14 急変
「1、 2、3、4、5、6、7、8!……うん。いい感じだね。きりもいいしちょっと休憩にしようか」
ナイターの合図で各々壁に寄せてあるタオルや水筒を取りにいく。
香奈太も水筒の蓋を開け、喉を潤した。
「ユメくんはさすがとしかいいようがないけど、恋那丹くんもダンス上手だねー」
「でしょ?恋那ちは小学生の時おれと同じダンスクラブにいたんだよ!」
「あ、やっぱり経験者なんだね。僕は初心者だから、ユメくんたちのようになかなか格好よくできないなあ」
横で汗を拭いていた高岡が香奈太を褒めると、ユメがそれに乗っかっていく。
休憩の時間だと言うのに、ユメは力が有り余っているのか、はねるように動いて元気いっぱいだ。
そんなユメを横目にタブレットを手に取り、壁に背をあずけて座り込む。
「うーん、ゆづくんは背が高くて手足も長いから、大きくゆったりと動いた方がはえると思うな」
「大きく、ゆったり……」
「指先を意識すると良いかも!」
ユメの言っているように、高岡は長い手足を活かしたダンスがよくあうだろう。
今はまだ初心者感が抜けず持てあましているようだが、動きに慣れてくればダイナミックな動きができるようになるはずだ。
ならば、衣装もそれにあうものでなくてはいけない。
高岡のダンスを脳裏に思い浮かべながら、ペンを走らせる。
(下は細身のズボン。ダメージ入ってるといいな。上は動きに合わせて流れるように、コートを長くして。袖も合わせて緩めに、いや、長く見せるならスッキリしてた方がいいか。手袋つければグッとしめれる。指先のシルエットはすっきりさせたいから、指抜きにして。靴はブーツがいいな。イメージはガンナーの格好。ベルトとかもそれに合わせてつけるか。中をシャツとネクタイにすれば、結弦くんの真面目そうな雰囲気に合うだろ。メンカラはシャツの色にするか)
2人の会話に興味をもったのか、五十嵐が近付いてくる。
タオルを首にかけたまま、どさっと腰を下ろして、とびはねているユメを見上げた。
「オレもダンスとか学校の体育ぐらいでしかやったことねぇから、いまいちよくわかんねえだよな」
「すみくんはねー、多分リズム感が良いと思うんだ。筋力もあるから、勢いをつけながらしっかりと拍子に合わせて踊れてるよ。滑らかさを意識すると、動きに抑揚がついてもっと良いと思う!」
「へー」
五十嵐は筋トレが趣味というだけあって、かなり体格がいい。
練習着からのぞく二の腕や腹筋なども引き締まっていて、しっかり鍛えられてるのがわかる。
そのおかげか、ダンスでも動きにブレがなく、激しい動きの後でもピタリと止まることできていた。
(うん、元のイメージとほとんどずれもないし、やっぱりあの筋肉を見せない手はないから、上はシンプルにタンクトップ。下はダボッとしたゴツめのカーゴパンツでシルエットを分ける。鎖とかがジャラジャラになっても、澄令くんの筋力なら大丈夫だろうしいっか。アクセは、太めのネックレスか、ドッグタグかどっちのがいいか。靴も厚底のゴツイので合わせたいよな。メンカラはベルトかな)
「……それ、誰の衣装?」
「澄令くん」
「……タンクトップなんだ」
「澄令くんは筋肉がすごいから……って」
無意識に質問に答えていたが、パッと顔を上げると柊が真横で香奈太のタブレットを覗き込んでいた。
その距離が思ったより近くて、思わず石のように固まる。
柊は香奈太の様子に気づいているのかいないのか、マイペースにタブレットを指さしている。
「……こっちは?」
「……」
「……?コナタ?」
「あ、ああ。そっちは結弦くんの」
返事をしない香奈太を不思議そうに見る柊。
その瞳と目が合って我に返り、質問に答えた。
柊は特に気にしていないようで、再びタブレットに視線を戻している。
「……今考えたの?」
「一応。元々案として考えてたのを、踊ってる様子をみて組み合わせたり、修正したりした感じ」
「……ふーん。ぼくのは?」
「え?」
「ぼくのも見たい」
再び柊の瞳が香奈太の姿をとらえる。
その視線からはなんの感情も見つけ出すことはできなかった。
だが、もとより全員分のデザインを出すつもりだったので、誰の分から描こうと問題はない。
香奈太は新しいページを開いて、柊のダンスを思い出す。
柊のダンスは良く言えばなめらか、悪く言えばキレがない。
同じ振り付けを踊っているはずなのになぜか柊が踊ると、どこかふわふわとして軽やかになるのだ。
それは個性だし治した方がいいとも特に思わないが。
衣装を考える上では、重要な要素でもある。
(あの動きを活かすんだったら、柔らかくて薄い生地がいい。いっそ上は透けさせるか。中にメンカラの白っぽいノースリーブ。袖はないけど首まで覆われてるやつ。その上にシースルーの黒っぽい長袖を重ねる。下は艶のある生地のガウチョパンツ。全体的にゆるっとしたシルエットにして。靴は短めの編み上げブーツでちょっと可愛いさを出したいな)
元々考えていたデザインに、実際に動きを見たイメージを加味して変更を入れつつ、描きあげていく。
その様子を柊が横からじっと眺めている。
正直、そこまで見られると描きにくいのだが、心做しか柊の瞳が煌めいている気がして、口に出すことはしなかった。
「細かいとこはまだだけど、大体こんな感じかな。どう?」
「……」
「何をしてるんですか?」
突然上からかけられた声に顔を上げると、マネージャーの智和がすぐそばに立っていた。
いつのまにか、レッスン室に入ってきていたようだ。
「智和さん、こんにちは」
「恋那丹くん、シレくん、こんにちは。それで、おふたりは何をお話していたんですか?」
「デビュー用の衣装のデザインを描いてただけですよ」
そう言いながら、智和にタブレットの画面を向ける。
感心したようすで智和が見るが、香奈太にはそれよりも気になることがあった。
「智和さん、そのカメラって」
「そうそう。恋那丹くんが言ってたのって、こういうのであってます?」
香奈太が見ていたのは、智和が持っていた小型カメラだった。
手渡されたそれを、くるくるまわしながら観察する。
握りやすいようにグリップのついた持ち手に、その先端についている小さなレンズ。
簡単に持ち歩けて手ぶれが少ないと評判のカメラだ。
「……カメラ?」
「そう。オールムーブ用の動画を撮るのに使えないか智和さんにお願いしてたんだよ」
「たしかテビュー準備期間から裏側を撮影しといて、デビュー後に出すんでしたよね?」
「はい。あんま表に出ない裏側とか、軌跡とか好きな人は多いので。特に俺以外の4人は元の知名度も高いし、需要はあると思います」
チャンネルの企画を真桜にまかせられて、何をしようかとなったとき、まず普段のようすを動画にしてみようと考えたのだ。
妺の歌い手のチャンネルでも、収録や撮影の裏側の動画は人気だ。
また、別途撮影の時間を取らなくていいのも、個人の仕事も学校もあってそろうのが難しい香奈太たちにとって都合がよかった。
「デビューした後は、SNSのアカウントを作って貰うので、日常もファンの方と共有できるんですけど。デビュー前の様子はなかなか知る機会ないですもんね」
「早速使ってみようか。ちょっと、そっちの3人もいい?」
「どうした?」
別で話していた五十嵐たちに声をかけると、すぐにこちらによってきてくれた。
簡単にオールムーブで使う動画を撮る旨を説明する。
「へー、じゃあ、これから練習中はずっとカメラ回しとくってこと?」
「いや、ずっとだとすごい量になるし、同じ絵面は何個も必要ない。まあ、思い出したら休憩中とかに動画撮っといて。その時はスマホでもいいし」
「そのカメラは使わないのかい?」
「使ってもいいけど、これは主に手ぶれが酷そうな時用だな。今のとこ使う機会あるかわかんないけど。とりあえず今は、動作確認も兼ねて、これ使う」
手を差し出してねだるユメにカメラを渡しながら、高岡に言葉を返す。
「みんなー、そろそろ練習再開してもいいかな?」
「あ、ナイターさんすみません。このカメラだけ設置していいですか?」
「いいよー」
いつの間にか休憩時間が終わっていたらしく、慌ててユメからカメラを取り返し、部屋全体を撮影できる場所に置く。
「よし、じゃあ、さっきのとこの続きからいこうか!」
「はい!」
「「「「「……え?」」」」」
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