正夢
「……ロミナ? どうして城にいるの」
それは私のセリフなんですけど。
オルランド様はつい先日、任務へと旅立ったばかりだった。場所は、セリュネの森近くにある洞窟。往復するだけでも二日はかかるところだった気がする。
しかも任務は魔物の討伐だ。洞窟に入り魔物を倒すとなると、最低でも一週間はかかるだろうという話だったのに。
(なんでオルランド様がここに……?)
ちょっと怖いオルランド様は、こちらへ向かって歩いてくる。こんな冷たい顔を向けられたのは初めてかもしれない。もしかしたら偽物かも。きっと人違いだ。いつも優しいオルランド様がこんな怖いはずないし、そもそもこんなに早く帰ってくるはずがないし――
「ロミナ」
前言撤回、こんなに美しい偽物がこの世に存在するわけがない。間違いなく本物のオルランド様だった。
間近に迫ったオルランド様を確認し、私の現実逃避はあっという間に終了した。
「……オルランド様こそ、なぜここに? 任務でお留守にされていたのでは」
「任務は終わらせたよ。今帰ってきて報告に行くところなんだけど」
「終わった……? あ、あの、魔物は」
「もちろん片付けてきたよ。早く屋敷に帰りたかったから、少し無理しちゃったけど」
(少し?)
通常なら一週間ほどかかる依頼を、たった三日で終わらせてしまったという。そんなこと可能なのか……恐るべしオルランド様。一緒にチームを組んだ仲間達に同情してしまう。
完全に予定が狂ってしまった。今から屋敷へ帰ればオルランド様にはなにも悟られずに済んだはずなのに、よりにもよって城で鉢合わせてしまうなんて……
「ロミナ、なぜここにいるの? 一人で外へ出ちゃ駄目って約束したよね」
「は、はい……」
「危ないことはしないでって、そう言ったよね」
「すみません……」
ああ、今朝見た夢は正夢だった。オルランド様の低い声が、夢の中と同じように猫の私を問い詰める。
どうしよう。約束を破ったのは私だ。謝っても、信頼を取り戻すことにはならない――
「魔術師オルランド? ロミナと知り合いなのですか?」
その時、隣から私達の様子を見ていたアルマディウス殿下が口を挟んだ。私とオルランド様が知り合いであったことに驚いている様子だ。
そんな殿下を見て、オルランド様も怪訝な表情を浮かべている。
「なぜ……アルマディウス殿下がロミナと一緒にいるのです?」
「昨日、町で不届き者に襲われそうになったところを、彼女に助けていただいたのです。それで、城までお連れしてしまって」
「町で?」
殿下が包み隠さず話すせいで、町を出歩いていたことが簡単にバレてしまった。オルランド様の目元がピクリと動く。
「しかも昨日ということは……ロミナ、城で一泊したの?」
サクッと外泊までバレてしまった。
(ひぇぇ……)
「僕がお引き留めしてしまったのです。でも、ロミナは大切な人が待っているから帰りたいと……大切な人とは、魔術師オルランドのことだったのですね」
「えっ!!」
アルマディウス殿下、もう黙って欲しい。
子供だからと甘く見てはいけなかった。なぜこうも爆弾ばかり落とすのか。この後の空気も考えていただきたい。
もちろんオルランド様は大切な人だけど、あくまでもクルス侯爵家の人として……! オルランド様、どうか勘違いしないで下さいね。私にやましい感情はありませんから……!
「オ、オルランド様、これはその――」
「俺、ロミナの大切な人なんだね」
焦って弁解しようとしたけれど、オルランド様は意外と平気そうだ。むしろ、なんとなく嬉しそうにも見えて……いつの間にか表情から威圧感も消えている。
「オルランド様……?」
「うらやましいです。ロミナの特別になれるなんて。でも魔術師オルランドなら納得ですね」
「ありがたきお言葉、光栄です。アルマディウス殿下」
「またぜひ、お二人で遊びに来て下さい」
「ええ。ではまた……」
話を切り上げたオルランド様は、「ロミナ行こう」と私を抱き上げる。まるで、そうすることが当たり前であるように。
腕の中にすっぽりとはまり、あまりの居心地の良さに、私はもう抵抗することも忘れてしまった。