4 思わぬ再開
新生活が始まって3日、クラスの中で少しずつグループが出来始めていた。
まだ授業らしい授業もないなか、短いHRが終わり放課後になる。
出席番号順の座席の関係で、窓際の一番後ろの席の香奈太は、ぼうっと眺めていた窓から視線を外し、帰ろうと席を立った。
「あれ?香奈太、カラオケ行かないの?」
前の席から振り返って声をかけてきたのは、弓場大地。
初日にして、クラス全員と連絡先を交換するような生粋の陽キャだ。
にも関わらず、いやだからこそか、顔の大半が隠れた怪しい見た目で、影も薄い香奈太がこの3日で唯一仲良くなったのが大地だった。
「カラオケ?」
「クラスのみんなで親睦会やろうって話してたじゃん」
「あー、忘れてた。ごめん、今日バイトあるから、無理」
「えー!もうバイト始めてんの?なんのバイト?」
「肉体労働?」
「へー、意外!やっぱ大変なん?」
「まだ今日が初日だからわからん」
「そっかー。じゃあ、また今度遊びに行こうな!」
こうやって、相手に無理に押し付けないながらも、爽やかに誘ってくれるところが、彼が人気者たる所以なのだろう。
香奈太が教室を出る時には、また違う人に声をかけているのが聞こえた。
そのまま教室から出て、駅へ向かう他の生徒に混じって歩く。
駅前を通りすぎ、一昨日も歩いた道をたどり、フラプロに着いた。
受付で名前を告げると、事前に話が通っていたのか、すぐに会議室の1つに案内された。
会議室では、真桜と男性が1人、香奈太を待って居た。
「来たわね。じゃあ、さっさと契約を結んじゃいましょう」
「わかりました。私は人事部のものです。契約の立ち会いのために来ました」
「よろしくお願いします」
軽く説明を挟みながらもさくさくと進む。
事務所から保護者へ説明するために、契約は事務所内で立ち会いの元行うことが義務付けられているが、香奈太の場合保護者が契約者でもあるためあまり意味はない。
最後に署名をして完了すると、人事部の人はさっさと部屋から出ていった。
「よし、これで今から香奈太はDirectAimのリーダーよ。と言っても、香奈太は業界のことはまだわからないことだらけだろうから、もちろんフォローはするわ」
「結局、リーダーって何すればいいんだ?」
「事務所側から求める役割は、そのまんまグループの代表よ。他の4人は個人の仕事があるから、どうしてもグループに割ける時間が少なくなる。だからリーダーには、事前の打ち合わせや交渉とかの裏側の仕事をしてほしいの。あとは、チャンネルでのMCかしら」
「チャンネル?」
「最近では、アイドルもネットでの活動が増えてるの。DirectAimにもオールムーブで公式チャンネルを作ってもらうことになるわ。その企画運営も、香奈太が中心になってやってくれるとありがたいわね」
「まあ、咲の手伝いで慣れてるからいいけど」
「頼りにしてるわ」
オールムーブというのは、世界最大級の動画共有プラットフォームだ。
簡単に言うと、誰でも簡単に動画を投稿したり、生配信をしたりできる超人気コンテンツ。
約20年前に作られ、爆発的な人気を得て、今ではオールムーブで活動する人―通称オールムーバー―が小学生の将来の夢にランクインするまでになっている。
「ま、細かいことはおいおいでいいわ。今日は早速、レッスンしてってちょうだい。多分メンバーの誰かはいると思うから、仲良くね」
「はいはい」
そこで真桜とは別れ、香奈太は1人でレッスン室へと向かう。
フライトプロダクションは事務所建物内にレッスン室やレコーディングスタジオなどを完備しており、香奈太が向かっているのもそのひとつだ。
静まり返った廊下を、部屋の名前を見ながら歩く。
「えっと、レッスンルームC……ここか」
真桜から教えられた部屋を探すとすぐに見つかった。
ドアにはすりガラスの窓しかなく、防音性能も優れているのか音も聞こえず、中の様子は伺えない。
仕方が無いので、一応ノックをして勝手にドアを開ける。
「失礼します」
「ん?あ、もしかして君が夜月くん?初めまして、ダンストレイナーのナイターです。あ、ダンサーネームね」
そう言ってひらひら手を振ったのは、薄ピンクの髪色をした20歳ぐらいの男だった。
派手な髪色に、いくつも空いたピアスのせいで一見チャラそうに見えるが、ダンサーと言うだけあって程よく筋肉もあり、スタイルは良い。
第一印象は、モテそう。
「初めまして、夜月香奈太です。あの、そっちは……」
「あ、まだ顔合わせしてないんだっけ。ほらユメ、挨拶したら?」
ナイターが声をかけると、床に置いたタブレットに張り付いていた男子がようやく顔を上げる。
そうして現れた顔と目が会い、香奈太は目を見開いた。
一見すると年下に思える幼さを感じる顔。
しかし、目の前にいるのが、同い年の男子であることを香奈太は知っていた。
「ユメ?」
「?うん、おれがユメだよ。どっかで会ったことあったっけ?」
「あー、この見た目じゃわかんないか。カナだよ、おんなじダンスクラブにいただろ?」
「え!?あ!カナちゃんだー!」
「うわ、すげー美人出てきた」
学校からそのまま来たため、香奈太は顔が髪におおわれている状態のままだった。
妹の咲曰くモサモサモード。
顔の半分を隠している前髪をかきあげ、顔が良く見えるようにすると、ユメが大声で叫んで抱きついてきた。
ナイターも違う意味で隣で驚いている。
「カナちゃん久しぶり!カナちゃんが小5で辞めてからだから4年ぶりくらい?というか、ここに来たってことは、カナちゃんがDiAのリーダーになるってこと?」
「ダイア?」
「そうDirectAim略してDiA!まんまだと長いから頑張って考えたんだ!」
「なるほど。ユメの言う通り俺がグループのリーダーになった。俺もユメがメンバーにいるなんて知らなかったから、びっくりしてる」
「やったー!またカナちゃんと踊れるんだ!」
「え、え?どういうこと?」
「カナちゃんはね、昔ウェンヅに入ってたんだよ。ちょうどナイちゃんが来る直前に辞めちゃったんだけどね」
「えー!夜月くんもウェンヅにいたんだ!」
ウェンヅというのは、香奈太が小学生の頃所属していたダンスクラブだ。
子どもから大人まで幅広い年齢のダンサーが所属しており、子どもにダンスレッスンをつけたり、ライブのバックダンサーとして活躍する人もいる。
どうやらナイターもウェンヅに所属しているらしく、ちょうど香奈太と入れ違いだったようだ。
「あ、じゃあ普通に踊れるのか」
「いえ、数年通ってただけですし、辞めてからそこそこ経つんで、全然だと思います」
「えー、カナちゃんなら大丈夫だよー。おれカナちゃんと踊ってる時が1番楽しかったもん」
「それは、数年前の話だろ?というか、着替えるから離れて」
そう言って未だに抱きついてくるユメを引き剥がす。
不満そうに唇を尖らしているが、無視。
部屋の中から繋がってる更衣室に入り、制服から練習ウェアに着替える。
ついでに長い髪を高い位置でひとつにしばる。
いわゆるポニーテール。
ダンスの練習は汗をかくし、長い髪が邪魔かと思ってゴムを持ってきておいたのだ。
おかしくないか確認しようとスマホの内カメを覗き込むと、少し口角が上がっているのに気づく。
知らず知らずのうちに表情筋が緩んでいたらしい。
意識的に表情を無にすると、ロッカーに水筒とタオル以外の荷物と脱いだ制服を入れて鍵を閉めて部屋に戻った。
この日の夜月家にて
香:母さん絶対ユメのこと知ってて黙ってたろ
真:サプライズよ。嬉しかったでしょ?
香:……べつに
真:(素直じゃないわね)
なんて会話があったりなかったり
この度は作品を読んで頂きありがとうございます。
何かしら反応を貰えると作者が喜び、やる気が出ます(*^^*)