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続四物語  作者: 六散人
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壱 草人 その二

それから数日間は、エイタロウさんは普段通り野良仕事に出て、普段通り家でお酒を呑むという生活をしておられたようです。

そんなエイタロウさんに、ある日を境に変化が起きました。


家から一歩も出なくなってしまったのです。

手入れをしないので、田畑も荒れ放題になっていきました。


異常に気付いた近所の人が家を尋ねると、具合が悪いというだけで、布団に潜り込んで顔も見せなかったそうです。

当時村と街を繋いでいたのは、一日に朝夕二本しか通らない乗り合いバスだけでした。

ですので、医者に診せようと思っても、そう易々とはいかなかったのです。


そのうち夜になると、エイタロウさんの家から、唸り声が聞こえるようになりました。

私の家は、エイタロウさんの家からは少し離れていたのですが、それでも聞こえるくらい、大きな声でした。


村人からの苦情が相次ぎ、村長と村の大人が数名連れ立って、エイタロウさんを訪ねたのですが、以前のエイタロウさんからは想像できないような物凄い剣幕で、追い返されてしまいました。


そしてとうとう、その夜が来てしまいました。

人々が寝静まった村中に、身の毛もよだつ唸り声と、女の人の悲鳴が響き渡ったのです。


私はあの夜のことを、七十年以上たった今でも、鮮明に記憶しています。

私が両親に続いて家を出た時には、村中が騒然となっていました。


村の人々が、何か大声で喚きながら、逃げまどっていたのです。

そして獣のような咆哮が、こちらに近づいてきました。


エイタロウさんでした。

両手に血まみれの鎌を持って、逃げ遅れた人々に切りつけながら、近づいてきます。

その顔は、以前の優しい面影は微塵もなく、鬼の形相そのものでした。


両親は私を抱えて家の中に逃げ込みました。

そして私を納戸に押し込むと、奥に隠れて、絶対外に出るなと念を押したのです。


父親が納戸の戸を閉めた途端、家の中にエイタロウさんの咆哮が響き渡りました。

余りの怖さに、私は両耳を塞いで、納戸の隅で震えていることしか出来ませんでした。


どれ程の時間が経ったでしょう。

既に家の中は静まり返っていました。


私はどうしようかと散々迷った挙句、少しだけ納戸の戸を開けてみることにしました。

中から覗き見た家の中には、色々なものが散乱していましたが、人の気配はありませんでした。


そして意を決して納戸の外に出た私の眼に、血まみれになって倒れ伏している両親の姿が飛び込んできました。

思わず私は叫び声を上げそうになりましたが、咄嗟に手で口を塞いで、何とか耐え忍びました。

エイタロウさんに聞きとがめられるかも知れないと、咄嗟に思ったからです。


私は泣きそうになるのを必死で堪えながら、玄関の引き戸を少し開けて、外の様子を確認することにしました。

外も家の中同様に、静まり返っていました。


家々に囲まれた村の広場には、エイタロウさんが、私の方に背中を向けて、1人でポツンと立っていました。

その足元には、誰かが倒れていました。


何故かエイタロウさんは、その人をじっと見降ろしています。

しかし私の眼は、エイタロウさんの首の後ろに貼り付いている物に、くぎ付けになりました。


草人(そうじん)』でした。

『草人』は、くねくねと動いているようでした。


その時、何故私がそんなことをしようと思ったのか、今でも思い出すことが出来ません。

両親を殺されて悔しかったのか。

優しかったエイタロウさんが、鬼のようになってしまったことが悲しかったのか。

多分、その両方共が理由だったのかも知れません。


私は背後からエイタロウさんに忍び寄ると、首に貼りついた『草人』を引き剝がして、一目散に駆け出しました。

向かう先は、鎮守の社でした。

社の御神灯は御神火を移したものでしたので、それで『草人』を焼こうと思ったのです。


私が走っている間、手に持った『草人』は、うねうねと動いて必死で逃れようとしていました。

背後からは、エイタロウさんの吠える声が追ってきます。

子供の足でしたので、もう少し遅ければ、追いつかれていたかも知れません。


必死で境内に駆け込んだ私は、御神灯の点った石灯籠に『草人』を突っ込みました。

『草人』はメラメラと音を立てて、燃え上がりました。


そしてその時、エイタロウさんが、とうとう私に追いついてしまいました。

エイタロウさんは鬼のような形相で私を睨みつけ、両手に持った鎌を振り上げます。


私は咄嗟に、手に持った『草人』をエイタロウさんに投げつけました。

すると『草人』の火は、瞬く間にエイタロウさんに燃え移ったのです。


全身火だるまになったエイタロウさんは、地面を転げまわりながら、身の毛もよだつような叫び声を上げていましたが、やがて動かなくなりました。

私はその一部始終を、身動きすらできずに、じっと見ていたのです。


やがて生き残った村の人たちが社の様子を見に来て、無残に焼けたエイタロウさんの前で、呆然と立ち尽くしている私を見つけました。

その後のことは、未だにはっきりと思い出せません。

ただ当然のことながら、世間は大騒ぎになったようです。


恐らく皆様の中にはご存じの方もいらっしゃると思いますが、これが七十年前に世間を騒がせた事件の顛末なのです。

ただ世間には『草人』のことなど一切世間に公表されず、狂った一人の男が、大勢の村人を殺害して、焼身自殺したと伝えられているようです。


両親を亡くした私は、その後親戚に引き取られて育ちました。

あれ以来村には、一歩も足を踏み入れておりません。

もっとも、事件の後間もなくして、村自体が無くなったそうなのですが。


事件を思い出すたびに、思うことが一つだけあります。

あの『草人』は、それまでの長い間に焼かれ続けてきた、すべての『草人』の怨念を、一身に背負っていたのではないかと。


考えてみれば、人の都合で災厄を負わされて、最後は焼かれてしまうなど、とても惨い話ですからねえ。

皆さまは、どう思われますか?


さて、私の話はここまででございます。

婆の詰まらぬ思い出話に、長々とお付き合い下さり、誠にありがとうございました。

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