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運命の流転の果てに  作者: 水梨なみ
運命の流転の果てに
17/30

共犯

目が覚めて、見知らぬ風景に自分がどこにいるのか一瞬分からない。

「おはよう、恭介」

すでに制服に身を包み、自分を見下ろす月嶋を見て、昨夜のことを思い出す。

「おはようございます。静さん」

挨拶するものの恭介の顔色は優れない。

「どうした、もう時間だ。遅刻する」

「はい」

答えるが、一向に起き上がらない恭介に月嶋がかがみこむ。

顔が近付き、月嶋の髪が恭介の頬に触れる。

月嶋さん・・何を。

心音が跳ね上がる。

「お姫様はキスなしじゃ起きられない?」

からかわれたと知り、頬に朱が上った。

「月嶋さんっ!」

腕で押しのけるとクスリと笑われた。

「起きた?」

ベッドから降りた恭介に月嶋は笑いかける。

「早く支度した方がいい」

今度は逆らわず、恭介は月嶋の部屋を出た。




もう、ほとんどの生徒が登校しただろう時間に恭介は部屋に戻った。もちろん、風見と顔を合わせない為。

しかし、その目論見は見事に外れた。

「恭」

部屋の扉を開けたとたんベッドに座っている風見が顔を上げた。

「いままで、どこに・・」

それに答えず、自分のクローゼットを開けて、制服を出す。

「恭」

肩を掴まれ、振り向かされる。正面から顔を見て、恭介は風見が寝ていないことに気付いた。焦燥した表情に胸が痛い。

「月嶋寮長のところに・」

そこまで言うと風見ははっとした表情をし、

「そうか」

と答えた。

「無事でよかった」

風見は哀しそうな表情で少し笑った。

「急げよ。遅刻するぞ」

言いながら踵を返し、風見は部屋を出て行った。

これで本当に良かったんだろうか。

閉まった扉の音を背に聞きながら、恭介は唇をかみしめた。





恭介が寮長の部屋に泊ったことはあっという間に噂になり、次の日の放課後には誰も知らない人はいないくらいだった。

そして、あれだけ執拗だった告白攻撃も昼休みを境にぴたりと止んだ。

相手が決まった上に月嶋静也じゃどうにもならないというのが理由らしい。

こんな中、行きたくなかったが、生徒会室に顔を出さないわけにもいかず、放課後、恭介は渋々、生徒会室へ羽賀と向かった。

羽賀は興味がないのか、言いにくいのか恭介に何も聞かないし、言わない。

それは、恭介にとってとてもありがたかった。

「ちわーす」

羽賀が元気に扉をあけるとすでに、3人は勢揃いしていてなにやら相談していた。

「こんにちは」

恭介も消え入るような声で挨拶だけはする。

「昼休みはどうした」

月嶋に開口一番そう訊かれる。

「今日は、クラスの当番で」

「うちのクラスも出し物するんで、そろそろヤバいっす」

二人で答えるのにしょうがないなと返された。

「なにやるんだっけ」

恭介の隣にさっさと移動した玲が訊く。

「喫茶ですよ。大正喫茶」

「なんだそりゃ」

風見は生徒会長のデスクに座って呆れた声を出す。

「大正時代の学生姿で、飲み物とケーキを出す店です」

風見と玲は顔を見合わせ、吹き出す。

「いま、同じもの想像しましたね」

羽賀がにやりと笑う。それが何か分かって、恭介は憮然とした。

「女装はしません」

「しないの?」

逆に驚かれて、恭介はさらに苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「クラス中は期待したんですけど、どうしてもやだっていうんで、仕方なく」

「それは、残念」

「月嶋さん!」

皆が同じように接してくれるのを恭介はありがたいと思うと同時にとても恐縮した。

「そろそろ、仕事してくれ・・」

月嶋が言いかけたところに扉が勢いよく開いた。

「会長いる」

入ってきたのは演劇部の部長だった。書類片手にちょっと興奮気味だ。

「なんでしょう」

月嶋が応対にでる。

「この予算どういうことかな。要求額の60%なんだけど」

言葉は丁寧だが、詰問に近い口調だ。

「去年の繰越金が少ないとかで、一律20%のカットというのは確かに聞いたが、うちは、40%カットだ。おかしくないか」

月嶋が説明する前に玲が二人の間に割って入った。

「おかしくないですよ。提出する前に文化部の予算は、僕が査定して絞れるところは絞りましたから」

真正面から部長を見て、玲はきっぱり告げる。

「なんだと」

「演劇部の昨年の収支報告から無駄なものが多数あることは調査済みです。そこを最初から削ったまで」

声音が平坦でかなり冷たい。玲の背中から冷風が吹き荒れているようだ。

「無駄ってなんだ。必要だから買っているんだ。おかしいだろう。お前にそんな権限はない」

あまりの冷たい声音に一瞬ひるんだものの部長も必死だ。

「権限はあります。文化部統括ですから。それに本当のこと言って欲しいですか」

「な、なんだ」

「その無駄なものなんですが、本来部費で賄ってはいけないものが多数入っています」

「そ、それは、去年の3年が・・」

すがめられた瞳に見つめられて、一歩後ずさる。

「細かくご報告しましょうか。本来なら、これは返還を要求したいところなんですけどね」

身に覚えがあるらしい。部長は唸り声を上げる。

「このままお引き取りになるなら、このことは僕らの胸にしまっておきますが、公にされたいのでしたら・・・」

己の不利を悟ったのか、演劇部部長は、わかった。と答えると脱兎のごとく逃げ出した。


怖っ。

恭介は一連のやり取りを息をつめて見ていた。いつも適当な感じで優しい玲からは想像もつかない様子に驚きを隠せない。

俺、玲さんの後ろにブリザードを見たかも。

心の中でそっと呟く。

でも、綺麗なだけじゃないんだ。

この人たちは、見た目も一流なら中身も一流なんだと改めて思い知らされた。

それに比べて、まだまだ自分は自分のこともどうにもできない子供で。

「どこも部費が足りないのは一緒だって言うのに」

大きな溜息をついて、玲は恭介の隣にどかっと腰を下ろした。さっきの冷たい気配は微塵もない。

思い詰めそうになる気持ちは玲の言葉で遮られ、恭介は暗くなりそうな思考を手離す。

「部費で賄ってはいけないものって」

その雰囲気に安心していらないことを聞いてしまう。

「それは、企業秘密」

簡単にあしらわれて、目の前で極上の微笑みを浮かべられてしまった。その瞳がつと細められる。

「羽賀くん」

玲は恭介のさらに向こうに腰かけた羽賀を呼ぶ。

「はい」

「ちょっと職員室に行って、生徒会が頼んでいる資料一式貰ってきてくれないかな」

あんなのを見せられた後だからか、それとも、もともと玲が苦手なのか、羽賀はさっと立ち上がると、わかりやしたなどと言いながら部屋を出て行く。

「あ、羽賀、俺も行く」

言って立ちあがった恭介は、玲に腕を引かれ、そのまま腰を下ろす羽目になった。

「静也」

恭介の手を離さず、玲は月嶋を呼ぶ。

「何だい、玲」

「昨日、恭介が静也のところに泊った話は聞いたけど、これってそういうことだと思っていいわけ」

恭介の制服のワイシャツの前ボタン数個が留っておらず、下の見えているシャツを少し指で降ろして、玲は月嶋に見せた。

恭介は、いきなり玲に襟ぐりを触られ、冷たい指の感触に身を竦ませる。

「おやおや、恭介、相変わらず、君は迂闊だね」

月嶋は生徒会長のデスクに両腕を組んでおいた上に顎を載せて、面白そうに答えた。

風見は言葉もなく恭介を見つめている。

「なるほどね。結局、静也を選んだってことか」

何も言えずに恭介は、茫然と玲と月嶋の会話を聞いている。

「悪いね。そういうことだから」

何がそういうことなんだか、月嶋が纏めるように言った。恭介は月嶋を睨む。

「匿ってもらっただけじゃなかったんだな」

ぽつりと風見に呟かれて、恭介は身の置き所がない。俯いた恭介から玲も手を離した。

「シャツのボタンは留めておこうね」

襟元をかき合せられて、玲が立ち上がる。

「仕事しますか」

そう云うと生徒会室を出て行った。ついで、風見も後を追うようにいなくなる。




「月嶋さん」

「静だよ。恭介」

「二人まで騙す必要があるんですか」

膝の上で拳を握りしめ、恭介は問う。月嶋さんとは何もないのに、二人を傷つけた。

「恭介が望んだんだろう。それとも玲と巽の気持ちを受け入れる覚悟があるのかい」

会長席から動かず、月嶋は恭介に告げる。

それは、ない。それにどちらかを受け入れてもどちらかが傷つくことには変わりがない。

「傷は浅い方がいいと思わないか」

確かに、期待させてそのままにしておくことの方が残酷なのは恭介にだってわかっている。それでも、この生徒会室にあの人たちがいることが、普通だったのに。その空間が好きだったのに。

それは、俺のエゴか。

はたと思い当って、恭介は自分勝手な自分を認識した。それはそのまま自己嫌悪に変わる。

俺って勝手だ。

「騙すのが嫌なら本当のことにしてしまうかい」

もの思いに沈んでいたら、すぐ後ろから声がした。首に腕が回って後ろから抱きしめられる。

「僕は、恭介が望むとおりにしよう」

耳元で囁かれて、背筋がゾクリとする。

「月嶋さん」

「静だよ。恭介」

さっきと同じセリフを囁かれる。息が耳の中に入り、恭介は身を竦ませた。

「止めて下さい」

言うとすぐに腕も身体も離れた。

冗談としか思えない月嶋の態度に怒りがこみ上げる。でも、この人を共犯にしたのは自分だ。

「言ったろう。恭介の望むままにと」

そのまま、デスクに戻る。

この人が何を考えているか全くわからない。でも、すでに共犯にしてしまい、かつ、恭介にこの手を離すこともできない以上、どうすることもできない。

恭介は自分の選択に後悔の念を抱きながら、唇をかみしめた。


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