希望の星
「オルランド、今回は随分と早い任務だったな!」
その日の午後は、お兄様が再びクルス侯爵家へやって来た。
兄とは、ついこの間会ったばかりだ。あの時は顔も見たくなかったけれど、今日ばかりは心から感謝している。このタイミングで会いに来てくれたことに。
「団長が怖がっていたぞ。お前の帰還が早すぎると」
「……フェリックスはわざわざそれを言いに来たの? せっかくロミナと二人きりで過ごせると思ったのに」
膝に私を乗せていたオルランド様が、不服そうにため息をつく。しかし私は兄を救いの神だと言わんばかりに、オルランド様の膝から飛び退いた。
「ああ、フェリックスが来たせいでロミナが……」
「助かりました、お兄様」
「ん? ロミナはまだオルランドに慣れないのか」
「膝の上に慣れるわけないでしょ!?」
今日は休日。先日の任務が三日で終わったため、オルランド様には数日ほどお休みができたらしい。
その大切な休日を、オルランド様は「すべてロミナと過ごす」と言い出した。流石に冗談かと思ったけれど、朝からさっそくこの調子なのだ。本当にずっと猫を手放さない。
膝に乗せられ、撫でられて……これは冗談のつもりではないとすぐに悟った。もし兄が来なかったら、いつまで撫でられていたか分からない。
「慣れてほしいな。そのために早く帰ってきたのに、フェリックスに邪魔されたんじゃ意味が無い」
「で、でも、お兄様は何か用事があって来たのよね?」
「ああ。今日は良い話をを持ってきたぞ」
「ええ……?」
お兄様の“良い話”……あまり信用出来なくて、一気に気が重くなる。聞きたいようで聞きたくないようで……やっぱり私は聞きたくなかった。今日は世間話だけで帰ってくれないかな。
「オルランド。お前、無事アルマディウス殿下の警護に決まったそうだぞ」
「……そうか! ホッとしたよ」
「やったな」と言いながら、お兄様はオルランド様の肩をぽんぽんと叩く。オルランド様も幾らか嬉しそうだ。
「それって……良い話なの?」
「当たり前だろう。王族の警護なんて出世コースの入口だぞ。しかもこいつは最年少で“目覚めの儀”の警護にあたることになる。その経歴は一生ものだ」
「目覚めの儀……」
それは、王族が六歳になる年、必ず行われる儀式である。
強大な魔力を持つ王族は、生まれてすぐにその魔力を封印される。幼い身体では、まだ力を持て余してしまうためだ。
そして封印された魔力は、六歳になるとやっと解除されることになる。その際に行われるのがお兄様達の言う“目覚めの儀”だった。
「危なくはないのですか? 解除の時、溜まり込んだ魔力が暴走することもあるって聞いたけれど……」
「それは仕方ないよ、魔力の暴走に備えるための警護だからね。アルマディウス殿下は今年六歳になられたから、あらかじめ警護の立候補はしておいたんだ」
そういえば昨日、オルランド様とアルマディウス殿下は初対面じゃ無さそうだった。あらかじめ、そのことで顔合わせなんかがあったのだろうか。殿下はオルランド様のことを一目置くような口振りだったけれど……
(オルランド様、立候補されていたのね)
意外だった。なんとなくオルランド様って、あまりそういう出世欲のようなものは無いのかと思っていたのだ。登城するたびに『行きたくない』と言っているくらいだし、自分から進んで出世コースに突き進むタイプには見えなかった。
「魔術師団の中でも、出世コースとかあるのですね」
「そうだね。フェリックスみたいに突出した才能があれば別にいいんだけど、俺は凡才だからね。そういうものにしがみつくしかないんだよ」
「そんな、凡才だなんて思いませんが……」
オルランド様は誰もが認める優秀な魔術師だ。何事も苦労無くやってのけるお兄様が異常なのだ。
けれど同い年に“天才魔術師フェリックス”がいるというだけで、優秀故に相当比べられてきたのではないだろうか。オルランド様の口からお兄様の名前が出てくるだけでも、その苦労が垣間見えた。
「……もし仮にそうなら、オルランド様は我々凡才にとって希望の星です」
「希望の星?」
「ええ、私には分かります。オルランド様のお気持ちが……! このまま出世街道を突き進んで、いつか兄をぎゃふんと言わせて下さい。お願いします!」
私も昔から、お兄様とは比べられて育った。何をしても、どんなに頑張っても、兄の才能には敵わない。
いつしかそれが当たり前になって、兄を意識することも無くなったけれど……オルランド様なら、お兄様を越えられる気がする。というか、変わり者の兄を抑えられるのは彼だけだと信じている。
「はは……ありがとうロミナ。君は昔から変わらないね」
「え?」
「頑張るよ。ロミナのためにも、自分のためにも」
オルランド様はそう言って蕩けるような微笑みを浮かべると、再び私を捕まえた。
不意打ちだ。仕方なく膝の上で撫でられながら、私は必死に記憶を辿ってみる。
(昔から……? 駄目、まったく記憶が無いわ……)
オルランド様とは兄の友人として、幼い頃から顔を合わせることは時々あった。けれど自分が何を言ったか、何があったかなんて覚えていない。オルランド様は昔からずっと憧れの存在で、お会いする時はいつも夢見心地だったから。
「ロミナ、ずっと俺の味方でいてね」
「はい……?」
何も思い出せないのに、彼の言葉はあまりにもまっすぐで――私は、膝の上から逃げ出せなくなってしまった。
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