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運命の流転の果てに  作者: 水梨なみ
番外編(クリスマススペシャル)
29/30

聖なる夜にこの腕で眠れ(1)

メリークリスマス!

クリスマスのお祝いに、その後の2人を書いてみました。

あのあとどうなったの?とお思いの方もいらっしゃると思いますので、

楽しんでいただけたら、嬉しいです。


12月24日。

クリスマス・イブ。


テレビに映る映像に花山恭介はなやまきょうのすけは、溜息を落とした。

画面には移動のバスに乗り込むサッカー日本代表の選手達が映し出されている。本日の試合の結果をアナウンサーが興奮気味に伝えていた。

プロばかりの選手の中で唯一、大学からの選抜者、風見巽かざみたつみがアップで写されると恭介の溜息は更に深くなる。

怒ったような機嫌の悪そうな表情はいつもの通りだ。勝ち試合のあとなのに、巽はカメラに向かって笑ったりしない。こうやって注目されることが嫌なのだろう。

だが、今日の試合の2得点は巽が上げたものだし、事実、エースストライカーなのだから騒がれても仕方がない。その上、よく日焼けした肌にざんばらな黒い髪、きつい目元、鼻筋の通った端正な顔は同性からみてもカッコよく思えるのだから、世の中の女性が騒ぐのは当然と言ってもいい。

カッコいいもんな。昔から。

画面から瞳が離せず、恭介は自分の感想に溜息をつく。

恭介もサッカーを子供の時からやっている。大学生になった今も続けているが、趣味みたいなものだ。日本代表など程遠いし、サッカーで女性に騒がれることもない。

あの人と同じフィールドに立っていたことがあるなんて、信じられないよな。

昔のことをふと思い出したところで部屋のチャイムが鳴った。

恭介は目を上げて時計を見る。もう、時刻は23時を回っていた。あと1時間でクリスマスだ。

こんな時間に自分の部屋のチャイムを鳴らす人物の心当たりはないと言いたいところだが、実は、ありすぎるくらいある。

高校の名物生徒会幹部で先輩でもあった月嶋静也つきしませいや似鳥玲にたとりれいだ。

高校時代は同じ寮だったから、それこそいつでも来ていたし、恭介が大学進学を期に一人暮らしを始めてからも何かと口実を作っては2人はしょっちゅう恭介を構っていた。2人で遊びに来ることもあれば、別々の時もある。

大学も別なのに……。

構われることが嫌なわけではないのだが、恐ろしく目立つ人達な上に、過剰にべたべたされるのにはいまだに慣れない。

そして、もう一人……。

がちゃり。

扉を開けると誰と確認する間もなく、するりと長身の影がドアの隙間から滑り込んだ。

「……巽さん」

先ほどテレビで報道されていた人物が目の前に立っている。

高校の先輩で、寮でのルームメイトだった風見巽その人だ。

「一人か?」

玄関の靴を見て、巽が呟いた。

「ええ」

恭介は頷いて、リビングに巽を招き入れる。

「外、寒かったんじゃ……」

言いかけると、すっと近づいてきた巽に抱き締められていた。コートのひんやりとした冷気に、ふるりと恭介は身体を震わせた。

「巽さん……」

「間にあってよかった」

巽はそう言って、抱き締める腕に力を込める。

巽の胸に頬を寄せながら、恭介は自分のシャツの胸元を握りしめた。

心が痛い。絞られるような、圧迫されるような痛みだ。

――クリスマスは一緒に過ごそう。

巽がそう言ったのはいつだったか。

高校時代、クリスマスは文化祭だった。二人きりでイブを過ごすなんてことはできなくて、みんなでお祭り騒ぎだった。だから、卒業して、一人暮らしを始めた年の秋に言われたのかもしれない。

だが、昨年、巽は選抜メンバーに選ばれ、海外遠征に行ってしまったがために約束は果たされることはなかった。

「今年もダメかと思った」

クリスマスイブに代表戦が決まった時には、恭介もそう思った。

だが、国内での試合ということもあって、巽は絶対に帰ってくると言い続けていた。

そして、彼は今、ここにいる。

「……巽さん」

純粋に嬉しいと思う。恋人が約束を守るために駆けつけてくれたのだから。

世間には全く知られていないが、実は、巽は恭介の恋人だ。付き合って、すでに4年になる。

これが付き合っていると言えればだが……。

「とりあえず、コートくらい脱いで、座ったら」

巽の顔を見上げて恭介はにこりと笑う。胸が痛くて、切なくてどうしていいかわからなかったが、それでも、巽に心配はさせたくなかった。

会うのも2カ月ぶりなんだから。

大学も異なり、日本を代表する選手で、一つ上の先輩である巽とはなかなか時間があわない。約束をしてもダメになることが多く、電話かメールでしか連絡できないことも多々あった。

巽は瞳を細めて、恭介を見つめていた。恭介を囲い込んだ腕は離されない。

「巽さん……?」

腰をかがめてすっと顔が近付いてきて、気づけば唇を塞がれていた。

触れるようなキス。

そっと口を開くと巽の舌先が唇を舐め、恭介の口腔内に侵入する。

腰を攫われ、ぐっと強く抱きしめられた。口付けが深くなる。

口腔内を辿られ、恭介の息が上がる。上あごを舌でなめられると吐息が漏れた。

背筋をぞくりと何かが駆けあがり、恭介は巽の背に腕を回すと抱き締め返す。

貪るような口付けは甘くて、気持ちが良い。

恭介も巽の舌に舌を絡めて、撫で上げた。応えるように舌を吸われ、恭介は「ああっ……」と声を上げた。

長くて深い口づけは、名残惜し気に離れる。瞳を開くと巽が恭介を見つめていた。狂おしげな光が黒い瞳に踊っている。

「巽さん……」

息だけで囁くと巽は身体を離す。それもあっさりと。二人の身体の距離が遠くなり、すっと凍えるような心地がした。

――ずきん。

また、恭介の心が悲鳴を上げた。もう、何度目になるかわからない心の叫び。

恭介は瞳を伏せた。怖くて巽を見上げられない。

「恭」

名前を呼ばれるまで顔を上げられず、奥歯を噛みしめていた。

好きだと告げられ、恭介も好きだと答えて早、4年。

抱き締められたり、キスしたり、一緒に出かけたり……。

たぶん、恋人なんだろう。好きな人という意味では。

しかし、巽は恭介に指一本触れない。肌に触れたことも触れられたこともない。

守るように側にいてくれるだけ。

確かに、4年前、この想いが巽と同じものかわからないと言ったのは恭介だ。

だが、あの時、恭介は16歳。子供だったのだ。

あれから4年。恭介は自分の中の想いが、恋だと、巽と同じものであることを知っている。本当の意味での巽の恋人になりたいと恭介は思う。

抱き締めて、抱き締められて、身体の心の全てで巽を感じたいと。

だから、キスされても拒んだことはないし、抱き締められたら抱き締め返す。好きだとも何度も告げた。

それでも、巽はプラトニックを貫き通す。

恭介の胸の痛みは、悩みはずっと続いている。

もしかして、巽さんの俺への想いは恋ではないのかもしれない。

このところ常に恭介を悩ます思いが顔をもたげて、さらにきつく、恭介は奥歯を噛みしめた。

巽の想いは庇護欲とか保護者的なものなのかもしれない。

自分の巽への想いは相手の全てを欲するものなのに、巽の想いはそれとは違う。

そう思えば思うほど、心の痛みは消えないし、辛さだけが募る。

しかし、そう思っても側にいてくれる巽を諦められずに、巽の隣の位置を誰にも譲れずに、恭介はただ手に入らないものを眺めていた。

「恭」

再度、名を呼ばれ、巽を見た。

「大丈夫か?」

「え?何が。俺なら、大丈夫」

泣きそうな顔でもしていたんだろうか。

恭介は巽を見上げるとにこりと笑った。

「そうだ。ケーキを買ってあるんです。一緒に食べましょう。ワインとつまみも用意したんですよ」

踵を返して、キッチンの冷蔵庫へと向かう。背中を向けた途端、微笑んだ恭介の口元が歪んだ。二人で過ごす初めての聖夜イブなのに、心があまりにも痛くて、いつまで笑っていられるかわからない。

恭介はシャツの胸元をぎゅっと握る。痛みに耐えるように強く……。

「静也と玲は?」

リビングのソファにコートを掛けながら、巽が訊く。

「来てませんよ。メール貰ったけど」

そう。二人からそれぞれ、メリークリスマスとメールが届いていた。

彼らの顔を思い出して、恭介はまた溜息をついた。

月嶋さんと玲さんのほうが俺に触っているんだよな。

さすがにキスされることはなくなったが、月嶋も玲もやたらと恭介を構う。それは巽がいようといまいと関係ない。

そういう時は不機嫌になったりするのに、巽さん……。

それが嫉妬だといいのにと思いながら、それはないと否定する自分がいる。

相反する想いは恭介を絶えず、傷つけた。

すっかり暗くなってしまった心から目を背けて、恭介は冷蔵庫の扉を開く。

切って並べて置いたチーズやハムを冷蔵庫から出し、クラッカーの箱を開ける。

「うまそうだな」

背後から声が聞こえて、恭介はびっくりして振り返った。肩越しに腕が伸びて、ハムをつまみ上げるのを恭介はぼんやり見つめた。

考え事していたから気付かなかった。巽がこちらに近づいてきていたのを。

「どうした?」

「え?べつに。ちょっと驚いただけ……」

なんでと眉を上げて告げられ、恭介はクラッカーを皿に出すべく作業を再開する。

「手伝うよ」

横に立った巽に手に持っていた小分けの袋を取り上げられた。

「この皿に出せばいいんだろう?」

巽の骨ばった指が袋を開いて、中身を皿にざらりとあける。

それをぼおっと見つめた。綺麗だとさえ思いながら。

この指に口づけたい……。

不意に浮かんだ考えに恭介は真っ赤になった。

バカか、俺……なに考えてんだ。

「えっと。残りもお願いします」

慌てて袋を押しつけて、恭介は冷蔵庫からスパークリングワインを取りだすべく扉を開く。冷蔵庫からの冷気が火照った顔をすっと撫でた。恭介はほっと息を吐く。

「あっちに持ってけばいいのか?」

「あ、お願いします。ソファのところで」

並べ終わったのか巽が声が聞こえるが、恭介は振り向かずに答えた。

恭介の部屋はあまり広くない。ダイニングテーブルはおけないので、リビングにあるローテーブルとソファが食事をするスペースだ。

動く気配に恭介は巽の後ろ姿をそっと目で追った。

シャツを捲りあげた腕に何枚か皿を乗せて運んで行く。

相変わらず、器用だな。

右手にグラスを2つと左手にボトルを持って、恭介はその後を追った。


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