運命の流転(2)
「離せっ!」
再度恭介が叫ぶと恭介の上に跨っていた少年が吹っ飛んだ。
「誰だ」
仲間が殴られたことに気づき、残りの二人が顔を上げる。その二人も立ち上がる前に、いきなり殴られた。
縛めを解かれ、恭介は誰かの手が助け起こすのに任せて起き上がった。
「大丈夫か」
「風見さん」
ここにいるはずのない人が自分を助け起していて、恭介は驚いた。確かに呼んだのは自分だが、来てくれるはずはないのだ。
しかし、風見は恭介の顔を見るなり、舌打ちした。
「殴られたのか」
恭介の唇の端が切れて、頬が腫れている。風見は自分の上着を脱ぐと恭介の肩にかけ、
「少し離れてじっとしていろ」
と告げると立ち上がる。
その背から怒りが噴出しているのが見えるようだ。
先ほど殴り倒した、恭介に馬乗りになっていた少年のそばに近づく。少年も唇を拭って立ちあがった。
「恭を殴ったのはお前か」
「だからどうした。せっかく可愛がってやろうと思ったのに、暴れたからな」
ふざけたセリフに風見は、あっという間に間合いを詰め、少年の胸倉を締め上げた。その勢いのまま再度、拳を振り上げ、殴りつけた。勢いで、少年は後ろへと吹っ飛んだ。
二人の仲間も起き上がり、この仕打ちを見て殺気立つ。
そこに、月嶋と玲が立ちふさがった。
「お前たちの相手は僕らがするよ」
「うちの学生じゃないな」
人数で勝っていると思っていた二人はさらに人がいることに気づき、色めき立った。
「お、おぼえていろ」
二人は捨て台詞を残して、そのまま林の方へと向きを変えると駆け去った
「お仲間は逃げたぜ」
無様に転がっている少年にかなり獰猛に風見は嗤った。かなり尖った犬歯が見え、整った顔が凄味を増すのに、少年は座り込んだまま後ずさる。
「二度と恭介にちょっかいかけようなんて思わないようにしてやろう」
「う、うわぁ」
凄んだまま近づいてくる風見から座ったまま後ずさり、その勢いで立ち上がると少年はわき目も振らずに逃げ出した。
追おうとする風見の腕を月嶋が掴んで止めた。
「やめとけ。十分だ。ここは戦場じゃない。殺すにも値しない奴だ」
まだ、風見は身体中から殺気を立ち昇らせて少年が走り去った方向を睨みつけた。
「月嶋さん、玲さんも。なんで」
結局、元の場所からほとんど動けなかった恭介は、現れた二人に声を掛けた。
「恭介、大丈夫?」
玲が恭介に歩み寄り、その肩を抱く。
「大丈夫です」
言って、羽織った風見の上着の前をかきよせる。
「一人にして悪かった。怖い想いをさせた」
風見を連れて、恭介のそばに寄って来た月嶋に頭をぽんぽんと撫でられた。
「月嶋さん」
「恭。他に怪我は」
先ほどの殺気はきれいさっぱり消した風見が心配そうに恭介に問う。
それに恭介は首を左右に振った。三人の顔を見渡して、恭介は自分がこの人たちに助けられたことをようやく認識した。
「助けてくれたんですね。ありがとうございます」
軽く頭をさげたとたん、助かった安堵感が一気に押し寄せ、涙が溢れてきた。
「恭介」
「恭、もう大丈夫だから泣くな」
それに頷くが涙は止まらない。
「怖かった・・・何もできなかった・・」
身動きのとりにくい衣装で3人もの同じ体格の少年に押さえこまれたら、何もできなくて当たり前だ。しかし、そんなことは何の慰めにもならない。
一番側にいた玲が恭介を抱きしめる。恭介は声を上げることもなくただ、はらはらと泣いていた。
三人は恭介が落ち着くまで、恭介を囲んで見守った。
湖を渡る風が、雲を呼び、月の光が現れたり隠れたりを繰り返す。さざ波の音と木々のざわめきが恭介の静かな泣き声をかき消した。
「す、すみません」
玲の温かさに気持ちが落ち着いてくると恭介は、手で玲を押して身を離した。
腕で涙を拭こうとするのを止められ、月嶋がハンカチを渡してくれた。
涙を拭いて、改めて顔を上げると心配そうな三人と目が合った。
「それより、どうしてここに」
「お前の姿が見えないから探していた」
風見が言うのに、月嶋が言葉を継ぐ。
「巽と玲がお前を探しているらしい声を聞いてあとを追ったんだ」
「そう、気づいたらどこにもいないんだから、探したよ」
実は、会場から一気にここへ飛んだとは言えない三人は、風見の言葉に合わせる。いきなり目の前から消えた三人のことで、会場ではひと騒ぎ起こっているかもしれないが。
「林の奥から悲鳴が聞こえて。間に合ってよかった」
心底、ほっとしたように風見は言った。
「帰ろう。口元が腫れている。冷やした方がいい」
風見が腕を伸ばした。恭介はもう一度三人を見、
「ありがとうございました」
と頭を下げる。そして、風見の手をとった。
「寮まで俺が連れてく。後は頼んだ」
風見は玲と月嶋を見てきっぱりと言いきる。
「損な役回りだ」
「ほんと。でも今回は譲るよ」
月嶋と玲が答えると風見は恭介を促し、歩き出した。
「また、明日」
「おやすみ、恭介」
二人の声に再度、恭介は頭を下げた。