5 思わぬ再開(2)
「だから、おれがカナちゃんの見本を踊るの!ナイちゃんはそれ見て、違うところを指摘してくれればいいからさ!」
「うーん、でもそれだとユメの癖で分かりにくくならない?」
「大丈夫!カナちゃん頭いいから!」
「ええ〜」
香奈太がレッスン室に戻ると、何故かユメとナイターが揉めていた。
ナイターが困り顔で事情を説明してくれるのを、ストレッチをしながら聞く。
「ユメが夜月くんに振り教えるって聞かなくって」
「まずその振りっていうのは、何のですか?」
「Shotっていう君たちのデビュー曲のだね」
「え、もうデビュー曲できてるんですか?」
「うん。本当は最初は基礎の動きから入ろうかと思ってたんだけど、経験者なら先に振り入れしてできないところを教えてく方がいいかなって。ただ、4人を想定して作ったやつだからフォーメーションは変えなきゃだけどね」
「で、おれはもう振り入れ終わってるからカナちゃんに教えてあげるってこと!」
グっとユメが親指を立てた、ウインク付きで。
何となくイラッとしたので、デコピンをお見舞しておく。
だが、それでユメの癖がどうとか話していたのか、と納得。
ユメが何を考えて言ってるのかは理解出来ないが。
「痛い!」
「なんでトレーナーの指示に逆らおうとするんだよ。お前より教えるのに適してるから来てもらってるんだろ?」
「むー、そうだけど、カナちゃんについてはおれの方が良く知ってるもん。カナちゃんなら、おれが踊ったのを見ても覚えられるでしょ?」
「まあ、ユメの癖は覚えてるから多分できるけど。5回は踊ってもらう事になるぞ」
「大丈夫!ね、ナイちゃんいいでしょ?」
「すみません、こいつ言い出すと聞かないんで、今回だけいいですか?」
「まあ、夜月くんがいいならいいよ。さっきも言ったけど、元々今日は基礎やるつもりだったし。僕も夜月くんの実力見たいし」
ということで、結局ユメが香奈太に振りを教えることに。
まずはユメが音に合わせて1人で踊る。
ナイターが床に置いてあるタブレットを操作すると、曲が流れ始めた。
強めのビートと体に響く重低音で始まり、打ち込みの音が重なっていく。
サビにはキャッチーさを残しつつも、かなりかっこいい曲に仕上がっていた。
それに合わせて、ダンスもキレが大事な振りになっている。
(さすがユメ。音の拾い方が上手い。前よりかなり上手くなってんな。というか、結構しっかり振り付けあるんだな。これを歌いながらやるのか)
アウトロが終わり、音が止まる。
3秒ほど静止してからユメがポーズを解く。
「どうだった?」
「さすがだな。めちゃくちゃ上手くなっててびっくりした」
「やったー!ナイちゃんも、おれ間違えなかったよね?」
「うん、バッチリだったよ。まあ、やっぱり癖、というかユメらしい感じになってたけど。夜月くん、どうかな?大丈夫そう?」
「まだ1回しか見てないんで、展開ぐらいしか覚えてないですけど、多分大丈夫です。そもそも、俺とユメは基礎教えてもらった先生が一緒なんで、癖も似てるんです。だから、逆に真似しやすくなっているというか。ナイターさんに見本やってもらってた場合でも、同じような動きになる気がします。こういうのグループだと良くないんですかね?」
「んー、グループによるかな。完璧に揃えるところもあれば、個性大事にするところもあるし」
「なるほど。ま、とりあえずユメ、もう1回」
「おっけー」
その後、結局ユメはさらに5回連続で踊った。
香奈太はそれを違う方向から見たり、少しだけ体を動かしながら見て、ひたすら頭に叩き込む。
手の動きは、足のステップはどうなっているか。
その中にユメの癖によるものはないか、癖があるなら元の外してはいけない動きはどれなのか。
全神経を集中させてユメの動きをインプットする。
「つっっかれたーー!カナちゃん、ちょっと休ませてぇ」
「ああ、いいよ。だいたい覚えたと思うし」
「うぇ!?夜月くんもう覚えたの?これ結構難しいと思うんだけど」
「何となくですけど。あと、覚えても体が思い通りに動くとは限らないんで、見てて貰っていいですか?」
「もちろん」
再びナイターがタブレットから曲を流す。
それに合わせて香奈太が踊り始める。
外に広がる動きは大胆に、指先は繊細に。
脳内にあるユメのイメージを忠実に再現していたはずが、段々と音楽そのものが体に染み込んで体を操り始める。
ここは大げさなぐらい音を拾った方が面白い、ここは色気を意識して艶やかに、フリーズはしっかり止まって。
鮮明に聞こえる音に、自由自在に体が動く感覚。
ダンスの振りに散りばめられた音の欠片を、一つ一つ拾うように踊る。
(懐かしい。そうだよなぁ、別にダンスが嫌いになってやめた訳じゃないんだし。この感覚をまた味わえるってだけでも、アイドルになって良かったかもな)
久しぶりのダンスに心も踊る。
ユメとナイターが見守る中、最後まで踊り切った。
完全に音がなくなり余韻が消えるまで待ってから、ポーズを解く。
その時になってようやく、自分の息が上がっていることに気づいた。
「はあ、やっぱ体力落ちてんな。体幹も弱ってるし」
「いやいやいや、想像以上に踊れててびっくりだよ。よく見ただけでそこまで覚えられるね」
「でしょー!カナちゃんはすごいんだよ!」
「いや、なんでユメが偉そうなの。まあいいや、とりあえず振り自体は大丈夫そうだから、細かい解釈とかを伝えようかな。振りが含んでいるイメージを共有しよう」
「お願いします」
それから休憩を挟みつつ、みっちり2時間レッスンをしてその日は終わりとなった。
着替えてからユメと一緒に事務所を出る。
「というか今更だけど、その制服、ユメも光崎だったんだな」
「そうだよー!アイドルの話を去年のうちに貰ってね、ほかのメンバーもみんな光崎の芸能科だから、一緒の方が色々便利だろうって。あと、おれの学力的に入れそうだったのが光崎だけだった」
「ああ、そういう」
どうやら高岡、五十嵐、ユメだけでなく、まだ見ぬあと一人のメンバーも光崎にいるらしい。
確かに、予定を合わせるのであれば、同じ学校の方が何かと便利だろう。
ただ、高岡と五十嵐は今年卒業なので、その状況も一年だけではあるが。
「あれ?でも、カナちゃんを教室で見た記憶がないような……」
「当たり前だろ。俺、普通科だし。入学式で代表挨拶で名前言ったけど、気付かなかった?」
「入学式は寝てて記憶がない」
「あぁ、そう」
香奈太がユメを呆れた目で見る。
新しい出会いへのドキドキなどで、入学式に集中してる人などいないとは思っていたが、それを上回るやつがいるとは。
「というか、えー!カナちゃん普通科なの!?アイドルやるのに!?」
「アイドルやることになったの入学式の日だからな。まあ、バイトはそのうちやるつもりだったから、別にいいけど」
「アイドルグループのリーダーがバイト感覚って……」
今度はユメが呆れたように香奈太を見る。
香奈太がスルーすると諦めたのか、お互いの中学時代の話などに話題が移る。
「へー、あの大会の時、そんなことになってたのか」
「そう!ほんと、最後までどうなるか分からなくてドッキドキだったよ!」
「俺は初の下克上とかってテレビで騒がれてたのしか知らなかった。ニュースだとそこまで詳細にやってなかったし」
真っ先に話題に上がったのが、ユメが昨年、ダンスの20歳以下の日本大会で優勝したことだった。
その大会において初めて敗者復活からの優勝を果たしたことから、一時期ニュースになっていたのだ。
香奈太も知り合いがそんなことになってるとは思わず、当時はとても驚いたのを覚えている。
「その2ヶ月後くらいだったかな?カナちゃんのお母さんに、アイドルやってみないかって誘われて。それまでも、アイドルのバックダンサーとかはやったことあったし、面白そうって思ったから、やってみることにしたんだ!」
「ふーん」
「カナちゃんはどうしてアイドルやることになったの?やっぱりお母さんが?」
「いや、最終的に引っ張りこんだのは母さんだけど、最初に誘ってきたのは高岡さんと五十嵐さんだな。たまたま駅で会って、稼げるバイトがあるって言われて着いてったら、事務所だった」
「ごめん、全く意味がわからない」
その後も別れる直前まで、他愛ない雑談が続いた。
こうして予想外ではあったが、4年振りの友人との再会というイベントを交えつつ、香奈太のアイドル1日目は無事に終わったのだった。
この度は作品を呼んで頂きありがとうございます。
何かしら反応を貰えると、作者が喜びやる気が出ます(*^^*)