事故(2)
目が覚めると恭介は、自室のベッドの上にいた。記憶が飛んでいて、なぜ、ベッドで寝ているのかがわからない。
二、三度瞬きをしてから身体を起こした。
「っ痛」
頭に手をやると包帯が巻かれていた。
サッカーをしててボールをクリアして、どうしたんだっけ。
考えるがなんだかわからない。
がちゃりと扉の開く音がして、恭介はそちらに視線を送った。
「目が覚めたのか」
「風見先輩・・・」
部屋で声をかけられたのは、初めてだ。
「吐き気と頭痛は」
たずねられて、首を横に振る。
「頭はこの辺だけ痛いですが、あとは別に。俺、グラウンドにいましたよね?」
「なんだ、覚えてないのか。はた迷惑なやつだな」
つかつかと部屋を横切り、デスクの椅子を引くと、恭介と向かい合うように。背もたれ側を向いて、風見は座った。
「サッカーのミニゲーム中にゴールポストに頭から突っ込んだ。そのまま、気絶したから大騒ぎだった」
「すみません」
なぜか攻められている気がして謝ってしまう。
「一応、校医にも見てもらったら、ただの打撲だそうだが、頭なんで、もしも、頭痛が続く、吐き気がするという症状が少しでも見られたら、医者に行けとのことだ」
報告は以上とばかり、風見は口を閉ざす。
「おいおい、そっけないな。風見」
突然、入口から声がして、月嶋が部屋へと入ってきた。
「事実は以上だろうが」
風見のむっとした声に月嶋は面白そうに笑った。
「一番先に駆けつけて、抱き上げてここに運び込んだ奴の台詞じゃないな」
月嶋の言葉に恭介は絶句する。
「大丈夫かい。花山君」
月嶋の問いかけに恭介は頷いた。
「俺、迷惑かけたんですね。すみません」
「謝ることじゃないよ。大事がなくてよかった。あまり、無茶をやらないように。まあ、スポーツに怪我は付き物だけど」
手を伸ばし、月嶋は恭介の頭をそっと撫でた。
「こぶになっている。冷やしたほうがよさそうだ」
「大丈夫です」
恭介の言葉に笑いかけ、月嶋は、氷を取ってくるよと出て行った。
「風見先輩、いろいろすみませんでした。ありがとうございます」
風見に向かって頭を下げると、風見は困ったような表情をみせる。
「お前、サッカー部に入るのか」
唐突に話題がかわって、恭介はえ?という顔をする。
「まだ、決めていませんけど、今日は運動部を一通り見学する予定だったので」
「うちの部はどうだ」
まったく会話がかみ合っていないような気がしながら。
「すごいです」
と答える。後ろに風見先輩がとつけそうになって、そこは、のみこむ。
「まだな。ディフェンスがいまいちなんだ」
いったい、風見先輩は何が言いたいのだろうと恭介は頭をひねる。
「サッカーはいつからやってる」
「小学校からですけど」
「ずっとディフェンスか?」
頷くとそうかとだけ答える。何かを言おうとして、風見が口を開きかけると扉が開いてぞろぞろ人が入ってきた。
「花山。大丈夫か」
羽賀を先頭に、一年のサッカー部の連中がどやどや、がやがや現れ、恭介のベッドをとり囲んだ。
「羽賀・・みんな・・・」
口々に大丈夫かと問われ、それに頷いて大丈夫と答える。
「まったく、熱中するにもほどがあるだろう」
呆れた顔で言われる。
「でもさ、花山のクリアはすごかったよな」
「そうそう。お前すげえよ。見た目よりガッツあるのな」
口々に恭介のプレーを褒める友人達に恭介は困った顔をする。
「大丈夫だっただろう。安心したか」
騒ぐ1年の背中から声がかかった。
「寮長」
「花山君は怪我人で、まだ本調子ではないのだから、静かにした方が良くないか。
そっちで、睨んでるやつもいるし」
全員が部屋の奥に視線を走らせ、身体をこわばらせた。
「風見先輩!」
確かに風見が睨んでいる。
ここは風見の部屋でもあったことを思い出した1年は、後ずさりながら、
「じゃあな、花山」
「また来るわ」
来た時同様、全員、がやがやと出て行った。
「あ、ありがとう」
その背中に御礼を言うが聞こえたかどうか。
「はい、氷。これで冷やすと少し違うだろう」
「ありがとうございます」
渡された氷嚢を受け取り、傷に当てる。冷たさに一瞬痛みを感じたが、押し当てていると痛みが少し遠のく気がする。
「良く冷やして。もしも気分が悪くなったら、風見に言うんだ」
わかったかと瞳で問われ、
「わかりました」
と恭介は答えた。
それに月嶋はにこりと微笑む。
「じゃあ、巽。あとは頼んだよ」
「ああ」
月嶋の要請に軽く応じて、風見は答える。
その声がやけに心配そうに聞こえ、つい風見に視線を走らせると目が合ってしまった。
何となく視線が離せず、つい、見つめてしまう。
先に視線をはずしたのは風見の方だった。特別な意味はなかったが、つい見とれてしまったことに気づき、恭介はばつが悪くて、頬に朱が上る。
ぱたんと扉が閉まって、風見と2人きりになると余計になんだか恥ずかしい。
椅子から立ち上がり、風見は恭介のそばまで歩いてくると肩にポンと手を置いた。
「寝ろ。ずっとここにいるから」
肩を押されて、恭介はベットに倒れる。下から見上げた風見はやけに優しげに見えた。
「すみません」
「謝るな。謝らなくていい」
恭介は毛布を引き上げ、頷いた。
「ありがとうございます」
風見の優しさに感謝し、恭介は目を閉じた。