ダンスパーティー
「結局、月嶋寮長とデートだったな」
次の日、またクラスの当番で看板持ちをしている間に、羽賀にからかわれた。
「なんだよ」
「夕食、一緒にとってただろう」
昨日はお祭りということもあって、そのまま校内で食事がとれるようになっていた。いくつかの屋台のようなケータリング業者が来て、それぞれ、野外レストランを展開する趣向になっていた。
これも伝統なんだそうで、毎年、この近隣の町の決まった業者が請け負っている。
生徒は思い思いの食事を取るようになっていたのだ。一度、退出させられた他校の生徒も事前に学園の生徒から申請があれば、校内に入れるようになっていたので、他校に彼女のいる学生は、ここで一緒に食事をとるものも多かった。
「ほっとけ。お前だって、彼女連れだったろう」
「見てた?」
羽賀はにやけた顔をした。
「見せびらかしていたくせに」
言ってやるがそれもにやけ顔が酷くなっただけだ。
「クリスマスイブだしさ」
そうなのだ。大体、普通、こんな時期に文化祭をやらないだろう。
「休みに入ると実家に帰るから会えなくなるしさ」
寂しそうに羽賀が言った。文化祭が終わると冬休みで、大抵の学生は実家に帰省する。恭介のように両親が海外赴任という学生は寮にも残ることができたが。
「お前はどうするの、冬休み」
どう返していいかわからないでいると羽賀にそう訊かれた。
「ああ、正月だけ姉きのところ。ずっとここにいようと思ったんだけど、姉きが正月ぐらいは家族でいた方がいいとか言うからさ」
「そうか。よかったな」
「お前らさぼってないで客を捌いてくれよ」
確かに人の流れが多くなってきた。今日が一番の人手になるというからこれからが忙しい時間だ。
「わりい」
他の生徒に泣きつかれ、二人は仕事に戻った。
午後3時も過ぎると恭介は佐上に支度があるからと更衣室になっている部屋に連行された。
パーティーは午後6時過ぎだから早いと思うのだが、佐上はそうは思わなかったらしい。
恭介の希望は何も通らないのはもう衣装合わせで実証済みなので、渋々でも付き合うしかない。
ここからは苦行としかいいようがなかったが。
仕度にはやたらと時間がかかったが、あっという間にパーティーの時間30分前になっていた。
扉がノックされ、佐上は鏡の前の恭介を再度眺め、それからどうぞと声を掛けた。
「いいかな」
遠慮がちに声をかけたのは、月嶋だった。
「どうぞ、月嶋さん、花山くんの仕度はすんでいますよ」
佐上に言われて、扉をくぐって来た月嶋に恭介は言葉が出なかった。息を飲んだまま固まる。
黒のタキシードに白のドレスシャツ、背の高い月嶋ならではのシルエットのよさにさすがの佐上ですらしばし見惚れていたほどだ。
この年で、これくらいタキシードを着こなせる人は他にいないだろう。
しかし、予想に反して、いつも冷静な月嶋にも言葉がなかった。彼の瞳は恭介の上で止まったまま、瞬きを忘れている。
「すごいですね、月嶋くん。素晴らしい」
最初に我に返ったのは佐上だった。
「あ、ああ。ありがとうございます、佐上さん。でも、さすがなのはあなたですよ。恭介ですよね」
そう訊いてしまうほどそこに立っていたのはどこから見ても正装した少女だった。
髪は綺麗に真珠のついた髪飾りとともに編み込まれ、短い髪を補うようにウェーブのかかったウィッグが毛先に追加され長い髪が肩下まで流れている。
シフォンの素材で作られた肩が半分出ている若草色のドレスは、胸元が何重にも布が使ってあり、横より後ろに大きく膨らんだ形のスカートにつながって、後ろの裾が長い。
身体の線が隠れるようになっている上に腰が細く絞られているので、どこから見ても女性にしか見えない。もともと小さな丸顔で大きな瞳なため、化粧映えも申し分ない。
背もあるので、長い裾でもかなり着こなせており、まるでファッションモデルのようだ。
実は、恭介自身も佐上の腕によさに愕然としていた。鏡の中の自分はどう見ても自分でない。
「綺麗だ」
歯の浮くようなセリフを隣に立った月嶋にさらりと言われ、恭介の頬に朱が上る。
「二人で並んでいるだけで映画か絵のようですね」
佐上は自分の作品の出来栄えにいたく満足な様子だ。
「時間だ」
月嶋に言われ、はたと我に返る。
差し出された手を取ると、軽く曲げた左ひじにその手を誘導された。
「靴はヒールの低いものにしてあります。それでも履きなれないので、あまり連れまわさない方がいいと思いますよ」
佐上の言葉に月嶋は頷き、二人で会場へと向かった。
誰もが振り返り、さざ波のような溜息と呟く声が聞こえた。学園の生徒は月嶋が連れているから恭介だとわかるが、他校の生徒からすれば、女性を連れてると思われているだろう。
「本当に恭介?」
途中、羽賀に会い、恐る恐る訊かれた。
頷くと驚きに見開かれた目がさらにまるくなる。
「すごい化けたなあ」
人を狐か何かのように言ってくれるのを軽く睨む。羽賀の隣に立つ背の低い少女も驚いた顔をしていた。しかし、こちらは月嶋だけを見ている。
恭介はその気持ちはわかると思った。男の自分ですら今の月嶋の姿に見惚れずにはいられないのだから。こういう人になれたらという恭介の理想そのものでかなりうらやましい。
「すごいな、なんかハリウッド映画みたいだ」
羽賀の素直な賞賛にどう返答していいか恭介は困ってしまう。
「けどすごい塗りたくられていて、これならお前だってこのくらいになるって」
「それは、ないない。俺だったらやっぱり滑稽な感じになるさ。女顔だとは思ってたけど、ほんとすごいな」
あまり手離しに褒められても嬉しくない。あまりにびっくりしたせいか結局、羽賀は自分の彼女を紹介すら忘れていた。
「また、あとで」
月嶋に話を打ち切られ、先へ進むように促されて、恭介は羽賀にあとでと告げてその場を離れた。