67話 置き手紙
ヴェーネのお手本のように美しい文字を読んでいく。
『やっほー起きてる? 駄目じゃないか、簡単に人から貰ったものを口にしちゃ。怪しい人から食べ物を貰ったら今後は気をつけるように』
「毒を盛った人間の言う忠告じゃないな」
『君が勇者だからこそ油断したんだろうけど、勇者の耐性も万能じゃない。殺す術はいくらでもあるんだ。さっきの薬は一回きりだが耐性のない勇者には確実に効果が出る。だから君はもう心配することはないよ」
勇者は毒による耐性が格段に強く、同じ毒はほとんど効かない。
『ここで一つ謝罪をするよ。僕は偶然君と会ったと言っていたがあれは嘘だ。君に会うためにわざわざここまでやって来た』
……そう、だろうな。
人里離れたこんな場所で、見ず知らずの男と二人っきりでいるなんて普通は考えられない。
ましてや彼女は刺客を差し向けられたこともあるんだ。
これが逆の立場なら、危険な場所で過ごすよりも外で野宿をすることを選ぶだろう。
だが彼女はここに残った。
俺を警戒するでもなく、自分が今までやってきたこと、思想、長時間かけて楽しそうに話していた。
『太陽の教会に忍び込んで隠された文献を探っていた時、僕は君に関する報告資料を見た』
「……何してんだこいつは」
そんなことをするから刺客を差し向けられるんだ、と少し呆れたが、そこまでしても知りたかったものなのかもしれない。
真実に近づくために有力だと思えば何でもしてきた、と言い放つ彼女からすればこれもその一環なのだろうが、彼女に勇者を撃退できるとは思えない。
『そこで君に興味が出たんだ。勇者でありながら教会に与せず放浪している君にね』
勇者の力を得たことが周囲に伝わった時に、教会からの接触もあったが、その時に教会から提示された条件が教会の手足となって働くこと、だったので問答無用で断った。
その時は教会の権力がここまであるとは知らなかったし、団長との約束もあった。
その時にこうなることが分かっていれば、諦めて教会に首を垂れただろうか?
「いや……ないな」
あんなことをした自分が命惜しさに約束を違えることはないだろう。
『しばらくはそのまま研究を続けて、最近になって太陽の教会から追手が向けられたらしくてね。逃亡生活を続けていたんだけど、そろそろ限界を感じていたんだ』
太陽の教会からの刺客は段階を踏むごとに厄介になっていく。
まずは教会が持っている裏の組織からの暗殺者。
これは闇討ちや毒殺がメインになってくる。
次に教会の権力が届く場所から村八分の扱いにされてしまう。
こうなればまともな食糧を手に入れることは難しいし、安住の地などどこにもないはずだ。
だけど彼女は便利な収納の魔法を持っている。
魔王の力の影響が薄いところで生活するにはそこまで苦労しないはず。
そして最後には……。
『三人の勇者が僕を殺すために派遣された。一度は運良く逃げ延びることが出来たけど、多分次はないだろう』
複数人の勇者を派遣されるなんて、俺よりも目障りだったのだろうか?
『死ぬこと自体は怖くない。元々道半ばで果てる可能性の方が大きかったから。だけどそうなれば僕のことを知る人がこの世界から誰もいなくなる。それが少し寂しくてね。教会に対してひと花咲かせてやろうと考えていたところで、君の存在を思い出したんだ』
「……迷惑な話だ」
そう言いながらも自然と口角が上がり、誤魔化すように小石を蹴り飛ばす。
『本音を言うと君に守ってもらうことも考えた。だけどすぐに諦めたよ。僕は足手纏いにしかなりそうにないからね』
なら何故毒を盛るなんて真似をした?
こんなことをしなくても俺はヴェーネに危害を加える気は無かったし、彼女もそれに気がついてたはずだ。
『だから僕は君に全て曝け出した。これで少なくともヴェーネという名の美女は君の中で生き続ける。そうだったら僕も嬉しい』
彼女の言葉はここまでだった。
手紙を鞄にしまい、洞窟の外に出る。
昨日と比べると森の様子は一変していた。
獣の気配がかなり少ないし、何かから隠れるように息を潜めている。
『……目が覚めたら北に向かうんだ。何があっても南に行っては行けないよ』
そして俺が気を失う前に耳元で囁かれた言葉を思い出す。
考えられるのは森に最上位の捕食者が現れたか、大規模な戦闘が近くで行われたのか……。
「先に裏切ったのはお前だ。だからお前のお願いを聞いてやる義理もない」
荷物が入った鞄を背負い直し、南へ向かった。
今日はこれで打ち止めになります。
誤字報告ありがとうございます。
時間のない中、携帯で書いているのですごく助かります。




