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続四物語  作者: 六散人
2/12

壱 草人 その一

私の名はキヨと申します。

見ての通り、老い先短い婆でございます。


私が生まれ育った場所は、中国地方の山深い集落でした。

冬に雪が積もれば易々と道が塞がれ、孤立してしまうような、そんな寒村でした。


山に囲まれた狭い土地で、僅かな田畑の収穫を頼りに、左程多くもない村人が、身を寄せ合って暮らしておりました。

しかしどんな小さな村にも、鎮守の社があり、代々伝わる伝統儀式めいたものがあるものです。


私の故郷の村にも、それはありました。

草人(そうじん)』というものでした。


大したものではありません。

ヨモギの茎を編んで、人型に作るだけの、単純なものでした。


ただ少し変わったところがあったとすれば、村人一人一人の『草人』を、毎年作るということだったでしょうか。

私の村では、『草人』は人の災厄を、その人に代わって負ってくれるものと伝えられていました。


ですので、毎年陰暦の元旦に、各人がおのれの『草人』を持ち寄って、鎮守の社で御神火にくべ、災厄ごと燃やしてしまう儀式が行われていたのです。

そして次の年の災厄を負ってくれる、新たな『草人』を、各人が家に飾るのです。


迷信だと思われますか?

そうでしょうね。

それもご尤もだと思います。


令和のこの世に、草で編んだ人形が、人に代わって災厄を負ってくれるなどという戯言(たわごと)を、信じろという方が無理でしょう。

私が子供だった当時でも、まともに信じている人は稀だったと思います。


ただ、<縁起を担ぐ>という言葉がございますでしょう?

昔から伝わっている伝承を、無碍(むげ)にすることも憚られますので、どの家のどの村人たちも、毎年新しい『草人』を編み、古いものを神火で焼くということを繰り返していました。


村の者皆が迷信だと笑いながら、心の奥底では、万が一それが真実であった時のことを、恐れていたのだと思います。

そういうことの一つや二つは、皆さまもお持ちでしょう?


話を戻しましょう。

当時私の村に、エイタロウさんという四十代の男性が住んでおりました。


エイタロウさんはその頃、村はずれの家に一人で暮らしていました。

若い頃に奥さんを失くされ、お子さんもいなかったので、寂しいやもめ暮らしをされていたのです。


エイタロウさんは、とても穏やかで人柄の良い方でした。

自分の畑仕事が早く終われば、近所の方の作業を手伝ってくれるような、そんな優しい人だったのです。


私ら子供にも、いつも優しく接してくれて、時折町で珍しいお菓子を買ってきて、振舞ってくれました。

きっと、奥さんも子供もいない一人暮らしの寂しさを、村の子供に優しくすることで紛らしていたのだと思います。


そんなエイタロウさんにも、一つ欠点がありました。

それはお酒でした。


ただその欠点は、酒を呑んで人に絡んだり、暴力を振るったりするような類のことではなく、いつも深酒をしてしまうというものでした。

村の皆と呑む時も、一人家で呑む時も、黙々と杯を重ね、そのまま眠ってしまうことが、度々あったのです。


エイタロウさんの体を心配して、忠告する人もいましたが、ただ笑って頷くだけで、その癖だけは改まることがありませんでした。

村の人は皆、エイタロウさんが寂しさを紛らすために、深酒をしているのだろうと思い、笑って見守っていました。

それがいけなかったのです。


ある年の正月でした。

村では皆がこぞって鎮守の社に集まり、持ち寄った『草人』を、神火にくべる儀式を執り行っていました。


しかしただ一人、エイタロウさんだけが、社に来なかったのです。

エイタロウさんは、前日からかなりのお酒を呑んでいて、その日は家で眠りこけていたのでした。


普段であれば、村のどなたかが気づいて、エイタロウさんを起こしに行ったのだろうと思います。

しかしその日は何故か、誰もエイタロウさんがいないことに気づかなかったのです。


そしてエイタロウさんの『草人(そうじん)』だけが、焼かれずに残ってしまいました。

それが村の災厄の始まりでした。

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