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運命の流転の果てに  作者: 水梨なみ
運命の流転の果てに
16/30

告白(3)

寮長の部屋は、西ウイングの入口付近にあった。

部屋に入るなり、恭介は先ほどの月嶋の言葉を思い知り、愕然とした。

他の寮生と同じく、二人部屋を一人で使っているのを想像していたのに、この部屋には机もベッドも一つしかなかった。

「寮長だからね。夜中の見回りとか、何かあった時の対応とかあるから、寮長は最初から一人部屋。まあ、ベッドは広いから二人でも寝られるよ」

「布団貸してもらえれば、俺、床で寝ます…」

月嶋の言葉に恭介はとっさにそう返した。

「それはできないかな。布団が存在しないし、床でじかに寝ると風邪をひく」

月嶋は恭介の前に立つと恭介を見下ろす。つと手を伸ばし、恭介の顎を掬うと自分の方を向かせ、視線を合わせる。

「月嶋さん・・」

こういうときの月嶋は要注意だ。これで、雑務係りを引き受けさせられたことを恭介は思い出した。

「やっぱり、あの、俺・・」

「恭介。これ以上、寮内も校内も騒がせるのは本意じゃないだろう」

真面目に問われて、つい頷いてしまう。それは、確かに恭介の本心だ。

「解決策は、俺たち3人の誰かを選ぶことだ。だが、恭介は巽と玲の気持ちを知りながら、利用することも頼ることもできない」

玲さんのことまでばれているのか。

「残るは僕だけだ。僕は、事情もよく知っているし、これ以上、何か起きても困る立場にいる」

わかるよね。と視線で問われる。

「この部屋に来たいと言ったのは恭介だし、ここで一晩過ごせば、もう誰も手を出しては来ない」

「ちがっ・・そういう意味で言ったんじゃない」

視線を逸らそうとすると、恭介の顎を掴む手に力がこもる。

「わかっている。でも、周りはそうはとらない。もちろん、玲も巽も」

その言葉に心臓が鷲掴みにされる痛みが走る。

あの二人も騙して、傷つける。陰ながら僕を守っていた二人。

「恭介は、僕を選んだことにする。もちろん、文化祭の当日も僕がエスコートしよう。これはいい?」

良いも悪いも恭介に選択肢は無い。頼めるのは唯一、事情を分かっていて、恭介に恋心のない月嶋だけなのだ。

恭介はかすかに頷く。それに満足げな微笑みを月嶋は返す。

「ちょっとだけじっとして。誓って何もしない。恭介は、誰にも何も言わなくていい。相手が勝手に誤解するから」

「何を」

「でも、恭介が何かして欲しいなら、なんでもしてあげるけどね」

怖いことをさらりと言って、月嶋はやたらと綺麗に微笑んだ。

恭介の顎を捉えたまま、月嶋の顔が近付いてくる。

「月嶋さん」

「動かない。僕を信じて」

確かにもう他に頼る人はいない。月嶋を信じるしか恭介に道は残されていなかった。

恭介は硬く目を閉じる。

月嶋は恭介の首よりさらに下の鎖骨の下あたりに唇をつけた。Tシャツで隠れるか隠れないかのところに。

「っ痛・・」

噛まれたような痛みが走り、恭介の背筋がピクリと跳ねる。

そのまま、月嶋はすぐに離れる。痛いところを手でさすっていると、後ろに回られ、いきなり背を押された。

そのまま前倒しに、恭介は倒れた。

「月嶋さんっ!」

抗議の声もむなしく、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ恭介の横に月嶋が膝をつく。

後ろの髪に手を差し込んでかきあげられ、また、首と肩の境目あたりに痛みが走る。

「はい、おしまい」

月嶋がベッドから降りて、そう云った。

「何をしたんですか」

痛みにちょっと涙目になりながら、恭介が抗議する。

「鏡見ればわかるよ」

洗面所を指さされて、恭介は慌ててベッドから降りると鏡の前に走った。

寮長の部屋は、バストイレ、洗面所付きなのかと妙なことに感心しながら、鏡を覗き込んだ。

「つ、月嶋さん、なんてこと」

シャツをすこし引っ張ると鎖骨の下に鮮やかな朱色の痣が見えた。後ろの首筋にもついているだろう。

「制服のワイシャツで隠れるよ。それを目にするのは、恭介に悪さしようとする奴だけ」

こともなげに月嶋に言われ、恭介は言葉に詰まる。

確かにこれをみれば、勝手に想像してくれるだろう。だからといって、月嶋寮長と俺がつき合っていることになってしまっていいのだろうか。

「月嶋さん・・」

「静って呼んだ方がそれっぽい」

絶対面白がっていそうな口調で言われる。

「そうじゃなくて、月嶋さんが俺と付き合っていることになっちゃうんですよ。俺、男なのに」

「静だよ、恭介」

「だから・・」

「いいんだよ、別に。そう思われても何も損しないしね。好きな女がいるわけでもないし。お芝居なんだし」

その言葉にちくんと胸が痛んだ。

そうだ、月嶋さんを巻き込んでしまったのは俺なんだ。

「さ、もう、遅いよ。早く寝よう。まだ、明日も忙しいよ」

そういうとさっさと背を向け、ベッドへと潜り込んだ。

恭介は、何も言えずに、反対側の端から同じベッドに座る。

「床では寝られないから」

座ったはいいがどうしていいかわからない恭介の背に月嶋の言葉が刺さる。

仕方なく恭介は、反対の隅っこにもぐりこんだ。

クイーンサイズのベッドは広くて、背はあるが細見の二人が寝ても何の問題もない。

「恭介、お休み」

声に横を向くと月嶋がこちらを見て微笑んだ。

その微笑みにまたつい見惚れてしまい、一瞬、返事が遅れる。

「おやすみなさい、つき・・静さん」

お芝居に付き合ってくれているんだから、言うとおりにしようと、恭介は月嶋を名前で呼んだ。


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