生徒会
玲は謝ってくれたが、それ以上の爆弾宣言をされて、恭介は益々、生徒会室に行きたくなくなっていた。あれから1週間がたっている。
このままほっておいてほしい。俺の望みは、目立たず、普通に平穏にだ。
なのにそれとは正反対の学生生活になっている。
チャイムがなって昼休みになった。
「よし、いくぞ、恭介」
やけに張り切って、羽賀が恭介に告げる。
「へ?どこへ?学食?」
「売店」
「ああ」
羽賀について売店に向かう。羽賀と同じパンとコーヒー牛乳を買って、話をしながら歩いていく。
「教室、こっちじゃないぜ」
羽賀が曲がり損ねたのかと教室への廊下で立ち止まる。
「いいから。たまには違うところで食べようぜ」
どんどん歩いていく羽賀についていき、何故か嫌な予感がする。
「羽賀、ここって」
止めようとしたときには遅かった。生徒会室の扉を羽賀は勢いよく開けた。
「こんにちは」
「羽賀!!」
恭介の叫びと羽賀の挨拶が重なった。
「やあ、羽賀くん、よく来てくれた。おや、恭介も一緒だね」
月嶋のいつもの笑顔に軽く恭介は頭を下げる。
「羽賀、どういうことだよ」
「俺も、今日から雑務係りなんだ」
やたらと嬉しそうに羽賀は答える。
「もう、人手が足りなくて。羽賀君にも手伝ってもらうことにしたのさ」
「そこのソファにでも座って。このプリントをセット組にして、3つに折って、封筒に入れて」
ソファに座るなり、山ほどプリントを渡された。
羽賀と二人で黙々と作業をこなす。
ちらりと月嶋を見ると、月嶋は生徒会長のデスクで真剣な顔でパソコンに向かっている。
もう、ずっとそうしていたのだろうか。以前見たときより机の上も心なしか散らかっている。
忙しいのは本当だったんだ。
恭介はここにずっと来なかったことを月嶋のために初めて後悔した。来るはずの手伝いが来なくて、月嶋はいらいらしなかったのだろうか。
月嶋はいつもと変わらなくて、恭介は騙されていたのではないことが嬉しい気がした。
羽賀も一緒ならこの間みたいなこともないし、受けた仕事をほっておいたのは俺だし、なんとか今までの分も取り返すべく頑張ろうという気になり、作業に没頭した。
2週間が過ぎ、昼休みの生徒会室通いにもすっかり慣れた。
仕事は尽きないようで、模造紙にスケジュールを書いたり、生徒に配るプリントを大量に刷ったり、やることはいくらでもあった。
恭介たちが清書などの雑用をこなしている間、月嶋は様々な部やグループから提出された提案書を捌いたり、直訴してくる部の責任者と話し合ったりと息つく暇もない。
真剣にパソコンに向かっている横顔を恭介は作業の合間に見つめている自分に気づく。
カッコイイ。
いつ見てもそう思う。年より大人っぽい。さらさらした前髪が綺麗な目にかかり、時折それを長い指がかきあげる。
「恭介、なに見惚れてんだよ」
肘で羽賀につつかれ我に返る。月嶋を見ていたことを悟られて、恭介の顔が紅くなる。
「何言ってんだ。見惚れてないって」
「いっつも見惚れてる、月嶋寮長の横顔」
にやにや笑って、羽賀がつっこむ。
「来年、俺らあんな風になれるかなと思ってさ」
羽賀にプッと吹き出された。
「なんだよ」
「無理だろう。あれは、月嶋寮長だからなんだから」
「そうかなあ」
「そうだろ」
「なにがそうなんだ」
小声でこそこそやっていたにもかかわらず、後ろから聞こえた声にどきりとする。
「月嶋寮長」
「月嶋さん」
羽賀と恭介の声がハモる
「何の話」
「いえ、その・・」
「恭介が、月嶋寮長に見惚れてるって話ですよ」
「おい、羽賀!」
恭介が慌てて羽賀を遮る。
「それは、嬉しいね」
さわやかに微笑われて、さらに恭介が照れる。
「寮長、ファン多いですもんね」
「そうかな。でも、慕ってくれるのは嬉しいよ」
ソファに回り込んで、恭介の脇の肘置きに軽く腰掛ける。上から完全に見下ろされる形になり、恥ずかしくて恭介は顔が上げられなかった。
変な意味にとられなかったかな。
本当に憧れているだけで、それ以上の感情がないことは自分が良く分かっている。だから、変な意味に取られたら嫌だと思った。
一瞬、玲の顔が浮かぶ。あれからもここ生徒会室で顔を合わせていたが、特に何もされてないし、たわいない会話をするか仕事を頼まれるかだけで、あの告白は何だったんだと思ったりする。
それはそれで平和でいいんだけど。
「さすがに疲れたな。お茶にする?」
物思いに沈んでしまったらしい恭介を上から見つめて月嶋はそう云った。
「俺、入れます」
羽賀が立ち上がり、部屋の隅に設置されたポットに向かう。
「あ、俺も」
「いいって、恭介は座ってな」
言われて、やることがなくなってしまった。その恭介の頭にぽんと月嶋が手を置く。
「こき使って悪いな」
「いえ」
「まだまだ、忙しくなるからな。一か月切ると」
月嶋の長い指で、髪の毛を梳かれて、ただ頭を撫でられているだけなのにドキドキする。
「ですよね。そろそろきめないとなあ」
お茶を持ってきた羽賀が、月嶋のセリフを引き継ぐ。
「何を?」
一人分からない顔の恭介に羽賀は呆れた顔をした。
「最近、帰り道に隣の女子をよく見かけないか」
「そうかな」
恭介はすこし考えたが、サッカー部も文化祭での交流試合に向けて忙しくなっており、帰り道は一目散にグラウンドに行っていることが多い。
「相変わらず、迂闊だね、恭介」
のんびりと月嶋につっこまれる。
「あのですね」
「文化祭の日は、クリスマスイブとクリスマス。最終日にダンスパーティーがあるんだ。そこで、好きな子をエスコートするわけ。この2日は、校内にも女子が入れるからな。みんな必死さ」
なんだ、そんなことかと恭介は思った。隣の女子高にも興味がなかったわけではないが、物心ついてから今まで、女の子にも可愛いとか言われて、全然男扱いされなかった恭介としては、それを繰り返すのはちょっとという心境だ。
「別に当日探したっていいんだよ」
お茶を優雅に口に運びながら、月嶋は笑う
「そうそう、だけどさ・・」
続けようとした羽賀のセリフを
「お茶、ありがとう。時間もないし、もうちょっと頑張るか」
月嶋が遮る。羽賀は、一瞬月嶋を見たが、なにか思い当ることがあったのかそのまま口を閉ざし、恭介の隣に座りなおすと作業を再開した。
「え、なに?」
一人会話から取り残された恭介は、聞き返すが、それに返答するものはいなかった。