運命の輪(2)
「なんで、僕が生徒会・・」
教室の机に突っ伏して、ぼやくのを羽賀が机に座って見下ろしている。
「そりゃ、すごいことになったな」
「すごいことってなんだよ。月嶋先輩の雑用係だよ。それもそんな役職ないのに」
「だからだよ」
羽賀のセリフは、外でのどよめきにかき消された。教室の窓から羽賀は外を眺め、
「ほら、噂をすれば影だ」
と意味深な言葉を投げる。
「なんだよ」
立ち上がって、同じように窓から外を見下ろした恭介は、言葉を無くす。
そとでは、遠くから見てもやたらと目立つ3人がちょうど門から校内へと入ってくるところだった。
すらりとしたシルエットだけでも目立つのに、3人が3人ともにタイプは違うがとびきり美形だってことが離れていてもわかってしまう。
「うちの学園名物。華の生徒会だ」
そのちんけな名前はともかく、聞き捨てならないことを聞いた。
「生徒会!」
「だってほら、会長の月嶋さん、運動部統括の風見先輩、そして、文化部統括の似鳥さん。お前知らなかったの?」
羽賀を恨めしそうに睨みつける。
「そんなこと知るか」
外では、3人の周りに遠巻きに人垣ができて、そいつらがどよめいているのだ。
「珍しいけどな、3人一緒にいるのは。生徒会に入るってのは、あの人たちと一緒にいることになるわけで、そうなるといらない妬みなんかも買っちゃうんだなこれが」
なんで、羽賀が言うと大したことがないように聞こえるんだろう。
「ほれ、あの後ろに控えてい黒服集団、見える?あれは、似鳥さんの親衛隊」
男ばかりで形成されている親衛隊ってどうなんだ。
「で、風見さんは知ってると思うけど、運動部で絶大な人気があるし、寮長はみんなの信頼篤いしな。ファンも多いんだよ」
羽賀の説明にまたもや黄色い声がかぶって聞き取りにくい。
「あれは?女の子」
「ああ、どこからかぎつけてくるんだろうな。あれは、隣の聖ミカエル女子の子達。隣ったって遠いんだぜ。すごいだろう。あたりまえだけど、女の子にもすごい人気だ」
そりゃあそうだろう。あれだけ見栄えがよくて、なんでもできれば、誰もほっとかない。
「恭介さぁ、ただでさえ、風見先輩と同室で目立っているのに、転校初日に寮長自らの案内、さらに、これで生徒会に入るなんてさ・・・」
語尾は語られなかったが、わかってしまった。わかりたくなかったけど。
「それって、全校生徒から睨まれまくりってこと?」
頷かれて、恭介は机に沈んだ。
僕はただ、静かに学園生活を送りたいだけなのに。なぜ、僕なんだ。
「まあ、実はお前にも裏にファンが結構いるんだけどな」
なんだそらと、羽賀を見る。
「かわいいんだとさ」
再度、机に沈んだ恭介だった。
「逃げずに来たね」
生徒会室に入るとすでに、月嶋は生徒会長のデスクでなにやらやっており、扉の音に顔を上げると笑顔で恭介を迎える。
「食事は?」
「持ってきました。そういう指示だったし」
椅子から立ち上がり、月嶋はデスクを回ってくると恭介のそばまでやってくる。また、揶揄われては困ると恭介は後ずさって距離を取る。
その様子に月嶋はおやおやという表情をし、伸ばそうとした手を下す。
「じゃあ、そこで一緒に食べようか」
生徒会室には立派なソファセットがあり、重厚な木でできたテーブルまでついていた。ちょっとしたホテルの一室か、重役室のようだ。
「昼を食べるために呼んだんじゃないでしょう」
「そうだけど、食べてからじゃないと仕事にならないだろう」
微笑みについ見とれて、それ以上突っ込めなくなる。
「そろそろ学園祭の準備なんだ」
お弁当つつきながら、月嶋が切り出す。
「この学園の学園祭は、12月25日で、近隣の学校からも人がたくさん来るからね、それは大変なお祭りなんだ」
そう云えば、クラスでも同級生が今年こそ彼女ゲットだとか叫んでいた気がする。
「仕事は幾らでもあるから心配しないように」
「してません」
「素直じゃないな。せっかく二人きりなのに」
長い脚を組んで、ソファに背を預け、恭介をまっすぐ見つめて言われた言葉に、飲んでいたお茶にむせた。
「何言っているんですか」
ぜいぜい呼吸を整え、月嶋を睨む。
面白そうに笑っている端正な顔が恨めしい。
ドアの開く音が月嶋の笑い声をかき消した。出入り口の方ではない、部屋の奥にある扉が開く。
「静也。楽しそうだな」
出てきた人物に息を飲む。気だるげに栗色の髪を掻き揚げ、似鳥玲は目をすがめて月嶋を見つめた。
「なんだ、いたのか、玲」
月嶋の声はそっけない。
玲はなぜかシャツの前がはだけていて、やけに白い肌がのぞいている。
そのまま、ゆっくり歩いてくると恭介の隣にどさりと座る。
「寝てた」
驚いて声もなく、箸で卵焼きをつまんだまま固まっている恭介をちらりと見ると、玲はそのまま恭介の手首を掴んだ。
自分の口元に寄せて、卵焼きをパクリと食べる。
「あー」
抗議の声は無視されて、何故か楽しそうに笑われた。それに憮然としていると、今度は入り口の扉が乱暴に開かれた。
ばんっっ!!
「巽、ドア壊れる」
扉の音と月嶋の言葉に一瞬、恭介の意識がそちらに向く。
その瞬間、玲の顔が近付いてきて、唇の端をぺろりと舐められた。
「#%&$##」
後ろにのけぞって、身体を離す。あまりに、驚いて声も出ない。
「なにするんだっ、玲」
「おまえっ」
月嶋と風見の抗議に、玲は両手を挙げた。
「ご飯粒がついていたんだよ」
「だったら口で言えばいいだろう」
「かわいくて、おいしそうだったからつい・・」
玲は悪びれることなく、微笑っている。
「あのなー」
風見の声にも力がない。月嶋は天井を仰いで、溜息をついた。
恭介は衝撃から立ち直ることもできずに、ソファで固まっていた。舐められたところを手で押さえて。
思考がまとまらず、頭は真っ白だ。
そこにチャイムが鳴った。昼休みが終わったのだ。
一体全体、なんなんだー。
叫びたい心境の恭介だった。