猫は問い詰められる
その後、無事に任務の完了報告を終え、私はオルランド様に抱えられたままクルス侯爵家へと戻ることになった。
屋敷に入った途端、シェリーさん達が一斉にエントランスへ集まり、私とオルランド様は周りを取り囲まれる。
「ロミナ様、本当に心配したんですよ……? もう絶対、勝手に出ていったりしないで下さい」
「はい……ごめんなさい、シェリーさん」
怒りに任せて屋敷を飛び出たせいで、みんなをかなり心配させていたみたいだった。シェリーさんなんて、私が無事帰ってきたことで少し涙ぐんでいる。そして平謝りする私を、みんな撫でて励ましてくれた。
いい人達だ。そんな人達に、本当に悪いことをしてしまった。
しかし感動の再会も束の間、私は再びオルランド様に捕まえられた。心なしか、背筋が凍る。
「さあロミナ。どういうことか、部屋でちゃんと説明してもらうよ」
どこか怒気の混ざったような声に、みんなサァッと散っていく。結局エントランスに残ったのは、私とオルランド様二人だけ。
(み、みんな……!)
私は助けを求めることを諦めて、丸くなるしか無かった。今日はここからが本番なのである。
「婚約解消……しない?」
私は昨日からの一部始終を、全てオルランド様に打ち明けた。すべてはお兄様から聞いたセシリオの件が発端だった。
『セシリオは……ロミナとの婚約継続に、渋々だが同意したと』
悔しい。兄の言葉を思い出すだけで、また身体中の毛が逆立ってくる。
「そうなのです。あまりに勝手なので頭に来てしまって、思わず飛び出てしまいました。そうしたら偶然、アルマディウス殿下の誘拐事件に遭いまして……皆さんにはご心配をおかけしました。……本当に申し訳ありません」
私は怒りを抑えつつ、オルランド様に向かって頭を下げた。頭上からは、呆れたようなため息が聞こえる。
「……屋敷を出た理由は分かった。けど、約束は約束だよ。約束を破ったことに俺は怒ってる」
「はい……すみません」
「どうして、こんなに心配すると思う?」
オルランド様は、諭すように私を撫でた。
優しい手から、心配する気持ちが伝わってくる。
「ロミナのことが大切だからだよ」
「オルランド様……」
「今、ロミナは猫の姿だ。でもただの猫じゃない。そんな君に目をつける輩だってきっといる」
ただの猫じゃない――猫だけど喋るし、さらには魔術までも使えてしまう。それが今の私の姿だ。
その珍しさが、良からぬ人間の目に留まってしまったら……オルランド様はそんなことを危惧しているらしい。
そんなことは滅多にない、と言いたいところではあるけれど、実際に一度屋敷を出ただけでアルマディウス殿下に気に入られてしまった。私にはなにも言い返せない。
「城でロミナの姿を見た時、心臓が止まるかと思ったよ。王族に目をつけられでもしたら、クルス侯爵家なんかでは絶対に敵わないから」
「王族に? アルマディウス殿下のことでしょうか」
殿下からは“変な奴”として気に入られて、『ずっと一緒にいて』とまで言われたのだけど。この雰囲気ではそんなこと言えないな。
「大丈夫です。殿下は事情を分かってくださいましたから」
「……帰りたいと言ってくれたと聞いてホッとした」
「え?」
「ロミナは、城にいるよりもクルス侯爵家に帰りたいと思ってくれたんだよね」
そこまで話を終えると、オルランド様の表情がわずかに柔らかくなった。
「もう一度約束して。ロミナ一人では外に出ないで。もし外に出たい時は、俺が一緒についていくから」
「は、はい」
「そして、絶対にここへ帰ってきて」
「クルス侯爵家に……?」
「俺のそばから離れないで」
聞きようによっては意味深にもとれる言葉に、どうしても胸が高鳴る。
猫でよかった。人の姿をしていたら、きっと真っ赤になっていただろう。オルランド様からこんなにも心配されて、平気でいられるわけがない。
言葉通り、私は平気でいられなかった。
その日のオルランド様は特別甘く優しくて、ずっと猫を離さなかった。食事もブラッシングも何もかも……全部オルランド様が面倒を見てくれる。他の誰にも譲らない。
「あ、あの、帰ったばかりでお疲れなのではないですか?」
「ロミナに会ったら疲れも吹き飛んだよ」
「私など放っておいて、オルランド様はもうお休みになられては……」
「じゃあロミナ、一緒に寝よう」
「ひぃ……!」
墓穴をほった私は、問答無用でベッドへと連れていかれた。オルランド様の体温、匂い、鼓動……隣に引き寄せられた私には、そのすべてが伝わってくる。
(だめ、また気を失ってしまいそう……)
極限状態のなかで、徐々に意識が遠のいていく。
けれどその夜は、久し振りにゆっくりと眠れた気がした。