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 とある異世界の侯爵令嬢、知恵と人脈で人生を乗り越えます!

前編です。


 ブランデンブルグ王国、ゾーイ侯爵の王都内タウンハウスに、一台の質素な借馬車が止まった。

御者が下りて、馬車のドアを開けると、中から降りてきたのは三十代後半の妖艶な雰囲気をまとった婦人と、十代半ばの少女だった。

 二人とも夜会用の派手なドレスを身にまとっている。御者が門番に声をかけると、門番が邸宅内に入り、主人に話をつないだ。


 ゾーイ侯爵家といえば、この国に七つある侯爵家の中で権力と経済力において筆頭である。現侯爵バーナードは、アレクサンダー王の側近にして法務大臣の要職を担い、令息レイモンドは宰相補佐で、また王太子の側近としても有名だ。

 親子揃って金髪碧眼の容姿端麗な貴族らしい佇まいをしている。そのうえレイモンドは、アレキサンダー王の四女であるフランシス・メアリー王女と婚約しており、将来的にゾーイ家は公爵に陞爵することが決まっている。ただフランシス・メアリー王女はまだ11歳なので、レイモンドとの結婚は王女が15歳になった時と定められていた。


 ともあれゾーイ侯爵がこの王国に揺るぎない地盤を築いていることは火を見るよりも明らかだ。

さて、そんなゾーイ侯爵家のタウンハウスの様子を見てみよう。


 馬車から降りた婦人と少女は、荘厳なタウンハウスの玄関を開け、礼をとったドアマンの横を通り、室内に入った。


「ようこそいらっしゃいました、お母さま、ジェニー様。ゾーイ侯爵家の長女、エリザベートです。ジェニー様にとっては姉にあたります」

 優雅に継母マリアと義妹ジェニーに挨拶をしたのは、輝く美貌の一人の淑女だ。

「父からよくお世話するようにと言いつかっております。お疲れでございましょう?」


 本物の淑女の圧に、一瞬は飲み込まれそうになったが、マリアはすぐに笑顔を繕った。

「まあ、なんてお美しい!こんな素敵な娘ができるなんて、夢のようだわ!そう思うでしょう、ジェニー!」

「はい、お母さま。ご挨拶をさせていただきます、お姉さま。ジェニーと申します」


 マリアとジェニーは面立ちのよく親子で、くすんだブロンドにグレーの瞳をしていた。対するエリザベートは、腰まで伸びた亡き母譲りの漆黒の輝くような髪だった。

 エリザベートは17歳、義妹ジェニーは14歳。3歳しか違わないのに、ずいぶんジェニーは幼く見える。

 継母から力のこもらないハグを受けたエリザベートは、少しだけ片方の眉を上げたものの、それは一瞬だったので二人は気づかない。

 三人の両脇にはゾーイ家に仕える使用人たちが執事を筆頭に全員、並んで礼を取っていた。


 エリザベートは「お疲れでしょうから、本日はお部屋でお休みいただき、明日にでもこの家の者たち全員を紹介しますわ」といい、執事のジェームズに顔を向けた。ジェームズはわずかにうなずくと、阿吽の呼吸で侍従が動く。


 侍従の案内でマリアとジェニーが階上にあがると、エリザベートは二人の消えた二階へ目を向けたまま、しばしその場に留まった。女主人に代わり、ゾーイ家の家政一切を回している家政婦のナーイ夫人がエリザベートに声をかけた。

「お嬢様、居間にお紅茶を用意しました」

「ありがとう、ナーイ夫人。いきなり抱きつかれて、少し驚きました」

「そうですわね。これが庶民の御挨拶なのでしょう」

「先が思いやられるわ」

「私もお手伝い致します」

「ありがとう。それにあの話し方…。あれほど大きな声を出さずとも私には聞こえていますのに。それにどうしてあんなに大きな口をあけてお話になるのかしら。頭で理解しているのと、実際にこの目で見るのとでは違うわね。いずれにせよ様々な忍耐が必要ね」


 貴族の淑女は口をわずかしか開けずに話す。それはもはや腹話術、なんともアメージングな技を持っているのだ。

 ともあれこうしてブランデンブルグ王国屈指の名門貴族、ゾーイ侯爵家に王都の下町の酒場で働いていた平民の後妻マリアと連れ子ジェニーがやってきた!


 それから一か月後。

 エリザベートにとっては継母と義妹になる二人は、当初こそエリザベートの淑女教育に従順する様子を見せたものの、それはわずかしか持たなかった。

 それは、エリザベートの婚約が白紙に戻ったことがきっかけだ。



 ゾーイ家の朝食は午前9時半と決まっている。いつもは必ず遅れてくるマリアとジェニーが、珍しくオンタイムでテーブルについた。

 ちらっとエリザベートが見ると、二人ともこのまま夜会に出かけるのかと思うほど煌びやかで、胸回りや肩の露出した派手なイブニングドレスをまとっていた。


「おはようございます。お母さま、ジェニー。午前中はデイドレスをお召しになってくださいと、何度も申し上げておりますが」

 いつもなら大きな口を開けて、「ごめんなさーい」と取り繕うジェニーが、今日は意地悪そうに鼻で笑った。

「朝から何を着ようと、私の勝手でしょう」

「そうですよ、エリザベート!自分の立場をわきまえなさい!」


 はて、私の立場って何かしら?

 

 エリザベートがそんなことを思っていると、ジェニーはテーブルに肘をつき、フォークでカチャカチャと音を立てながら「聞きましたわ、お姉さま。サマセット侯爵の御令息との婚約、破棄になったそうですわね!」と、下卑た笑顔でいった。

 エリザベートは、ジェニーの立てるフォークの音に眉をしかめたのだが、彼女は婚約破棄を指摘したことでエリザベートが傷ついたと勘違いした。


 普通は、自分の言葉で人が傷ついたと分かったら、逆に態度を改めそうだが、もとよりジェニーにそんな感覚はない。


「いつもそうしてお高く止まって偉そうにしているから、嫌われたのではなくて?」

「可愛げのない女って嫌ね。うちのジェニーのようにかわいくなくちゃ」


 朝から肌をさらしたイブニングドレスを着る14歳の女性が可愛いのかしら?

 

「私の婚約が白紙に戻ったことが、そんなに嬉しいの?」

 思わずエリザベートらしからぬ、本音が出たようだ。そうはいっても全く感情がこもってはいない。常にフラット。感情を露にするなど貴族の淑女ではない。


「ええ、楽しいわ!お姉さまばかりずるいし!お母さま、私、夜会に出たいわ!舞踏会や観劇にも行きたい!私はお姉さまのように殿方から婚約破棄されるような娘じゃないわ!素敵な殿方と婚約したいわ!」

「ええ、もちろんよ!それにはお父様にお話ししなくちゃ!」

「お二人とも、そもそも今は社交シーズンではございませんのよ。ほとんどの貴族は領地に戻っております。ゾーイ家はお二人がいらっしゃるということで、王都にとどまっているだけです」


 これにはマリアが食って掛かった。

「何よ!知ったかぶって!ほんとに可愛げがない!侯爵様はどうされているの!愛する妻がいるというのに、ここにきてから一度も戻ってこないって、どういうこと?」

「そうよ、お父様に全部言いつけてやるわ!」


 二人のモンスターが毒を吐いてるところへ、執事のジェームズが銀のトレーに手紙の束をのせてエリザベートの背後へ近づいた。

「お嬢様、お食事中に申し訳ありません。本日届いたお手紙でございます」

「ちょっとジェームズ!手紙なら侯爵夫人である私に渡しなさい!」

「全てエリザベートお嬢様宛でございますので」


 マリアが舌打ちした。本物の舌打ちを初めて聞いたエリザベートだが、それはおくびにも出さず、手紙の宛名を確認する。そこへジェニーが声をかけた。

「あら、さっそく新しいお見合い相手から釣書がきたの?婚約破棄された可哀そうなお嬢様に!あははは」

「違うわよ、ジェニー。どの手紙も貴族の紋章入りの蝋印がないでしょう。どっかの平民がよこしたものだわ」

 

 エリザベートは、二人の悪口を完全に無視した。

「ありがとう、ジェームズ。こちらは自室で確認するわ。あとこれはお母さま宛です」

「まあ!」


 日焼けした手を伸ばしてマリアが手紙をむしり取る。

「だんな様からだわ!」

 字は読めたらしい。


 エリザベートは、マリアの日焼けした手の甲にわずかに反応して、片方の眉を少しあげたのだが、ジェニーは、義姉には父からの手紙がないと悲しんでいると、またもや都合よく勘違いし、「お姉様にはお父様からの手紙すらないのね」と嫌みをいう。まるで婚約者だけでなく父からも捨てられたと言わんばかりだ。

 だがエリザベートは、ジェニーが悪態をついてエリザベートを貶めている時、後ろに控えていたジェニー付きの侍女・コーネリアの口元がわずかに上がったのを見逃さなかった。その隣のマリア付きの侍女・ヨシュアは無表情だ。


 侯爵からの手紙を読んだマリアは大げさにため息をついて、「だんな様はお忙しくて、しばらくはお戻りにはならないそうよ。でも、愛しの君へと書いてあるわ!」と、今度はエリザベートに見せつけるかのように大喜びした。

 愛しの君へ、これは貴族が手紙に書く常套句で、拝啓・前略みたいなものだ。文字は読めても、手紙のマナーは知らないらしい。


 エリザベートがナプキンを置き、席を立とうとする時、ジェニーがパーラーメイドのジョアンナに悪態をついた。

「ちょっと、この紅茶、ぬるいわよ!」

「申し訳ございません!入れ直して、ただいまお持ち致します!」

「ほんとに役立たずね!」


 パーラーメイドは接客や給仕を専門とするメイドで、上流階級ではパーラーメイドには見目麗しい女性を使う。御多分に漏れず、ゾーイ侯爵家のパーラーメイドのジョアンナも、明るい金髪のスタイルのよい美しい女性だ。


 ジェニーは食事のたびにジョアンナに何かしらの文句をいう。おそらくジェニーはジョアンナの明るい金髪に嫉妬しているのだ。

「お母様、ジェニー。お先にお部屋へ下がらせていただきます。ジョアンナ、紅茶の温度、私にはちょうど良かったわ」

「エリザベートお嬢様!ありがとうございます!」

 ベテランのパーラーメイドであるジョアンナが泣きそうな声でいう。よっぽど辛かったに違いない。

 そのジョアンナの声を聴き、ドアに向かっていた歩みをとめて、エリザベートは振り向いていった。

「ジェニー、私たち貴族の食事は、給仕されるまで時間がかかるの。つまり、熱すぎるものなど、ほとんど口にできません。でも、お二人のこれまでの生活では違ったのでしょうね。鍋からお皿にとりわけ、すぐ食する。料理場から食堂まで数歩でいける。そんな感じかしら?でも当家は違います。熱すぎる紅茶など出ません」

 

 このエリザベートの嫌みに、ジェニーはナプキンを捨てるように投げつけると、「何よ、バカにして!ほんとに性格悪すぎ!そんなんだから、婚約破棄されるのよ!」と、暴言を吐いた。

 この時、エリザベートは、もう一度、ジェニー付きの侍女・コーネリアの様子を見た。やはり口角が少し上がる。隣のマリア付きの侍女・ヨシュアは先ほどと同様に無表情だ。


 エリザベートはジェニーの暴言は無視し、ドア横に控えている執事のジェームズに小声でいった。

「タウンゼント銀行の頭取に手紙を書くので届けてちょうだい。今年の社交シーズン用にお母さまと妹のドレスを作るから、手元に少し多めに現金を置いておきたいの。だから午後にでも銀行から持ってきてくれると助かると書くつもりです。ただ2年前、ギルフォート伯爵家に強盗が入ったことがあったでしょう。念のために、今日、現金が届いたら、明日にでも警備の者を増やすように手配して」

「承知しました」


 執事のジェームズの横には大きな鏡が置いてあった。エリザベートはジェームズに声はかけたが、目は鏡を見ていた。そこには後ろに控えている侍女のコーネリアとヨシュアが映っている。今度はコーネリアが無表情、ヨシュアは少し瞳が揺らいだように見えた。


 エリザベートが食堂を出て、2階の自室へ戻ろうと螺旋階段の手すりに手をかけた時、ナーイ夫人が声をかけた。

「エリザベートお嬢様、お嬢様のお部屋に置いてあったサファイアのブローチが見当たりません」

「そう。わざと出しておいたの。ナーイ夫人、今朝で仕込みは完了よ」

「はい」


 さあ、お嬢様の反撃だ。


お読みいただきありがとうございます。そんなに長くはならないと思います。「面白かった」、「がんばれ」と思われましたら嬉しいです。

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