10 夜月家訪問(3)
ギリギリセーフ(?)
「最後はプロフィールな」
「そのプロフィールって何に使うやつなんだ?」
「公式ホームページに載せるらしい。項目は決まってるから、見ながら決めて。全部終わったら、まとめてグループチャットに送って」
しばらくそれぞれ黙々と打ち込む時間が続く。
しかし、ふと高岡が顔をあげて口を開いた。
「そういえば、香奈太くんは学校でアイドルをやることを公表するつもりなのかな?」
「いや、基本的に隠すつもりだけど、なんで?」
「だったら、芸名を作った方がいいと思うよ。特に夜月くんは、入学式で名前を全校生徒に聞かれてるしね」
「あんなの覚えてる人なんかいないとは思うけど、クラスメイトには普通にバレるか」
光崎高校には芸能科があるため、他の学校に比べれば芸能人に慣れているが、クラスメイトというのはまた違う。
これで香奈太が普段からクラスの中心にいるような存在であれば話題が1つ増えるだけだが、未だに香奈太は大地以外のクラスメイトとはあまり話したことがない。
そんな状態でバレたら、周囲も香奈太も微妙な距離感を測るのに疲れるだけだ。
香奈太は別に人付き合いが苦手というほどでは無いが、1人で過ごすのも苦ではないし、友人は少人数でいいと感じる派だ。
アイドルという人気商売をやる割に、人気者になりたい、目立ちたいといった欲求が薄いのである。
「……?」
「どうした?」
「……入学前審査は?」
「そんなのなかったけど」
「……?」
ふと顔を上げた柊が首を傾げているのに気づいて、香奈太が問いかける。
柊は素直に疑問を口にした。
しかし、なんだか会話が噛み合って居ない気がする。
二人して首を傾げている様子を見ていた五十嵐が、なにかに気づいて口を開いた。
「もしかして、お前香奈太が芸能科だと思ってんのか」
「……違う?」
「こいつは普通科だぞ。だから、隠すっつう選択肢があんだよ」
「……リーダーなのに?」
「決まったのが入学式のときだからな。学校ではバイトってことにしてる」
「それはオレも知らなかったわ。リーダーがバイトってやべえな」
「最初にそう言って誘ってきたの澄令くんでしょ」
ケラケラ笑う五十嵐に思わず半眼になる。
しかし、どうやら柊は香奈太も芸能科にいるのだと勘違いしていたらしい。
香奈太は香奈太で、芸能科は入学前審査があることは知らなかったので、驚いている。
よく考えたら、学校側もある程度把握していないと、授業の進度や免除に困るから、当然ではあるのだが。
「……?でも顔でバレる」
「あー。入学式で新入生の代表挨拶してたもっさい奴いただろ?」
「……入学式、撮影で出てない」
「じゃあ、わかんねえか。こいつ、学校では髪ぼさぼさにして顔の大半隠して、モブになりきってんの。擬態完璧すぎて笑えるぜ?」
「その後すぐ見抜いた人が何言ってんだか」
「……見てみたい。でも、なんで?」
「昔色々あったんだよ。顔隠すぐらいで静かに過ごせるなら十分だろ」
「まあ、僕たちも普通科だと騒がしくなりそうだと思って、芸能科のある学校を選んだから、気持ちはわかるよ」
柊は納得したのかそれ以上、聞いてくることはなかった。
これからも学校から直接レッスンにいくことが多いと思うので、見る機会はあるだろう。
全体練習を増やしていくと真桜も言っていたので、その機会は割とすぐに来そうだ。
「でも、芸名か。別になんでもでいいんだけど。シレくんはどうしてその名前なの?」
「……音読み」
「ん?ああ、梓がシ、玲がレ、か。名字は?」
「……梓が木の名前だから、知ってる木の名前にしただけ」
「ふーん、特に意味はないんだ。でも、元の名前からもじるのはアリだな」
「でもそれだと学校の人にバレるリスクは高くなっちゃうよ?」
結局全員が手を止めて、香奈太の芸名について話し始めてしまった。
個人の話なのでここですぐ決めなくてもいいのだが、今後最もその名前を呼ぶことになるのがメンバーなので、まあいいか、と思い直す。
一緒に考えた方が印象に残って、間違えて本名で呼ぶことも減るかもしれない。
「じゃあ、反対の意味にするっていうのはどうだろう?例えば、夜を朝、月を太陽にして、朝陽とか」
「なるほど、それいいな」
「いいじゃん!その場合、名前はなんだろ?かなたの反対だよね?」
「遠くの方って意味の反対なら、此方だな」
「うーん、あんま人の名前っぽくない、かも?」
「いや、いるみてえだぞ。この字とか、香奈太っぽいんじゃね?」
五十嵐がそう言って見せてきたのは、名前検索サイトの画面。
書かれていたのは、恋那丹という漢字。
「へえ、おしゃれとか色彩って意味があるんだ。香奈太くんにぴったりじゃない?」
「字も可愛いね!」
「朝陽恋那丹、か。陽キャ感すごいな。俺にあうか?」
正直、香奈太はオシャレをすれば雰囲気は変わるが、社交的な性格ではない。
根は真面目だが、興味があることとないことがはっきりしていて、割と対応に露骨に差が出る。
それに、顔も美人系で、明るくはつらつとした感じはない。
今はまだ成長期の途中なので多少幼さが残っているが、これから成長していけば色気が増していくだろう。
どちらかというと妖艶という言葉が似合う、朝とは真逆の雰囲気になりそうな予感がしている。
喋り方が基本的にダルそうに聞こえるのと、あまり表情が動く方ではないのも、ダウナーな雰囲気に拍車をかけていた。
「ギャップがあるってのもいいと思うよ。それに、香奈太くんも、大勢の人の前にそのままでは出ないだろう?」
「まあ、さすがにもうちょいテンションあげるだろうけど。キャラ作るつもりもないぞ?」
「無理なキャラ付けはいつか壊れるからそれでいいと思うよ」
「そういうもんか。じゃあ、俺の芸名は朝陽恋那丹ってことで。事務所でもそっちで呼んでもらったほうがいいよな?」
すでにメンバーやレッスンの先生には本名を名乗っているので今更感もあるが、事務所には外部の人間がいることもある。
香奈太は身バレ防止のために、芸名が芸名であることを公表するつもりもないので、本名がバレるリスクはできるだけ減らした方が良いだろう。
「そうだね」
「てことで、間違えないよう、よろしく。特にユメ」
「え、なんでおれ!?」
「お前が一番やらかしそうだし。事務所の時もだけど、逆にクラスに来た時に芸名で呼ぶなよ?」
「大丈夫!学校モードの時はカナちゃん、アイドルモードの時はこなちって呼ぶから!」
「……あだ名で大丈夫になるの?」
香奈太の芸名も無事決まったので、各々のプロフィールに戻る。
項目もそこまで多くなかったので、10分ほどで全員分のプロフィールがグループチャットに送られてきた。
「ん、全員ちゃんと全部答えてあるな」
「へー、ゆづくんが辛党で、すみくんが甘党なんだー、意外!」
「ゆづくんとすみくんって僕と澄ちゃんのこと?」
「そうだよ!」
急激な距離の詰め方に高岡が驚いた顔をしている。
今日の午前中までは、苦手なため適当だったとはいえ、一応敬語で話していたのだから、無理もない。
ただ、ユメはこういうやつなのだ。
人の懐に入るのがとにかく上手い。
そしてあっさり仲良くなった判定を出して、あだ名をつけるのだ。
香奈太も、ダンスクラブで出会ったその日にはあだ名で呼ばれていた。
「ふふ、なんか新鮮だね。じゃあ、シレくんのあだ名は何なんだい?」
「シーちゃん!」
「……初めて聞いた」
「うん、今初めて言った!」
この度は作品を呼んで頂きありがとうございます。
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