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逃げなくたっていいのに


 カーテンの隙間から、やわらかな朝の光が射し込む。

 その光は、オルランド様の整った寝顔を淡く照らす。


(……まだ、寝てらっしゃるわ)


 鳥のさえずりと静かな寝息。それ以外は何も聞こえない朝。先に目覚めた私は、オルランド様の完璧な造形に圧倒されつつ、その美しさに見とれていた。


 色気の暴力だ。もうずっと動悸が収まらない。

 本当は、目が覚めた瞬間に逃げ出したかった。しかし抱き寄せる腕の力は思いのほか強くて、仕方が無いのでここで先程から耐えている。


(……早く起きてくれないかしら)

 

 猫になって分かった。オルランド様は案外、朝に弱いということが。

 腕の中で私が身じろいでも全然起きないし、かと思えば、とろんとした瞳を寄越してからもう一度寝たりする。外ではあれほどまでに隙もなく完璧なのに、朝はこうして無防備な姿を見せるのだ。


 時折、オルランド様の唇から漏れる吐息。

 シャツの隙間から見え隠れする鎖骨。

 なんかもう近くにいるだけで、どうしようもない背徳感を覚えてしまう。腕の中から逃げ出せないので、不可抗力と言いたいのだけど…… 


(これは猫にならなければ知らなかった姿かも) 

 

 朝の姿だけじゃない。こんなに猫が好きなことも、猫相手なら拗ねてしまうことも知らなかった。

 仕事に行きたくないと渋る姿も、機嫌がいい時は鼻歌を歌うのも、過剰なくらいに心配性な性格も、すべて外から見ていただけでは知り得なかった部分だ。


 オルランド様の人間らしい部分。

 猫になって、初めて見えた。


「……ロミナ、おはよう」


 しばらくそのまま見とれていると、薄くまぶたを開けたオルランド様とバッチリ目が合ってしまった。ようやく目が覚めたみたいだ。

 この近さはいけない。ちょっと、正気が保てなくなるので……


「おはようございます、オルランド様」


 私は腕の中から逃げ出したくて、こっそりとオルランド様の胸を押し返した。しかしまったくビクともしない。


「そんな力では逃げられないよ」

「……バレていましたか」

「逃げなくたっていいのに」

「逃げますよ。私、猫の姿してはいますけど猫じゃないんですよ?」

「分かってるよ」


(『分かってるよ』?)


 私達は、しばらく言葉もなく見つめ合った。

 けれどオルランド様は何も言わない。軽く微笑んだまま、まだ眠そうな眼差しで私の言葉を待っている。


「……分かってやってるんですか」

「うん」

「それはどういう……」


 私は混乱している。だって私は猫の姿をしていて、だからこそ優しくされているのだとばかり思っていた。猫好きなオルランド様が、猫にだけ見せる甘さなのだと、ずっとそうだとばかり……

 しかし、分かってやっているというのなら。つまり、オルランド様が見ているのは、猫じゃなくて私ということなのでは……


(いや、でも今の私、見た目は猫だし……猫は抱きしめたくなるものだし)


 なにより、あまり自惚れたくはない。なんせ相手は天下のオルランド様なのだから。


 私は余計な考えをブンブンと振り払い、腕から力ずくで逃げ出した。

 そんな私を見て、オルランド様は楽しそうに笑っている。しまった、からかわれただけだったのね……!


「ああ、逃げられちゃった」

「か、からかわないで下さい! もう朝なんだから起きましょう!」

「休みだからまだ起きなくても大丈夫なのに」

「えっ、今日はお休みなのですか?」


 昨日、オルランド様は任務を終わらせた。普通なら一週間はかかるところを三日で終わらせてきたために、その分あと数日はお休みがいただけたのだと言う。


「急いで終わらせてよかったよ。これでロミナと一緒にいられる」

「本当にそういうこと言うのやめて下さい、混乱するので」

「混乱して欲しいな。もっと俺のこと考えて欲しい」

「だからやめてくださいってば……!」


 からかわれたせいで、これまで猫として受け取っていたものが妙に生々しく感じられて……とてもじゃないけど普通の顔じゃいられない。

 戸惑う私とは裏腹に、オルランド様は満足そうに猫の私を見つめたのだった。

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