79話 ぐっ、じゃなくてぷわっ
周囲の魔物を殲滅し終わり、理紗と紬は俺が渡した屑魔石で練習を始める。
「大丈夫……私はやれば出来る子!」
「レオさん、全然出来ないよ〜」
魔力を抜かせまいと力を込めているのか、二人して顔を赤くしながら苦戦している。
そんな二人を見ていると、蓋をしたはずの記憶が蘇ってくる。
『おいチビ助! 今に見てろよ。俺が一番先に成功してやんだからな!』
『そんな調子じゃ何回やっても無駄だよ。何で筋肉で止めようとするんだよ』
『馬鹿だなレオ。こんな小さい魔石なんだ。俺が本気で力を込めたら……』
『魔力抜かれてるけど?』
『くそっ! 随分と食い意地の張った魔石だ。まるでアスティみた──ブフっ! 何で聞こえてんだよあのアマ……』
『……聴覚強化して聞いてたんでしょ』
『赤猿! 聞こえてるよ!』
『何で赤猿? どういう意味だ?』
『オルトの練習中の顔が、うんこ出そうとしている赤猿みたいだって団長が言ってた』
『下剋上じゃ、くそ親父! トップの頭すげ替えてやらあ!』
『おっ! 喧嘩か? いいぞ、いいぞ! 積年の恨みだ! みんなオルトに加勢しろ!』
『……馬鹿ばっかり』
「……随分と楽しそうね? あなたの笑顔なんて初めて見たわよ」
不満そうな顔をした理紗がこちらに目を向けていた。
「二人の失敗を笑ったわけじゃないんだ。すまん」
「それは……別にいいけどさ。何かコツは無いの?」
「僕も聞きたい!」
理紗の言葉に紬も賛同する。
俺は半ば無意識に魔力操作をしてしまっているから、操作する時の感覚を教えることは出来ない。
だがあいつの言葉ならどうだ?
同じように魔力操作ができなかったあいつの感覚なら。
「ぐっ、じゃなくてぷわっ、だそうだ……」
「は?」
【天才肌のスポーツ選手かよ】
【勇者先生、教師に向いてないことが発覚】
【そんな説明で出来るようなやついるなら見てみたい】
【……おかしいでござるな。拙者のお腹もぷわってしてるはずなのに出来ないでござる】
【お前は太ってるだけ定期】
理紗は馬鹿にされていると思ったのか、こちらに鋭い目を向けてくる。
選ぶ人選を失敗したかもしれん。
どう説明しようか、と思案していたところ、後ろで紬がボソリと呟いた。
「……出来ちゃった」
紬がこちらに見えるように魔石を掲げる。
紬の手のひらからはみ出ている魔石は、光を放っていなかった。
完全に魔石からの供給を断ち切れている。
「出来たよ! 出来た、レオさん!」
「……良かったな」
まさかあいつの言葉で使えるようになるとは……。
上機嫌な紬を見て理紗が目を丸くする。
「嘘でしょ! あの言葉で何が分かったのよ?」
「ぐっ、じゃなくてぷわっだよ。理紗ちゃんもやってみて」
「……これって私の理解力がないからなの?」
むしろ何で出来ないの? と言いたげな紬の言葉に理紗は頭を抱える。
【こっちも何言ってるか全然分からん】
【勇者様のお言葉を疑った愚民ども、地面に頭擦り付けて謝罪しろ】
【ぐっ、じゃなくてぷわっがSNSのトレンド一位になってる】
【成功例が出ちゃったのか。ならマジで身体強化使えるようになりそうだな】
まさかこの言葉が二桁の足し算すら出来ない男の言葉だとは思うまい。




