68話 ヴェーネとの別れ
南に向かって歩いて行くと突然俺の持つ鞄の中から光が漏れた。
中を開いて確認すると、どうやらヴェーネが残した手紙が光っているらしい。
紙を持ち上げてどうしたものかと考えていると、中に書かれてあったヴェーネの文字が突然動き出す。
文字は中心に集まっていき、外に飛び出して一匹の小鳥の体を作り出す。
……魔法じゃないな。何だこれは?
小鳥は俺の周囲を三度回ると斜め前に飛んでいき、木の枝にとまると、こちらに振り返って静かに待っている。
……まるで俺を待っているかのように。
「……あれを売ったら金になる。俺が追う理由はそれだけだ」
自分に言い聞かせながら小鳥を追うこと二十分。
小鳥は一本の樹上の梢にとまって動かなくなる。
ため息を吐き、小鳥の回収に向かうと、小鳥の隣に一本の輝く花が置かれていた。
花の部分は美しい白水晶、茎は赤い宝石で出来ており、いくらになるのかも想像がつかない。
……これは迷惑料としてもらっておくか。
煌びやかな花を鞄に入れると、黒い小鳥も同じように鞄の中に入ってくる。
「お、おい! それは俺のものだって……どこ行った?」
花を取り返しにきたのか、と少し焦りながら鞄の中に手を入れると、中に小鳥の姿はどこにもなかった。
鞄の中には保存食である干し肉や革水筒の他には、教会の手が届いていない場所で換金しようと残していた魔石だけが残されている。
……他に可能性があるとするならば。
「やっぱりか……」
手紙に文字が戻っている……が内容はさっきまでとは別のことが書かれてあった。
『天邪鬼な君に宝花の贈り物だ。案の定、君は僕の忠告を聞かなかったね』
考えを読まれていたようで少し癪に障るがまあいいだろう。
……それにしても宝花か。
存在は聞いたことがある。
持ち主を一度だけ死から救ってくれるという伝説の花。
なぜこれをヴェーネが手にしていたのか少し疑問だが、続きを読み進める。
『そこまで説明する時間も無かったから手短に書き残すが、僕は君という存在に賭けることにしたんだ。エアリアルの住民でありながら、勇者の力が定着した存在。勇者と魔王のシステムの外にいた君ならば、もしかしたら僕が望む結果を導くことができるかもしれない』
「……システム?」
『勇者と魔王の歪な仕組み。僕の予想が正しければこれを放置してしまうと大変なことになる。修正するためにあの方が出張ってくるようなら世界はリセットされてしまうことだろう』
分からない言葉に首を傾げながらも、最後の言葉に目を通す。
『ここには僕を狙う勇者が向かっている。君がここに来た時には全てが終わっている頃だろうから心配しなくてもいい。勇者は僕が引き離して逃げ延びる予定だけど万が一の可能性もある。君はそのまま森の外に出てほしい。これは忠告じゃなくてお願いだ。可愛い女の子のお願いは聞いて損はないだろう?』
読み終えると手紙の文字は再び小鳥へと姿を変えて空に上がっていった。
俺はただその様子を見届けると森を抜け、再び旅に戻る。
あいつの無事を祈ることはしない。
余程の索敵能力を持つ勇者でない限り、逃げに徹したヴェーネを捕らえるのは至難の技だろう。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
森を抜けて一週間後、ハヌスと呼ばれる比較的大きな街の教会の前で、一人の大罪人の生首が魔法によって凍らせた状態で晒されていた。
横にある看板には殺した日付や罪状が書かれてある。
……国家転覆罪か、とってつけたような罪状だな。
近くにある草むらから無造作に花を摘み、晒し首の前に撒く。
「逃げられるんじゃなかったのか? 真実の追求はどうするんだ……」
光のない目で中空を見つめている、ヴェーネの生首に向かって言い放つ。
それは俺の末路を見ているようで何とも言えない気持ちになり、足早に街を出た。




