91話 紬との訓練
ランドマークを回収している二十八階までは止まらずに移動していく。
理紗も空中から攻撃するため余裕があるのか、鼻歌混じりにモンスターを倒しきっている。
魔力の強化のために優先的に理紗が倒す。
ほとんど手持ち無沙汰になっていた残りの二人は追いかけっこをしていた。
空を飛ぶ紬を俺が追い立てる。
あくまで敵の攻撃から逃げる訓練……なのにも関わらず紬は絶叫しながら泣きそうになっている。
「あんまり叫ぶとモンスターが寄ってくるぞ」
「無理! そんなの当たったら死んじゃう!」
紬が俺の手元を指差す。
俺の右手には、二十七階でコボルトが落としたメイスが握られていた。
大した強度もなく、精々怪我をするといったら打撲程度。
それくらいの力加減は心得ている。
「直撃はさせないぞ。死にはしない。大丈夫だ」
「前提がおかしいんだって! 普通はダンジョンに潜りながら怪我するような訓練はしないんだよ」
【そりゃ鎧持ちのコボルト、メイスで殴殺したら不安にもなるわな】
【半泣きの聖女。これもまた乙ですな】
【風情がありますな】
【やばい、変態どもがアップしだした】
訓練がしたいと言ってきたのは紬だろうに。
俺の手には聖剣が握られておらず、亜空間の中で眠っている。
能力の出力がかなり下がった中でやっているのに、それで怯えられたらこっちはどうすればいいんだ……。
「怪我をしても治せるだろ。紬は回復魔法の使い手……」
「これは仲間を回復するためにあるの!」
その言葉で閉口する。
これは俺の方が考えを改めないといけないのかもな……。
【何で勇者は魔法の絨毯に追従しながら息切れてねえんだよ】
【うちのアメリカンバイクよりも燃費良さそうだ】
【勇者は乗り物だった?】
【魔石のエネルギーで走ってるって聞いても驚かない】
「どのくらいが訓練なんだ? まずはそこから教えてくれ」
「それはこっちが認識が知りたいよ。レオさんの中でどこまでが訓練なの?」
紬は絨毯に乗り込み息を整えながらこちらに問う。
俺の認識、それは傭兵団の時のものになるが……。
「訓練か。骨折程度なら許容範囲……」
「──じゃない! 打撲ならまだ許せるけど、骨折は大怪我だよ」
そうなのか。あちらでは皆、魔法薬で無理矢理回復させていたから感覚がズレていたのかもしれん。
だとしたら困ったな……。
「身の危険がない訓練に意味あるのか?」
「それは、そうだけど……」
【至言】
【勇者が言うと説得力あるね】
【毒入り料理を食べるわけだ】
【回復役はただでさえ襲われたらアウトの人が多いからな。聖女は別だけど】
【身体強化が流行れば、ヒーラーも立ち回れるようになるのかね】
「訓練は一旦置いといて、着いたわよ」
理紗が指差す先には次の階層への門が置かれてあった……地面に埋まる形で。
「こんなとこに扉を設置するなんて嫌がらせとしか思えん」
「これはマシな方よ。扉の出現の条件が面倒くさいやつだったら本当最悪だから。ほらっ、紬もぶー垂れてないで早く翼を出して」
「はーい」
魔法の絨毯から降りて翼を作り出した紬に謝罪する。
「すまなかったな。次からは紬のやりたいようにするから」
紬は貴重な回復役だ。
わざわざダンジョンに潜る必要もないしいつでも辞められる。
それを失念していた。
だが紬は俺の謝罪を受け取ろうとはしなかった。
「駄目だよ。そんなことで謝っちゃ! 僕もパーティーの一人なんだからいつまでもレオさんにおんぶに抱っこじゃいられないよ!」
妙なやる気を見せる紬に理紗は苦笑する。
俺はなんとも言えない気持ちになり、ただ口をつぐむのであった。
【聖女をおんぶ……柔らかそう】
【俺なら恋に落ちるね】
【馬鹿言うな! ……そのオプションはいくらですか?】
【変態どもが尽くブロックされていってる。これがおんぶの破壊力か】




