65話 プレゼント
ヴェーネとの語らいも嫌なものではなかったが、今後のために聞いておかなくちゃいけないことがある。
干し肉をがじがじと噛んでいるヴェーネに一つ質問をする。
「ここに来た時、お前はどうやって俺の索敵を回避した?」
「教えて欲しい? どうしようかな……」
ニンマリと笑いながら言い渋るヴェーネに魔石を一つ放り投げる。
ヴェーネは驚いた様子でそれを受け取るとこちらに突き返した。
「こんなのいらないよ。僕には必要ない」
「情報料だ。それがあれば町で一泊出来るはずだ」
「こんな大きさの魔石があれば一週間は……。まあいい。君も難儀な生活してるんだね」
ヴェーネの質問には答えない。
ぼったくられているのは薄々分かっていた。
「そんなむっつり顔をしないでよ。この僕が教えてしんぜよう。答えは簡単。僕が風の精霊憑きの人間だからだよ」
ヴェーネが人差し指を立てると、彼女の周りに風が吹き荒れる。
「音も、匂いも全て僕の体に宿る精霊に遮断してもらったんだ。こんな芸当、他の魔法使いには真似できないから君は気にしないでいいよ」
「お前はそれが出来るんだろ? ならば他に同じことが出来るやつがいても不思議ではない」
「おや? そんなに僕を敵視してないみたいだね。これは嬉しい」
「……もちろんお前のことは全力で警戒してるぞ」
「こいつは手厳しいな! でも大丈夫。悪意を持って近づけばそれが僕に気がつくだろう。……僕からも一つ聞きたいんだけど、その大剣、何処で手に入れたんだ?」
ヴェーネは俺の横に寝かせてあった大剣を指差した。
その細く長い指はカタカタと小さく震えている。
何をそんなに怯えているのだろうか?
ヴェーネの視線は俺の愛用していた大剣に吸い寄せられるように向いていた。
「こいつか? これは魔物の棲家に置いてあったんだ。高く売れそうだから拾ってきたんだが、割と使い勝手が良かったから俺のものにした」
今日と同じように泊まり込んだ魔物の棲家で無造作に置かれてあった。
魔物に襲われて殺された冒険者の遺品だろうが、拾った場所も場所だから所有権は俺の方にある。
「知らないってのは幸せなことかもしれないね。それは普通の武器じゃない」
「よく切れるからな、そんなこと、使っている俺が一番分かってる」
切れ味は抜群で、刃こぼれもしない。
こんなに強力な武器を手にしたことは一度もなかった。
「そんな話はしてない。それ、僕が調べた文献で見たことがあるよ」
「文献? そんな古いものなのか」
「その情報が正しかったら、その大剣は千年以上も前から存在していた。君が愛用している武器は、風の大精霊が姿を変えた聖剣、だそうだよ」
骨董品ならなおさら大切に使わなきゃいけないなと思い直していたところで、ヴェーネの言葉に理解が追いつかない。
……こいつが大精霊?
確かに武器としては華美な装飾がされているし、こいつがあった場所の近くには魔物が寄り付かなかったりと、色々思うところはあった。
だがそれにしても信じられなかった。
精霊を神と崇めている大地の教会がこのことを知れば、凄い騒ぎになるだろうなと、どこか他人事のような考えが浮かんでくる。
「……ちなみにその文献があったのは太陽の教会だよ」
「──まさか忍び込んだんじゃないよな?」
「忍び込んだも何も、僕は勇者候補だったんだ。あいつらが胡散臭過ぎて適当やってたら追い出されただけだから」
自慢げに話すヴェーネはワインを掲げて自由に乾杯などと戯言を吐いている。
身の身着のまま追い出されたとは思えないような彼女の態度に思わず聞いてしまう。
「……一人が怖くは無かったのか?」
「一人? 気楽でいいじゃん。魔物を狩ったら顔の知られてないところで売り払えば生きていけるし、面倒なしがらみもない。まあ僕は契約している精霊の力でちょっとズルしてるんだけど……」
ヴェーネはそう言うと、焼いた肉の塊を何もないところから取り出した。
それを小型のナイフで切り取ってこちらに飛ばしてくる。
「熱い? お前と会って結構な時間が経っているはずだが……」
「僕の精霊の力は時間に干渉することも出来るんだ。時間がほとんど進まない分、物持ちがいいから、最近は嗜好品のお酒を買うくらいしか買い物してないかな?」
どうだ、羨ましいだろう、とよく分からない自慢をしてくるヴェーネを無視して、手の中に握られた焼肉を見る。
……この力が俺にもあればもっと気楽に生きれたのだろうか?
彼女が見ている前でおもむろに焼肉を口に運んだ。
「どう? 美味しい?」
「……悪くない」
俺の言葉を聞いてヴェーネは口角を緩ませる。
「そうか……。ならしっかり噛み締めるといい。これが僕が生まれて初めて贈るプレゼントだから」
「プレ……ゼント?」
ぐらつく体。
朦朧とする意識の中、耳元でヴェーネが囁く。
「……目が覚めたら北に向かうんだ。何があっても南に行ってはいけないよ」
倒れ込む俺をヴェーネが受け止める。
そこで俺の意識は遠のいていった。
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