文化祭準備(1)
月嶋が言っていた不埒なことを考える輩も現れず、すっかり月嶋の彼女?ということにされた恭介は、不本意ながらも平穏な日々を送っていた。
「恭、遅れるぞ」
鞄抱えて扉で待つ風見は、恭介をせかす。
「先行ってください。すぐ追いつきますから」
恭介は鞄と腕時計を掴むと先に走り始めた風見を追う。
あれから風見は何事もなかったかのように普通に接してくれる。
部屋には帰りたくなかった恭介だったが、まさか月嶋の部屋にずっといるわけにもいかず、結局、風見との部屋に戻ったのだが、恭介が思うより風見はずっと大人だった。
そのことは何も触れず、特に変わったこともないままで恭介は心の中で風見に感謝した。いろいろなことにこだわっていた自分が子供っぽくて、落ち込んだことには違いないが。
玲も相変わらずだ。月嶋を憚ってか恭介の隣に座ったり、からかったりすることは減ったものの特に変わりなく、生徒会室に顔を出している。
月嶋はと言えば、うまい具合に恭介にちょっかいを出し、周りから全くこれが全てお芝居だなんて、疑われることはないように振る舞っている。
それも絶妙な塩梅で。
そして、文化祭まであと1週間となった。
学園内は、すでにお祭り騒ぎだった。準備で門限ぎりぎりまで、学校で作業することも当たり前になってきた。
恭介たちのクラスも出し物の小道具や食器の仕入れなどで、てんやわんやだ。
生徒会の方も最後のスケジュールチェックや場所の確認など仕事は尽きない。
そして、ダンスパーティーの準備も。
生徒会室に代表6人が集められた。
「衣装合わせをしてもらうんだが、協力は服飾部だ。他にも小道具、化粧なども打ち合わせてくれ。それぞれに担当がつくから、その人たちと相談してくれ」
月嶋がプリントを配って説明をする。目の前には、どこから調達してきたのだかドレスがハンガーにずらりと掛かっている。鬘から、アクセサリーまでが急きょ運びこまれた鏡の前に並べられている。
本当にやるんだ。
恭介はげんなりした。背もそれなりにあるし、華奢ではあるが体型はどこから見ても男の自分がこんなもの着ても笑いは誘っても似合うわけはない。
「ついでにダンスもそれなりに踊ってもらわないといけないんだが、今年はワルツにしたから、各自ステップの練習をパートナーとしておいて」
簡単に言ってくれるが、今時の高校生がワルツなんて踊れるわけがない。
と思ったら、さすがに変わった学園、社交の基礎とかで、ワルツのステップくらいみんな知っているという。
「恭介は今日から特訓だな」
踊れないという言葉に月嶋が告げる。
恭介は溜息しか出ない。逆らっても月嶋を喜ばせるだけだということを最近知りたくもないのにわかってしまったので。
「会長、ここから選ばないとだめなんですか」
2年の川谷が訊いてくる。こちらは、2年生なのに背が割と小さめで可愛らしい人だ。
「これに選ばれたってメールしたら、母から送られてきちゃって・・・」
それに皆が笑う。
「母は女の子が欲しかったみたいなんですよね」
困ったように笑う川谷は男なのになんだかとても柔らかくて可愛らしい。この人も先輩後輩問わず人気がある。
お母さんが着飾りたい気持ちもわからないでもないかも。
「いいよ。ちゃんと女性の正装ならね。過去にも着物を着た奴もいるし」
いったいいつから続いている伝統なんだ。
「恭介はどうするんだ」
「俺、なんでもいいです」
「じゃあ、勝手に決めさせてもらおうかな」
もうなんでも好きにしてくれと少しやさぐれた恭介の前にメジャーを首にかけた少年が現れそう言った。
「はじめまして、服飾部の佐上翔です。俺の学園最後の担当が君で嬉しいよ」
恭介のコーディネート担当だと言った佐上はさわやかに微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
人懐こい笑みにちょっと安心して、恭介も頭を下げる。
「ほんとに希望はないの?」
「女性の服とかよくわからないから・・・」
「露出度が高いのがいいな」
月嶋が横やりを入れる。それを恭介は軽く睨みつけた。
「絶対面白がっていますね」
くすくす笑われて、恭介はムッとした顔で答えた。
「残念ながら、花山くんでは、妖艶にはならないので、それはちょっとお勧めしませんよ。どちらかというと可愛らしい感じに仕上げるつもりなんですけど。ちなみに月嶋くんは何色を着るつもりなんです」
佐上の言葉にまた月嶋は面白そうに笑った。
「失礼。妖艶な恭介を想像したら・・くっくっ・・」
おなか抱えて笑っている月嶋を殴りたいと恭介はかなり本気で思った。
佐上も自分で言ったことなのに、月嶋の言葉を聞いて笑っている。
ったく、人をなんだと思っているだか。
「・・僕の、当日の服装の件でしたね」
やっと笑いを納めて、月嶋は答える。
「黒のタキシードでと思ってますが」
タキシードって嘘だろう。鹿鳴館か。
「それですと色はどれでもいけますね」
佐上はずらりと並んだドレスから明るめの色のフリルがたくさんついた可愛らしいものを2、3着持ってくる。
「この辺がいいと思うんですけどね」
裾が長くて踏んでしまいそうだ。
「青とか黒とかじゃだめなんですか」
ピンクとオレンジと赤の組み合わせに眩暈を覚えて、恭介は訊くだけ訊いてみる。
「それだと顔色が悪く見えたり、暗くなったりするのでお勧めできないですね」
「せめて緑とか」
佐上はすこし考えて、じゃあと手にしたドレスをしまって、若草色のを持ってきた。
色は明るいが、ふわふわした素材が使われていて裾がやけに長い。
「これでいきましょうか。ちょっと着てみましょう。月嶋くんはここまでで。当日の楽しみがなくなっちゃいますよ」
そうですね。なんて答えて、月嶋はその場から離れて行った。ちらりと恭介に流した視線を思いっきり睨みつけることで返す。
それにまたくすくす笑われて、恭介は憮然とした。
「さて、始めましょう」
佐上がメジャーとまち針を手ににっこりと笑った。、