15 急変(2)
「よし、じゃあ、さっきのとこの続きからいこうか!」
「はい!」
「「「「「……え?」」」」」
練習の再会を告げるナイターの声に元気に答える声が部屋にひびいた。
それ自体は、何一つおかしなことではないが、その声を発した人物が問題だった。
「えっと、シーちゃん?」
「どうしたんだい、ユメ?それに皆も」
「いや、お前がどうした。なんで急にそんな元気になってんの。怖えよ」
不思議そうに首を傾げる柊に、五十嵐がすかさずつっこむ。
当の柊は何を言われているのか、よくわかっていない様子。
だが、口調だけでなく、その雰囲気も普段の柊とは似ても似つかなものになっている。
はきはきした話し方に、まっすぐ伸びた背筋、ぱっちり開いた目。
きっと、元の柊を知らなければ、なにかスポーツでもしている爽やかな好青年だと思うことだろう。
それほど、今の柊は自然体だった。
だからこそ、急な変化が違和感でしかない。
「俺は別にどうもしてないよ。皆も特に問題がないなら、早く練習をしよう!時間は限られてるからね。ほら、ナイターさんも」
「う、うん。そうだね、正直違和感はすごいし滅茶苦茶気になるけど、シレくんがそういうなら、始めようか」
まだ周りの困惑は抜けきらないが、本人は1ミリも気にしていない。
時間に限りがあることもたしかなので、とりあえず練習を再開する。
しかし、そこでもまた、柊に驚かされることになった。
特に、ダンスに通じているナイター、ユ㐅、香奈太は目を疑った。
先ほどまでと踊り方がまるで違うのだ。
軽やかでとらえどころのなかった動きが、エネルギッシュではつらつとしたものになっていた。
普通本人も意識できないような小さな癖までもが、まるで別人のように変化してしまっている。
(なにがどうなってるんだ?)
柊以外の全員が戸惑いつつも、時間は流れていき、その日の練習が終わる。
「じゃあ、今日のレッスンはここまで!一応これでこの曲の振りつけは、フォーメーション含めて終わりだよ。次のレッスンからはまた新しい曲に入るから、こっちのブラッシュアップは自分たちでも進めといてね」
「ありがとうございました!」
「う、うん。じゃあ、お疲れ様」
気にする様子を見せつつも、そう言い残してナイターは部屋から出ていった。
全員で礼をしてそれを見送る。
ガチャ、とドアが閉まり頭を上げたあと、即座に柊以外の4人がお互いをうかがう。
そして始まる、無言の押しつけあい。
笑顔で全く譲る気のない高岡に、こちらもひたすら嫌そうな顔で訴えてくる五十嵐。
ユメはそんなふたりと香奈太を交互に見てはおろおろしていて、頼りになりそうにない。
しかたなく香奈太が部屋の端で休んでいる柊に近付いていくと、3人もそれぞれ片付けなどに動き出した。
だが、聞き耳て立てているのが丸分かりである。
「あー、シレくん。ちょっといい?」
「なんだい、コナタ?」
「その、休憩の時、なんかあった?」
「なにか、とは?休憩の時はコナタもずっと一緒にいただろう?」
「そうだけど、そうじゃなくって」
相変わらず、こちらの戸惑いを欠片も理解して無さそうな様子で、柊が首を傾げる。
その仕草は、本当に自然体で、わざとやっているようには見えない。
そもそも、柊がそのようないたずらをするとは思えなかった。
だからこそ、どう聞いていいものかわからない。
諦めて、直球で聞いた方が早い気がする。
「自覚ない?」
「なにの?」
「いつもと全然雰囲気違うけど」
「もしかして他のみんなもそう感じているのかな?」
柊が部屋を見回すと全員が大きくうなづいた。
近くで何気なくスマホをいじってる風を装っていた五十嵐や、そわそわしてるのを隠せず歩き回っていたユメが、ようやく体をこちらに向ける。
部屋の端のカメラをとりに行っていた高岡も、電源を切りながら近づいてきた。
「そうだね、さっきの休憩が終わった時からかな。何か心当たりは?」
最初に香奈太に押し付けたのはなんだったのか。
何事もなかったかのように、高岡が会話に加わってくる。
リーダーなら上手に聞き出してくれるかと思ったけど、思ったより直球で言ったから諦めた、とは高岡の談。
「……ない」
「は?」
「え?」
「戻った?」
「……?」
そして、再びの柊の急変。
少し眠そうな目や独特なテンポで言葉少なに返される返事など、香奈太たちが知る柊になる。
特に何かきっかけとなることがあったようには感じられなかった。
心当たりがないと言いながらのこの変化に、やはり揶揄っているのかと、4人が柊を疑って見る。
しかし、なおも柊に変化の自覚は無いようで、何故見られているのかを不思議がっているようだった。
「二重人格?」
「それなら、自覚がなかったり記憶が引き継がれてのはおかしくねえか?あんま詳しくないから分かんねえけど」
「シーちゃんは今なんか変わった感覚あった?」
「……力が、抜けた?」
「力が抜けた?」
「え、じゃあさっきのは、やる気モードだったってこと?」
「……?」
色々と可能性をあげていくが、どれもしっくりこない。
やはり、何がきっかけで切り替わったのかだけでも分からないと、本人も把握してないことを解明するのは難しい。
なにかヒントになるものはないか、と周りを見ると、高岡がなにか考え込んでいた。
「結弦くん、なんか分かった?」
「いや、さっきのシレくんの様子をどこかで見たことがある気がして……」
「あ?前にも練習でこうなったことあんのか?」
「いや、練習のときではなかったと思うんだけど。いつ見たんだったかな?」
以前にもああなったことがあるのなら、なにか分かることがあるかもしれない。
期待の目を向けて待つことしばらく。
高岡がパッと顔を上げた。
「あ、わかった、王恋の弟くんだ」
「誰だよ」
「王様早瀬は恋に勝てないっていう、春からやってるドラマがあるんだ。それにシレくんが、ヒロインの弟役として出てるのだけど、それがまさにさっきのシレくんのまんまなんだよ」
聞くところによると、4月から始まったドラマに柊が出ているらしい。
人気少女漫画家が脚本を担当したとかで、話題になっていたドラマだ。
ストーリーとしては、地味だけど芯の強い女の子が、弟の先輩で俺様な年下の男の子と恋に落ちる。
もっと間に細かい恋の駆け引きなりなんなりがあるらしいが、特に興味もないので割愛。
それよりも、柊はドラマの中で、ヒロインの弟を演じている。
設定としては、ヒーローからサッカー部のキャプテンを引き継いだ人気者。
校内人気はヒーローと1位2位を争うほどモテるが、彼女に一途、といういかにもなヒーローの親友ポジションだ。
「よく知ってたな」
「話題になってたし、シレくんが出てるって聞いたから、少しだけね」
「シーちゃん、サッカー上手なの?」
「……ううん。ドリブルとシュートだけ永遠に練習させられた」
その時のことを思い出したのか、柊の空気が重くなる。
だんだん話が逸れてきたため、話の軌道を修正するべく口を開く。
決して面倒くさくなったわけではない。
「で、結局、さっきのは急にその演技をし始めたってことなの?」
「うーん、僕にはそう見えたかな。演技と思えないほど自然体ではあったけど」
「まあ、そこは本職の力ってことなんじゃねえの?なんで急に演技し始めたのかは謎だけどな」
「……演技してた?」
「やっぱ自覚ないんだな」
「ねえねえ、じゃあさ、休憩のときを再現してみようよ!」
「……再現?」
「うん!そうしたら、どのタイミングでシーちゃんのスイッチが入ったかわかるんじゃない?」
ユメの提案で、全員で休憩時間の再現をしていく。
といっても、智和もナイターもいないし、何かを話してたかなんて、人間そこまで詳細に覚えてなどいない。
真剣なのかふざけているのか微妙なまま、全員なんとなく思い出しながら動いているだけだ。
だが、ある瞬間、本当に柊のスイッチが切り替わった。
「もしかして、シレくんが急変したのって――」
この度は作品を呼んで頂きありがとうございます。
何かしら反応を貰えると、作者が喜びやる気が出ます(*^^*)
ストックが切れたので、更新頻度が下がるかもしれないです