアを開ける。
するとテーブルの上に、アルコールが大量に並んでおり、これはさすがに…と驚くと同時に呆れる。
「あんた、馬鹿だ」
「は? な、何が…?」
「俺が見つけたからいいものの、もし下心がある連中が声をかけたら、あんた危ないところだったぜ。今の状況、分かる?」
ヤンキーが説教してもしょうがないのだが、女性は急にしゅんとし、椅子に倒れ込む。
「う、うわ!! いきなり通れ込むなよ」
「だ、だって…うう」
今度は泣き出したので、塩崎は美人なくせに面倒くさいと思ってしまった。
しかも子どものように、ぼろぼろ泣くので、ティッシュを差し出す。
「ありがとうございます」
「はい。じゃあ、俺はこれで」
行こうとすると、服の裾を引っ張られる。
何だ、と振り返ると、スマホを差し出される。
「LINE交換、お願いします。あとでお礼をするので」
「いいよ、別に。あんたに下心があるわけでもないし」
ぶっきらぼうに言いつつ、心中は穏やかではなかった。
ー面倒くさい相手だけど、美人だし…。お付き合いしたほうがいかな。
ふられたばかりなら、自分からアプローチしてもいいよなと言い聞かせる。
「ちょっと待って。…ほい、どうぞ」
スマホを取り出すと、LINE交換する。
本当は電話番号なども知りたかったが、ここは大人しくすることにした。
「あとで連絡します」
「はい、どうも。…じゃあ、俺はこれで」
「ありがとうございました。…うえ」
女性が手を口に当てたので、放っておけず、塩崎は自分でもお人好しだなと思う。
ー仲間が待っているかもしれないのに。
しかし放っておけないのは、今の彼女のほうだった。
具合悪そうなのを放っておいて、見殺しにするなんて、流儀に反する。
「タクシーを呼ぶからな」
「え…。でも、私、1人で…」
「駄目だ。ちょっと電話を借りる」
室内にある電話でフロントにかけると、男性が出てくる。
「もしもし…? 何でしょうか?」
「タクシーを1台、お願いします。今すぐに」
「分かりました。少々、お待ちください」
塩崎は電話を切ると、女性の背中を撫でてやる。
「ほら、水を飲んで。とりあえず、タクシーを頼んだから」
「どうも…。お酒、良かったら飲んでください」
「今はいい。とにかく酔っぱらった状態のあんたのうが問題だ。男に襲われたらどうするんだよ、全く」
本気で怒ると、塩崎は女性の頭を叩く。
「痛っ」と聞こえたが、これくらいは許されるだろうと、勝手に判断する。
「とりあえずタクシーが来るまで待とう。あとはテーブルの上のものを片付けて」
何、甲斐甲斐しくしているんだと思いつつ、家庭環境が複雑なので、どうしても気を遣ってしまうのは、しょうがなかった。
「あ、電話だ」
フロントからと電話に出ると、タクシーが来たようだった。
「ほら、立って。タクシーが来たみたいだから」
「う、うん。ありがとうございます」
また女性を支えて立ち上がると、塩崎はこの出会いは、良いのか悪いのか、分からなかったが、とりあえず知り合えたことに感謝する。
ー俺の彼女になったりして。
そのつもりで介抱したのだが、女性には内緒だった。
「さあ、カラオケの店を後にしよう」
「は、はい…」
女性は塩崎の言われるままで、少し楽になってきた。
フロントで女性を預けると、会計を済まし、店の外へ連れ出す。
「うわ、気持ちがいい」
外は星空が煌めいており、人工のネオンよりも美しかった。
秋の虫の鳴き声が心地よく聴こえ、涼やかな夜の一時となる。
「ほら、タクシーに乗って」
女性を誘導すると、タクシーの運転手に声をかける。
「家まで送って行ってあげてください」
「はい」
タクシーのドアが閉まり、女性は頭を下げてくる。
それに手を上げ、タクシーが去るのを見届ける。
ー俺も仲間の元に戻らないと。
少しにやけた顔を払うために、両頬を叩くと、カラオケの店に戻ったのだった。




