7 初ミーティング(2)
「よし、じゃあ本題に入るわね。まず、この5人でメンバーは正式決定。それに伴って決めなきゃいけないことがいくつかあるから、この後全員で話合って決めてちょうだい。リストは香奈太に渡しておくわね。報告も香奈太がしてくれればいいわ」
「わかった」
「あと、グループのロゴのデザインも決まったわ」
真桜が手元のパソコンをひっくり返して香奈太たちに画面が見えるようにする。
そこに映っていたのは、黒めのダイアモンドの真ん中に白の飾り文字でDirectAimと描かれたイラスト。
よく見ると、ダイアモンドに銃弾で撃ち抜かれたような穴が空いており、そのまわりも少しひび割れたようになっている。
中々にかっこいいロゴである。
「ちなみにダイアモンドはグループ名の略称からきたもの、穴が空いてるのはAimからの連想ね。ダイアモンドの方は今後グループの象徴として色んな場面で使っていくことになると思うから、よろしく」
「ちなみにDiAって略し方思いついたのおれなんだよー!」
「へー、良いじゃねえか」
「えへへ〜」
元気よく名乗り出たユメを五十嵐が褒める。
隣で高岡もうんうんと頷いている。
そんな2人の反応にユメは嬉しそうに笑った。
「次に、今後の大まかな予定よ。七月の中頃に、デビュー。そこから夏フェスや音楽番組に出演して知名度を稼いで、八月の終わりにワンマンライブ。つまり、あなたたちには八月までに単独でライブができるだけの曲数を完璧にしてもらうわ」
今は四月の後半。
つまり約4ヶ月で準備を完了させなければならない。
デビュー後は露出が増えることを考えれば、実質3ヶ月。
その間に、歌とダンスを完璧にする。
なかなかの過密スケジュールに思えるが、なんせ香奈太は元々ただの一般人。
芸能界の常識というのが分からない。
そもそも、アイドルというものに興味がなく、ライブなどにも行ったことがないのだ。
そっとほかのメンバーを伺うと、それぞれ違う反応をしていた。
ユメは嬉しそうな表情。
恐らく、踊るのが楽しみとしか考えていない。
高岡と五十嵐は少し眉を寄せては2人で目で会話をしている。
柊は表情からは何を考えているか読み取れなかった。
「具体的に何曲になるんですか?」
「全体での曲は5曲。ソロが1曲ずつを考えてる」
「え、ソロ貰えるの?」
高岡の質問に真桜が答える。
すると、意外なことにユメが驚きの声を上げた。
「あなたたちの場合は、個人の仕事があって時間を合わせるのが難しいでしょ?だから、いっそソロを作ることにしたの」
「曲はもう出来上がってるんですか?」
「全体の方は3曲はもう上がっていて、2曲も依頼済み。ソロに関してはさっき渡したリストに詳細を載せてあるから後で確認してちょうだい」
真桜の返事を聞いてユメがソワソワしている。
ソロというのはそんなに特別なものなのだろうか。
真桜も苦笑しつつも何も言わず次の話題にいった。
「次、これは主に香奈太になんだけど」
「俺?」
「衣装のこと。デビュー自体は七月だけど、その前にグループでの宣材写真とかMVを撮らないといけないのよ。だから、六月までにデビュー曲に合わせた5人分の衣装を着られる状態にして欲しいの。できる?」
1ヶ月と少しで5人分の衣装。
当たり前だが、これまで香奈太はアイドルの衣装というものを作ったことがない。
ただ、DirectAimはいわゆる王子様のような系統ではない。
いつかはそういう曲もやるのかもしれないが、少なくとも既に聞いたデビュー曲はどちらかと言うとヒップホップに近かった。
ならば、香奈太の作ったことのある系統に持ち込める。
「デザイン自体はすぐできる。問題は作業時間だな。オフがどれくらいの頻度であるかによる」
「そこは多少の調整が効くわ。少なくとも、週に2回は基本的にあるようにする。平日と週末それぞれ1日ね。というか、この2週間オフがなかった方が問題なのよ」
「え!夜月さん、オフなかったんですか?というか、もう活動し始めてたんですか?僕知らないのですが」
智和が目を見開いて、真桜と香奈太を交互に見る。
それに香奈太は普通に頷き、真桜はバツの悪そうな顔をした。
「俺が契約したのは2週間前ですね。その日からレッスン受けてます」
「突然だったし、智和さんたちも引き継ぎで忙しそうだったから、スケジュールだけ聞いてそれぞれの先生との取り次ぎに直接投げたのよ。そしたら全部埋められちゃったみたいなのよね。これからは、ちゃんと智和さんを間に置くから」
「なるほど」
どうやらマネージャー陣は、他のメンバーのマネージャーからの引き継ぎに忙しかったらしい。
そこにさらに仕事を増やすことを申し訳なく思った真桜が、マネージャーを通さずに予定を組んだ。
だが、真桜も香奈太関連の変更で忙しかったため、レッスンが実際に受理されたかを確認せずに、香奈太に直接連絡がいくようにしてしまった。
その結果、芸能界の普通が分からない香奈太は自分で調整できるはずもなく、連絡が来た全てのレッスンに参加することになってしまったのだ。
「ま、そういうわけで、最低週2日は休み。幸い香奈太はダンスも歌もある程度はできるから、必要ならもう少し取れるわね。足りるかしら?」
「ああ、それなら大丈夫」
「じゃあ、衣装は香奈太に任せたわね。一応、デザインが出来たら私に一度見せてちょうだい」
その後は、細かな連絡事項を伝達されて初めての全体ミーティングは終了した。
「私の方から伝えることは以上よ。何か質問は?……ないなら、最初に伝えた通りリストに沿って色々決めてちょうだい。じゃあ、解散!」
パンッと真桜が手を鳴らしたのを合図に、それぞれ椅子から立ち上がる。
どうやら真桜はこの部屋に残るらしく、座ったままパソコンに何かを打ち込んでいた。
その姿を横目に香奈太たちは荷物を持って会議室を出た。
***
DirectAimのメンバーたちが去った会議室の中に、カタカタとタイピングの音が鳴る。
会議室に一人残った真桜が、先程のミーティングの議事録を作っているところだった。
そんな静寂をひとつのノックの音が破る。
「どうぞ」
「やあ、調子はどうだい?」
「社長!」
「神崎くん、お疲れ様」
ドアを開けて姿を見せた男性に、真桜が慌てて立ち上がる。
にこやかに挨拶をして入ってきたのは、フライトプロダクションのトップに立つ社長その人。
頭を下げようとする真桜を片手で制し、自分も席のひとつに座った。
「いや済まないね、忙しいだろうに」
「いえ、構いません」
「そんな固くならなくていいよ。少しDirectAimについて話を聞きたいと思っただけなんだ」
相変わらず優しげな笑みを浮かべている社長に少しだけ肩の力が抜ける。
しかし、続いた言葉にまた内心に緊張感が高まった。
「DirectAimについて、ですか?」
「ああ。グループの雰囲気とかはどうかな?」
「そうですね、まだ一度しか全員で集まることができていないので、なんとも言えませんが。まだお互い探りあっている感じですね。みんな取り繕うのが上手いので、一見打ち解けたようにも見えるんですけど、何となく壁があるというか。まだ始動して2週間と言ってしまえば、それまでですけれど」
「……そうか」
真桜の率直な感想に、社長が目を伏せて思案げな表情をする。
数瞬何かを考えていた社長が顔を上げ、真っ直ぐに真桜を見つめた。
「神崎くん」
「はい」
「彼らのことをよく見ておいてくれ。こちらの都合で、彼らの人生の一部を変えてしまった。周りにどう受け止められるかも分からない。もちろん、事務所としてサポートを惜しむつもりはないが、近くで見ていないと分からないこともあるだろう」
「はい、もちろんです。それに、事務所が求めてできたグループではありますが、グループを必要としていた子たちをメンバーにしたつもりです。今の気持ちはどうあれ、あの子たちにとってもこのプロジェクトは良い経験となると思います」
母親のような慈愛と、何人ものタレントを見てきたからこその自信を兼ね備えた表情で、真桜が言う。
グループの誕生から全てに関わり統括するプロデューサーのことを、グループの産みの親という人がいる。
真桜は実際に、メンバーにとって何がプラスとなるかを常に考えながら動いていた。
その姿は、確かに我が子を支える母親に近いものだろう。
そのメンバーの1人が実の息子というのは不思議な感じだが。
「そうか、君がそう言ってくれると、少し安心するよ。これからも、よろしく、神崎くん」
「はい」
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