1 始まりの日
新連載ですʔ•̫͡•ʔ
「みんな、今日は来てくれて本当にありがとう」
マイクを通して響いた声に応えるように、一斉に歓声が上がる。
見渡す限りに並んだ人々が、それぞれペンライトやうちわを全力で振っているのが見えた。
その一つ一つを目に焼き付けていく。
「俺一人では、絶対にここまでこれなかった。本気でぶつかり合ってくれたメンバーのみんな、この世界に引き込んでくれたプロデューサー、そばで見守り支えてくれたマネージャーやスタッフ、そして、俺らを見つけ応援してくれたファンのみんな。俺をここに連れてきてくれた全ての人に、最大級の感謝を」
ゆっくりと頭を下げる。
また歓声が上がった。
こんなにもここが自分にとって大切なものになるなんて、想像もしていなかった。
思わず目頭が熱くなる。
だが、最後は笑顔で終わりたい。
なんとか表情を整えて、頭を上げた。
「最後の曲です、聞いてください――」
***
薄暗い部屋にガタガタとなるミシンの音が響く。
カーテンの隙間から光が差し込み始めた頃、不意に静寂が訪れ、パチンと糸切りばさみがなった。
「よし、出来た――」
「おーい、かなくん?そろそろ起きないと入学式遅れちゃうよ?」
「え、もう朝?やっば」
慌てて糸くずをはらい落とし、結んでいた髪の毛を下ろす。
部屋着を脱ぎ捨てて壁にかけておいた服に着替える。
ふと横を見ると、部屋にある全身鏡に新品の制服を着た長身の男が映り込んでいた。
きっちり首元で結んだネクタイを引っ張って崩すと、一つ頷いてカバンを持って部屋から出た。
ドアにかけられた香奈太と書かれたネームプレートがゆらゆらと揺れる。
リビングに顔だけ出して洗い物をしている父に声をかける。
「おはよう。あと、もう出るわ、父さん」
「あ、おはよう。朝ごはんは?」
「ごめん、時間ない」
「もう。ほらこれなら歩きながら食べれるでしょ?はい、行ってらっしゃい。帰りは一緒に帰ろうね、写真撮りたいし」
「りょーかい。ありがとね」
その時、ドアの開く音がして妹の咲が洗面所から出てきた。
きっちりツインテールにしている咲は、兄の贔屓目なしに可愛い。
実際、昨日、新学期初日にしてクラスの男子から告白されたらしい。
心に決めた人がいるとか言って断ったみたいだが。
「え、お兄そんな髪型で入学式行くの!?」
「そうだけど、なんだよ」
「第一印象ってすごい大事なんだよ!?そんなモサモサヘアーで行ったら、3年間陰キャモブ確定になっちゃう。ただでさえ、光崎は芸能科もあるから意識高い人が多いのに」
「いいんだよ、別に。高校では目立つつもりもないし、俺は服を作る時間がとれればそれでいいの」
そう、香奈太はとにかく色んな服が作れればそれでいい。
わざわざレベルを落として光崎に入ったのもそのため。
光崎は家から歩いて15分の場所にある。
授業が終わったらすぐに帰れるし、駅にも近いから人間観察をしに行くのも楽。
人間、というよりも人のファッションを観察すると、いろいろな発想が出てきやすいので、香奈太はデザインを考えるときによく人間観察をしにいく。
光崎は色々な面で香奈太にとって都合が良かった。
「うぅ~、まぁ、お兄がいいならいいけど。あ、そうだ、この前録った歌ってみた、今日の午後にあげるから。すごいいい感じになったから、絶対聞いてね」
「あぁ、あの地味に難かったやつ。わかった。じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃーい」
***
「春の花が咲き誇る暖かなこの日に、このような式を開いていただいたこと、感謝申し上げます――」
国歌斉唱や校長先生のありがたいお言葉の後の、使い古された代表挨拶。
誰も聞いてなどいない。
香奈太が不自然じゃない程度に原稿から顔を上げて体育館全体を見渡すと、咲が言ってたように、芸能科以外もやたらキャピキャピしたのが多く見える。
言葉を選ばずに言うのであれば、頭良さそうなのがあんまいない。
中学では上の下ぐらいだったと自負する香奈太が新入生代表挨拶を任されているくらいなのだから、わかっていたことではあった。
つつがなく挨拶を終えて、自分の席に戻る。
「散るのが例年よりも早かった桜も、新緑をつけ始めたこの日に、新入生のみなさんを迎えられたことを嬉しく思います――」
香奈太の挨拶の次は、在校生の代表挨拶。
やたら顔のいい男が壇上に登る。
ああいう人に香奈太の作った服を着てもらいたい。
どんなデザインが似合うだろうか、と挨拶を半分聞き流しながら見ていると、ふと笑顔を浮かべた男と目線があった。
「「「キャー!!!」」」
突然周りに座っていた女子から歓声が上がる。
ビクッとなって周囲を見ている間に挨拶は終わり、男は舞台から降りていった。
(……ああ、どっかで見たことあると思ったら、あれモデルの高岡結弦か。なんか、目があった気がしたけど、気のせいか?というか、徹夜の頭に女子の歓声はきついな)
そのあとは淡々と式は終わり、今後の予定をクラスで軽く説明されて、その日は解散となった。
入学式々場と書かれた看板の前で父に写真を撮られて、家に帰った。
***
家で昼食を食べたあと、自室のクローゼットを開ける。
そこには、大量の服、服、服。
その中から、黒いダメージジーンズと白のパーカーを選ぶ。
髪の毛は、綺麗にすいてから片側を編み込みにし、反対側で緩く結んで前に流した。
小ぶりなネックレスとカラコンもつけたら準備完了。
「あれ、かなくん、出かけるのかい?」
「ん、駅でネタ探し。夕飯までには帰るよ」
「そう、いってらっしゃい」
駅前には噴水と広場があり、待ち合わせの定番となっている。
その噴水が見える位置にあるベンチが、香奈太のお気に入りだ。
空いていたそのベンチに座り、トートバックからタブレットを取り出す。
そして、待ち合わせている人々のファッションを観察しながら、思いついたデザインをタブレットにスケッチしていく。
これが香奈太が自分で服を作るようになってからの、定番の過ごし方のひとつなのである。
この度は作品を読んで頂きありがとうございます。
何かしら反応を貰えると作者が喜びやる気が出ます(*^^*)