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猫ですみません


「……フェリックスはいつも突然だな」

「そういうオルランドは、いつ来てもちゃんとしてるな。幼なじみとして鼻が高いぞ」 


 馬車に乗って数十分。

 ちゃんとしていない私達は、本当にクルス侯爵家へやって来てしまった。車内でも力の限り抵抗したため、猫の身体はくたくただ。もう、お兄様を止める気力も残っていない。

 

 貴重な休日、約束も無しに来た私達のことはどう考えも迷惑なはずなのに、オルランド様は快く迎えてくれた。私は心の中で平謝りをする。


(ああ……ごめんなさい、オルランド様……)


 若干呆れ顔のオルランド様は、すらりとした黒のパンツに白のシャツ、そして深い青のストールを纏っていた。手には魔術書。黒髪に見え隠れするのは美しく澄んだ青い瞳。

 完璧すぎて怖い。いきなり突撃されたとは思えない、目眩がするほどの佇まいだ。


「フェリックスなにそれ、抱いてるのは……猫?」 

「おまえ、猫飼いたいって言ってただろう」

「言ったことないけど」


(お兄様……)

 

 やっぱり……やっぱり、そんなことだと思った。

 またお兄様の適当発言だった。思い込みの激しい兄は、オルランド様との記憶を捏造していたらしい。


「まあ、聞いてくれオルランド。この猫はロミナなんだ」

「ロ……ロミナ!?」

「そうだ。この茶色い毛並みが、我が妹らしいだろう」

「ちょ……ちょっと待って。なぜ、ロミナが猫になっているの」


 いつも冷静で穏やかなオルランド様が、珍しく狼狽している。そりゃそうだろうな、幼なじみの妹がいきなり猫になっているのだから。


 お兄様は私をぶらんと抱き上げたまま、オルランド様に事の一部始終を説明した。

 流れるような説明にオルランド様は口を開けたまま頷きもせず、私と兄を交互に見ている。信じられないのだろう、この馬鹿馬鹿しい兄妹が。

 これは何の罰ゲームかと。つらすぎる……消えてしまいたい……


「――というわけだ。魔術の解き方は分からないが、猫のまま我が屋敷にいると古参猫に殺されそうでね。オルランドに助けを求めに来たというわけなんだが」

「婚約解消……そうか、そんなことが……」

「もう一度聞くがオルランド、おまえは猫を飼いたいと言っていただろう?」

「ああ。俺はずっと猫を飼いたいと思っていた」


(ああ……!)

 

 嘘だ。オルランド様まで、なぜそんな嘘をつくのか。つい先ほど、猫飼いたいなんて「言ったことない」と言っていたじゃないか。


(まさか、浮気されて婚約解消されて派手に転けて卒業試験を失敗した挙句、猫になって飼い猫に殺されかけた私を哀れんで……?)


 大いに有り得る。オルランド様は、本当にお優しい人だから。


「あの……オルランド様」

「あれ、猫だけど話せるんだ?」

「あ、はい。話せるんです」


 オルランド様は私が話せると分かると、目線を合わせてニコリと笑った。

 眩しい……! こんな至近距離でオルランド様の笑顔を浴びたのはもう何年ぶりだろう。そのきれいな笑顔は兄に無い慈愛に満ちていて、私はさらに心苦しくなった。こんなにいい人を、こんなしょうもないことに付き合わせてはならない。


「術を解くことはできませんか? 兄から、オルランド様は解術が得意だとそう伺いました」

「解術、べつに得意じゃないけど」

「え……お兄様……?」


 またもや、兄の嘘が発覚した。

 兄は相変わらず「そうだったか?」と開き直っている。ひどい。


「お兄様がすみません。猫のままオルランド様のところでお世話になるなんて、申し訳なくて私には耐えられませんのでこの話は無しに……」

「気にしなくてもいいのに。ロミナだったら、いつまでいてくれても」

「え?」

「なんでもないよ。でもそうだね……猫のままだと色々不便だよね」

「は、はい! そうなんです、本当に!」 


 そうなのだ、不便なのだ。主に、自分の意思と反してひょいと抱き抱えられてしまうのが。オルランド様には、こんな屈辱的な姿を見せたくはなかったのに。


 お兄様とオルランド様は私から距離をとると、例の魔術書を広げて何やら話し合いを始めた。術を解く方法を探してくれているのだろうか。オルランド様はともかく、兄の真面目な顔は非常にレアだ。


 二人は最後にコクリと頷き合うと、再び私の元へと戻ってきた。そして――今度は、オルランド様に抱え上げられる。


「ぎゃっ!」

「ごめんね、ロミナ。やっぱり術を解く方法は分からない」

「ええ!?」

「でも大丈夫。魔術は時間とともに効果が弱まるものが多い。月の満ち欠けで魔術をかけ直したりするから、だいたい一ヶ月……この魔術も、そうじゃないかな」

「い、一ヶ月も……?」

「うん、そのくらいはうちで様子を見てみようか。ロミナの“人間に戻りたい”という気持ちが強く作用すれば、もっと早く戻れるんじゃないかな」


 オルランド様は私の鼻筋を撫でながら、なだめるように囁きかける。その声がむしょうに甘い気がして、私は思わず息を呑んだ。

 私も、猫達に話しかける時は無意識に声が高くなるけれど……ああいうものだろうか。オルランド様も、小動物相手となると声が変わってしまうのかもしれない。


「オルランド、おまえ猫相手だと声が変わるんだな」


 さすが血の繋がった兄。

 私と同じことを考えていたようだ。 

 

「猫相手じゃない。この子はロミナだろ?」


 ね、ロミナ。

 ひたすら甘く優しい声で、オルランド様は私を撫で続けた。

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