99 お願い……行かないで
最終回前の1話。少し短いです。
「あ……?」
アルティスがふと自分の指先を見つめる。
指が、霞んでいる。
すり硝子のように向こうがぼんやり透けて見える。
「……そっか」
肘へ、肩へ、胸へ、透明化が広がる。
消失はゆっくりと、しかし確実に広がっていく。
「俺がいた未来が変わった。
だから、この時間に存在してる“俺〟は消える……ってことか」
苦笑するアルティス。唾をごくりと飲み込んだ。
「変な感じだな……
生きてるのに、死んでいくみたいだ」
「アル?」
振り向くと、そこにフィオナが立っていた。
「どうしたの?体……変よ?透けてる……」
「フィオナ……」
「なんか胸騒ぎがして……じっとしてられなくて……」
フィオナが駆け寄る。
アルティスの胸元を掴もうと手を伸ばす。
――すり抜けた。
「……え?」
もう一度。
今度は両手で抱きつこうとする。
だが腕は、霧を掴むように空を切った。
「な、何で……触れない……」
「ああ……存在が薄れてるからな」
苦笑するアルティス。
「もう大丈夫だよ。
全部終わった。完勝だ。犠牲者ゼロ……たぶん」
「そうじゃないでしょ?」
フィオナの声が震える。
「あなた消えかけているじゃない!
どういうことなの!?」
「あー……ちょっとした消える魔法の実験?」
「こんな時にそんな冗談言わないで!」
涙が溢れる。
「泣かない……消えても……俺はもう直ぐ戻るから……
心配しなくて大丈夫」
「〝俺はもうすぐ戻る〟って何よ!
貴方のことでしょ?他人事みたいな言い方……」
アルティスがぎこちなく微笑む。
本当は、分かっている。
この自分は、戻らない。
未来で戦い抜いた“十時間後の自分〟は、ここで終わる。
(……でも、それでいい……
この時間の俺が、皆んなをちゃんと守れるなら……
フィオナの隣に立つのは……今の俺でいい)
声には出さない。
ただ、いつも通りの笑顔を作る。
「そんな顔するな」
そっと手を伸ばす。
もうすでに触れられないはずなのに、
フィオナの頬を撫でる“感覚〟だけが残る。
「俺は、ちゃんとここに帰ってくる。
約束だ」
「約束って……今消えてる人が言う台詞じゃない……」
涙で滲む視界。
「アル……お願い……行かないで……」
透明度が一気に増す。
足元から光の粒子へと崩れていく。
(ああ……やっぱり……
最後くらい、ちゃんと言っときたいな……)
小さく、呟く。
「フィオナ」
「……っ」
「愛してる」
次の瞬間。
光が弾けた。
ふわりと舞い上がる無数の粒。
手を伸ばすフィオナの指先を、すり抜けていく。
「アル――――ッ!!」
静寂に包まれる。
そこに残ったのは、わずかな温もりの残滓だけ。
フィオナはその場に崩れ落ちる。
「アル……消えちゃった」
胸を押さえる。
締めつけられるような痛み。
「何……この胸騒ぎ……
戦いは終わったはずなのに……」
空を見上げる。
涙が止まらない。
けれど――
どこかで、確かに感じる。
消えたはずなのに。
アルティスは、“まだ存在している〟と。
数ある作品の中から見つけ出し、お読みいただき、ありがとうございます。




