3 始まりの日(3)
駅を出て三人で並んで歩く。
人通りの多い商業施設群からどんどん離れて行き、オフィスビルが立ち並ぶようになっていく。
その間にそれぞれ自己紹介を済ました。
やたらと声がいい男の名前は、五十嵐澄令。
高岡と同じ、光崎芸能科の3年生。
普段は声優として活動していると聞いてとても納得した。
出演作品を聞くと、あまりアニメやゲームを見ない香奈太でも知っているような有名な作品も出演あった。
高岡とは、事務所が同じで、幼馴染らしい。
「なあ、お前なんでちょっと離れて歩くんだ?」
「いや、その格好の人と知り合いだと思われるのは、ちょっと」
「しばくぞ、てめえ」
「ふふ、面白い子だね、夜月くんは」
「どうも。それより、今ってどこに向かってるんですか?」
話を聞くだけと言ったので、香奈太はそこら辺のカフェにでも入るのだと思っていた。
しかし、二人に着いて言った先はビルだらけの通り。
ゆっくりできそうな場所など見当たらない。
「僕らの事務所だよ。ほら、もう着いた」
「は?ちょっと、事務所って」
「いいからいいから」
目の前には、フライトプロダクションと書かれた、大きなビル。
あれよあれよという間に、建物に入り、受付を済ませ、とある会議室まで連れてこられてしまう。
受付で止められるかと思ったが、高岡が「学校の後輩です」と言うだけで入館証を発行してもらえた。
セキュリティーどうなってんだ。
そして、なんの説明もないまま、高岡がドアをノックすると中から返事が聞こえてきた。
「どうぞ」
「「失礼します」」
「あら、2人とも早かったわね。まだ、全然揃ってないわ、よ……」
「げ」
部屋の中には、会議室らしく大きめの長机が置いてあり、その最奥、ドアの正面の席に一人の女性が座っていた。
パソコンで何かの作業をしていた女性が挨拶をした二人に反応して顔を上げる。
必然、香奈太の存在にも気付き、目を見開いた。
「え、どうして香奈太がここに?」
「俺が聞きたい」
思わず天を仰ぐ香奈太。
女性は驚きつつも不思議そうな顔をしている。
高岡と五十嵐はわけがわからず、2人を交互に見比べた。
「あの、神崎プロデューサー、夜月くんのこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も、香奈太は私の息子よ」
「え!?」
そう、神崎真桜はフライトプロダクションのプロデューサーの1人であり、夜月家の母である。
ちなみに、神崎は旧姓だ。
結婚前からバリバリ働いていた真桜は結婚後も働くことを望み、香奈太の父・夜月徹が在宅勤務の主夫として、基本的に家の中の家事などを担当している。
みんながやりたいことをやれるって幸せだよね、とは料理や掃除が好きな徹の談。
そして、香奈太はこの部屋で真桜を見つけた瞬間から、嫌な予感がしていた。
夜月家では、できるだけ夕飯はみんなで食べるという決まりがある。
食卓での話題は様々だが、真桜が職場のことを話すことも多い。
そこで、先日話していたのが、新しいアイドルグループのプロデュースを任されることになった、ということ。
もちろん守秘義務があるので詳細は教えられないがまだ色んなことが決まりきっていない、ということも話していた。
そして、香奈太は「頑張り次第で稼げて服をたくさん見れるし着られるバイトがある」と言われて、真桜のもとに案内された。
ということは――
「先輩方、まさかバイトってアイドルとか言わないですよね?」
「お、知ってんなら話が早い。香奈太、DirectAimのリーダーやってくんね?」
「!ああ、そういうこと。確かに、香奈太なら適任だわ!」
「ちょ、母さんまで何言ってんの。まず、そのダイレクトエイムって何?」
それはね、と言って真桜が説明してくれた内容によると、こういうことらしい。
DirectAimとは、フライトプロダクション、通称フラプロが新しくプロデュースするアイドルグループ。
メンバーは、フラプロに所属する各部門の若手を集めてきた精鋭4人。
それぞれが既に別の分野で一定の実績や評価を持っているものたちばかり。
なぜそんな人たちがアイドルをやることになったかというと、完全に事務所の意向らしい。
誰もアイドルとしての経験はなく、また元の仕事を辞める予定もない。
など諸々の事情により、全員リーダーになるのが難しい。
だからといって、リーダー不在では困ったことになるのは目に見えている。
仕方がないので、年齢で決めたなら文句も出にくいだろうと、一番年上である高岡と五十嵐で話し合ってどちらかをリーダーに決めるか、アイドルグループのリーダーをやれそうな人材を連れてこい、と真桜が命令した。
「それでオレらが目をつけたのがお前ってわけ」
「いや、おかしいですって。初対面で俺のどこにアイドル要素を見出したんですか」
「まず、姿勢が整ってる。ほどよく筋肉もついてるし、体幹がしっかりしてるから、傾きもない。何かスポーツの経験があるのかな?」
「発声もしっかりしてるよな。聞き取りやすいし、色気がある。顔も整ってるし、アイドルに必要な要素はそろってると思うぜ」
高岡はほのぼの、五十嵐はニヤニヤとしながら、なぜ香奈太に目を付けたのかを説明する。
香奈太がどこまで本気なのかと胡乱げになってしまうのも仕方ないはずだ。
「そもそも、バイト感覚でアイドルなんかしていいんですか。先輩達みたいな有名人を投入するような、気合の入ったプロジェクトなら、なおさら。俺は芸能科じゃないんで、芸能活動で授業免除されないんですよ」
「香奈太は特待生として入ったから、かなり授業を免除されてたはずよね?」
「う、まあ、そうだけど」
学校を理由にキッパリ断ろうとするも、真桜によって防がれる。
「というか、母さんはいいのかよ。こんなド素人をリーダーに据えるなんて、プロデューサーとして」
「昔から香奈太は芸能活動向いてると思ってたのよね。興味がなさそうだったから母親として言わなかったけど、事務所の人間としては埋もれさすのはもったいないと思っていたの。だから、結弦たちが香奈太をつれてきたのは、渡りに舟って感じかしら」
初耳だった。
真桜がそんな風に思っていたなんて知らなかった。
今まで仕事の話を聞かされることはあっても、誘われたことなど一度もない。
だが、数々の芸能人を見てきた真桜から見れば、香奈太が芸能人に必要な才能を持っていることは明らかだった。
まさに今求めていた人材。
これまでは香奈太が興味がなさそうだったから声をかけなかったが、香奈太は高岡立ちに連れられて、自らこちら側に来てくれた。
そして、母親である真桜はその理由にも見当が着いていた。
「どうせ香奈太のことだから、服に釣られてここまで来たんでしょ?」
「うわ、バレてる」
「やっぱり。いい加減、その服が関わると周りが見えなくなるところ治しなさい」
真桜が呆れたように言った。
色々と自覚があるだけになんとも言えない。
思わず目をそらした先で、五十嵐と目が合う。
「そういや、それまで渋ってたわりに、服の話出した瞬間そっこーでうなずいてたな」
五十嵐に鼻で笑われた。
香奈太は、少しイラッとしたが、どうせバレているのならと開き直る。
「たしかに俺は服目当てできたし、アイドルの衣装にも興味はあるけど、自分で服作る時間が減るのは嫌なんですよ。アイドルって色々レッスンとかあるんでしょ?インプットできても、アウトプットする時間が減っちゃ意味が無い。ってことで、母さんも諦めて」
「あら、私はこのプロジェクトの全てを任されているプロデューサーよ?」
「だから?」
「衣装の依頼先を決める権限も当然持ってる」
「!」
つまり、グループの衣装を香奈太に任すことも可能だと、真桜は言っているのだ。
それは非常に魅力的な提案に思えた。
別にアイドルの衣装のような服を作ること自体は、勝手に自分で出来る。
着る機会がないため、これまで作らなかっただけで。
それより大切なのは、香奈太が作った服をアイドルが着る、ということ。
大手芸能事務所が新しく作るアイドルグループが着ている衣装となれば、当然注目される。
特に、ファッション業界の人へのいい宣伝になるはずだ。
そうすれば、香奈太の夢であるファッションブランドの立ち上げに一歩近付くだろう。
「……予算は貰えるんだよな?」
「もちろん。なんなら、依頼って形をとるから報酬が出るわ」
「……ちなみに、アイドルにはならず衣装だけ作るっていうのは」
「ダメ。本人が作った衣装を着ているっていう話題性を兼ねてだもの。じゃなきゃ、無名のデザイナーなんて採用できないわ」
「ですよねー」
「で、どうする?リーダー引き受けてくれるかしら?」
頭の中でメリットとデメリットを天秤にかける。
自由な時間をとるか、宣伝の機会をとるか。
「俺は――」