慣れない日常
「今日からここの寮に入った花山恭介君だ」
寮長の説明に食事を終わらせた寮生の視線が恭介に注がれる。
「部屋は、202号室」
寮長が部屋番号を告げると広間は一気にどよめいた。その理由はすぐにわかる。
寮生は恭介と風見を交互に見ていたからだ。
「よろしくお願いします」
余計なことは言わずに、深々と礼をした。
片づけがはじまると隣に座っていた羽賀が目を輝かせて言った。
「いいなあ、花山。風見先輩と同室なんだ」
「知ってるの?」
やけに詳しそうなので、恭介はそう尋ねた
「知ってるも何も昼間話したじゃん。サッカー部の先輩。この人がいたから俺たち県大会準優勝なんだぜ」
あのぶっきらぼうな人はそんなにすごかったのか。だから、2年生で個室だったんだと恭介は思った。
「代わって欲しいなら、代わるよ。俺は、1年の4人部屋がいい」
この申し出に羽賀はとんでもないと首を振った。
「恐れ多くて、一緒の部屋なんて無理。何話していいかもわかんねえもん」
憧れの先輩は憧れに過ぎないらしい。僕だって何を話していいかわからないよ。
「ちょっと怖そうだったんだ」
ぼそりと言った恭介の言葉に、周りから反論の声が上がる。
「せっかくの一人部屋に学年違いが入るんだから、機嫌も悪いんじゃないか。風見先輩、見た目怖そうだけど、結構、面倒見が良くて、優しいぜ」
そうなのか。あの人が。と心の中でつぶやく。
「まあ、今度サッカー見にこいよ。そしたら、先輩の印象、絶対変わるから」
力説する羽賀にあいまいに頷き、恭介は部屋に戻った。
部屋に入ると風見はすでに戻ってきていて、机でなにやらやっていた。それを邪魔しないように、恭介も宿題を広げる。さすがに初日ということもあって、あまりやることはないが、英語と数学の予習だけはしておかないと明日の授業であてられたら最後だ。今日の授業を聞く限り、思っていた通りのレベルの高さを実感していた恭介は、さっさと予習をかたつけることにした。
風見も特に話しかけてもこなかったので、その日は他人と同じ部屋にいるかどうかもよくわからないまま、過ぎていった。
「どう、ここにも慣れた?」
寮長に呼び止められて聞かれたのはすでに金曜日だった。あれから4日が経っているが、同室だというのに、風見とは口もきいていない。
別に無視されているとかではなく、お互い話すこともないので、同一空間で好きにやっていたら自然にそうなっていた。
逆に楽といったら楽だった。
「はい。なんとか」
覚えることが多くてめまぐるしい生活ではあったが、嘘ではないので、そう答える。
「それは、よかったよ。まあ、風見ともうまくやってくれるだろうと思っていたが」
はあとしか答えられない。
「そういえば、サッカーやってたそうだが、サッカー部に入るのか」
ここでも部活のことを言われる。この一週間、誰に会ってもどの部に入るのかと訊かれまくっている。
生徒数が多くないので、どこも部員確保に必死らしい。
「まだ、ここに慣れるのに精一杯なので、来週あたりから部をめぐってみようと思っています。月嶋先輩は、何部ですか」
「剣道部」
似合いすぎると恭介は思った。袴姿で、竹刀を構えたらさぞかし絵になるだろう。だから、姿勢もいいのかと妙なことを思う。
「まあ、一応、必ず部活動はすることになっているから、早めに決めるようにな」
月嶋はそういうと離れていった。
心配してくれているのかなあ。
その後姿を追いながら、恭介は思った。