告白(1)
実感がないので、そんなに重く考えてなかったが、次の日からの追いかけまわされは尋常じゃなかった。
靴箱に手紙はもちろんのこと、席にも次から次へと人がやってくる。
セリフは決まって、
「俺とパーティーに行ってくれない?」
だった。
もしくは
「俺と付き合わない?」
だ。
全部断ってはいるもののあまりに続く、告白攻撃に恭介は眩暈を感じて、休み時間ごとに生徒会室に逃げ込んだ。
長いため息をついて、ソファに沈み込む。
ここにいるか、生徒会の3人と一緒にいれば、さすがに一般生徒も追いかけてこない。結局、あの三人に守られているのかと思い、恭介は自分のふがいなさに気分が塞いだ。
誰かを選ばなければいけないのなら、事情をよく知っている人がいい。
ただ単にダンスパーティーに一緒に行くだけと軽く考えていた恭介も、貰った手紙の中味や告白してくる奴の中にやけに思い詰めた表情の奴がいることに気づき、そんなに軽いものではないことが分かりかけていた。
同性に本気で告られても。
男子校では男しかいない状況からそういうこともあるらしいという噂は聞いたことがあるが、ここに来ても単なる噂だと思っていた。
周りでそういう話は聞かないし、付き合っているっぽい奴も見なかった。
しかし、そういうことは異性でも学校では隠していることが珍しくないし、ましてや同性だったらなおさらだ。
玲に告白されたものの、その後、そういうそぶりもないので、恭介はそれすら悪い冗談だと思い込んでいたのだから、最近の告白には驚きを隠せない。
冗談や悪ふざけじゃないんだよな。
適当に選んだら、それは相手に失礼だし、その気もないのに付き合うことになったらそれは問題だ。
深々と恭介は何度目になるか分からない溜息をもらした。
「花山」
逃げまくりの日々も3日が過ぎ、できるだけ一人にならないようにしていた恭介は、寮の廊下で3年2人に声を掛けられ、聞こえないように舌打ちした。
「ちょっと、話があるんだけど、ついてこいよ」
「ここじゃ駄目な話なんですか」
相手が先輩では、そう邪険にもできず、一応は礼を尽くす。
「あんまり誰かに聞かれたくない話だからな」
「いいじゃん、付き合えよ」
二人の表情が嫌なものに思える。
「ダンスパーティーの件ならお断りします」
他に思いつかなかったので、先に断った。
「まあ、それも含めてだけど、とにかく来いって」
腕を掴まれ、とっさに恭介はそれを叩き落とした。
「何するんだ。優しくしてりゃつけあがりやがって」
「先輩に対する態度か、一年坊」
二人の態度が一気に険悪になり、恭介はしまったと思った。逃げるにしても、食堂への道は二人に塞がれているし、後ろへ逃げても行き止まりだ。
どうするか。
思案したため動きを止めた恭介の腕を両側から二人で掴み、
「来いよ」
と引きずり出す。
「離してください」
叫びもまったく無視された。食事が終わるかどうかの時間帯で、他の生徒は大体食堂にいたので、大声を出しても誰も来てくれる気配がない。実際、そういう時間帯を狙ったのだろう。
とりあえず、手を振りほどかないとと暴れるが、さすがに三年男子二人に挟まれてはなすすべがない。
どうしよう。
思った瞬間、腰回りに圧迫感を感じ、身体を後ろに引かれた。
突然のことに恭介を掴んでいた3年も手を離す。
後ろにたたらを踏んで、恭介は背中が誰かに当たるのを感じた。後ろから、首周りに腕が回ってくる。
「先輩方、こいつ何かしましたか」
「風見先輩」
どこから現れたのか、風見が恭介の後ろに立っていた。
「風見、お前には関係ないだろう」
「おれらは、花山に話があるんだ」
恭介をかっさらわれて、口々に抗議の声を上げる。
「関係ないってことはないでしょう。俺、こいつと同室なんですけどね」
後ろに立たれて抱え込まれているので、恭介からは風見の表情は見えない。しかし、声に怒りが含まれていることに気づく。
「だ、だからなんだよ」
「そいつと話をするのにお前の許可がいるのか」
迫力に押されて、三年の方が少しおされぎみだ。しかし、後輩に負けては威厳が保てないと思うのか、言葉だけは返す。
「いりますね」
あっさり答えた風見に全員が一瞬、言葉を無くす。
「風見さん」
振り向いて声を掛けようとした恭介の動きは封じ込められて、黙ってろと囁かれる。
「どういう意味だ」
「言う必要はないと思いますけど」
風見は意味深な言葉を発すると肩に置いた手を離さずに、恭介の脇に移動し、
「行くぞ」
と恭介に声を掛ける。この声に我に返った恭介は、風見に肩を抱かれたまま歩き出した。
「風見さん」
呼ぶも隣を歩く風見は、前を向いたままで、横顔しかうかがえない。そのまま、風見は恭介を自分たちの部屋まで肩を抱いたまま歩き続けた。
促され、室内に入るなり、後ろで扉が閉まる。
電気をつけようとした動作を後ろから抱きしめられて、止められた。思いのほか強めに抱き締められて、恭介は戸惑う。
「風見さん・・?」
問うとさらに腕に力が入る。
「恭。お前、俺にしておけよ」
耳元で低い声で囁かれて、恭介は瞳を見開いた。
「あそこに俺が通りかからなかったらどうなったと思ってんだ」
言葉の底に怒りが感じられて、恭介は驚きに身動きができない。
「あんまり心配させるな」
言って、さらに強く抱きしめられた。
「風見さん、何を言って・・・」
室内は真っ暗で、耳元で風見の呼吸音だけが響く。
恭介は段々、不安になった。頼りになる同室の先輩が違うものに変わってしまう。それともそう思っていたのは俺だけ?
「恭。言うつもりはなかったんだが、」
そこで風見は言葉を切った。
その先は言わないで欲しいとの恭介の願いは届かない。
「こんなことが続くなら、いっそ俺のモノになれ」
風見さん、あなたまで。
「恭、お前が好きだ」
風見は、後ろから恭介の首筋に唇を寄せた。恭介は身体をビクリと震わせ、瞳を閉じた。
どうして、こんなことに。
拳を握りしめる。風見の唇は首筋に沿って、降りて行く。
「・・・はなして」
呟いた言葉に風見は顔を上げる。
「恭?」
抱きしめられた腕を乱暴に振りほどき、恭介はそのまま踵を返すと部屋を飛び出した。