88話 約束
先に戻っていた理紗と紬は門番の岩城と深刻そうな表情で何か話している。
「……そう。迷惑かけてごめんなさい」
「謝る必要はない。一応入ってこないようにはしてるが、気をつけて帰るんだぞ」
「何かあったのか?」
来る時には岩城一人しかいなかったが、今は複数人のギルド関係者らしき集団が入り口付近で立っている。
もしやスタンピードが発生したのか? と思ったが、そうではないようで……。
「お前さん目当てのお客さんがいっぱい入ってきてな……」
岩城の話によると、一時間前にはすでに俺たちの帰還待ちの人が集まってきてたようだ。
その中には探索者資格の持たない人も混じっていたらしい。
ダンジョンの敷地内は探索者の資格を持たない人はそもそも立ち入り禁止。
それ以外の人数もあまりに多かったため、他の探索者の邪魔にならないようにと追い出されたらしい。
岩城から離れて作戦会議を始める。
変装の出番かと思いきや理紗に却下された。
配信を終わったことは知られているし、出るタイミング的に背丈でバレる可能性がある。
だが、ここで待っていたとしてもお相手は帰る気などないだろう。
ならば手は一つしかない。
「本当に魔法の絨毯使うの?」
紬が不安そうな表情を浮かべる。
そういえば紬は魔法の絨毯の検証に立ち会ってなかったな。
「そんなに心配しなくて大丈夫よ。一応ギルドに所属している魔法使いにも確認してもらったけど見つけることは出来なかったわ」
理紗の言葉に紬は半信半疑といった顔で頷いた。
入り口にはギルドの関係者が出たり入ったりを繰り返している。
俺たちの帰還が分かって一時通行止めにしているのだろうか? ダンジョン探索予定の人が一人も入ってこない。
「どちらにせよ早く出ないとな。余計な恨みを買いかねん」
「そうね。レオ、出掛ける時の約束を覚えてるわよね」
「覚えてる」
「そんなの決めてたんだ。どんな約束?」
紬には言ってなかったのか。
まあ約束とは言ってもそんなに強制力があるわけではない。
「紬にも聞いてもらいましょうか。レオ、襲いかかってくる雑魚がいても?」
「殺さない」
これは俺自身の身に危険が迫ったのであれば、放棄してもいいらしい。
あくまでこの世界は法治国家。
余程のことがない限り、相手には適正な処罰が下される。
逆にこちらの反撃が大きすぎて俺が罪に問われる可能性をなくすためだと言っていた。
「この前レオに絡んできたダンジョン党みたいなやつが鬱陶しくても?」
「喉は潰さない」
「これが約束?」
これは以前、理紗に話した提案なんだが、この案を言った瞬間、約束の中に組み込まれた。
紬が引き攣った笑顔で聞く。
「手足の骨を粉々にして相手を無力化するのは?」
「出来るだけやめとく」
「よし!」
満足そうな理紗の表情。
それを見た紬がボソリと呟いた。
「……不安になってきたよ」
魔法の絨毯を展開して二人が乗り込む。
俺は一人降りて入り口を守っている金属鎧を着た男性に話しかけた。
「出て構わないか?」
「大丈夫だ。君も魔法の絨毯に乗って帰るんだろ?」
「そうだ。一つ聞きたいがあんたらの中で理紗たちを認識出来るような者がいるか?」
「いないよ。絨毯に乗った途端姿が消えちまった。多分外の奴らも君たちに気がつくようなやつはいないと思うが、事故だけは気をつけてくれ」
運転手も俺たちの存在に気がつかないから普通に突っ込んでくるぞ、と忠告を受ける。
念の為少し高いところまで浮かせて移動するか。
俺が魔法の絨毯に乗り込むと、鉄製の大きな扉が開かれる。
その瞬間、チカチカとした光がダンジョン内へと向けられる。
魔力の気配は感じない。
多分カメラと呼ばれるものだろう。
ダンジョン前を陣取っていた集団の中に、俺たちの存在に気がついている者はいないようで、閉じられた扉の前から動くことはない。
「レオさん、大人気だ」
「これからはこの帰り方になりそうね。鏡花さんにも連絡して屋上の扉開けてもらうわね。ギルドの中にも人が集まってそうだから」
冗談めいた口調で紬がカメラを持った集団に手を振るが、誰一人としてこちらを見ていない。
エアリアルとは違うが、別の意味で人に追われている。
以前の俺からすれば贅沢な悩みだが、これが続くのであれば場所を移すのは手か?
高ランク探索者には配信の義務はなく、俺にとってもダンジョン配信の義務は強制ではない。
それは鏡花に初めて会った時に伝えられている。
「何見てんのよ?」
「……何でもない」
ちらりと横に目を向けると、理紗に気が付かれた。
そうすれば、まだ下層に達していない理紗たちとは別れることになるな。
ギルドに着くまでの間、俺は何も言い出すことができなかった。




