64話 束の間の語らい
酒を飲んで上機嫌になったヴェーネは、今まで自分がどんなことをしてきたのか、事細かに話す。
どうやら、彼女は各地に散らばる遺跡や迷宮を回っているらしい。
「遺跡や迷宮を回って金になるのか?」
「収入なんて無いに等しいよ。道中で魔物を狩って旅費を稼いでいるくらいだからね」
「何で考古学者をやっているんだ? 話を聞く限りだとあまり良い印象を持たれてないんだろ?」
遺跡や迷宮のことを、古代人の墓だと考える人も少なからずいる。
その人たちからすれば彼女はただの墓荒らし。
地方の領主に刺客を放たれたのは一度や二度とではないと言う。
そうまでして彼女を駆り立てるものは何だろうか?
ヴェーネはワインが入っている瓶を床に置き、真剣な表情で口を開いた。
「……真実を知りたい、かな?」
「真実?」
「君は今の精霊信仰や勇者信仰を声高々に掲げる教会のことをどう思う?」
教会は地方の村でも一つは必ず存在する。
冠婚葬祭を司り、一部の場所では村長よりも権力を持っている。
特に太陽の教会は俺の何度も刺客を送ってきたため良い印象など持っているはずもなかった。
「……知らん。特に興味もないな」
「君は嘘が下手だね。僕は彼らが好きではない。なぜなら、彼らは歴史を隠蔽しようとしているからだ」
苦笑いをしながらあっけらかんと伝えるヴェーネの言葉は、聞く人が違えば罪に問われるものだった。
彼女は切れ長の目尻を指で掻きながら説明を続ける。
「精霊信仰や勇者信仰には元になった数々の逸話がある。君も何個かは聞いたことがあるだろ?」
精霊を信仰している大地の教会や勇者を信仰している太陽の教会。
俺の生まれ故郷は大地の教会があっただけだが、そこにいる神官に何度か話を聞いたことがある。
よく言っていた言葉は……。
「精霊は人の子を愛し、魔物を憎んでいる。だから死後安らかに眠るためには数多くの善行が必要だ、だろ?」
ここの善行は魔物を見境なく殺しましょうね、といった意味に等しい。
厳しいところでは、畑を耕す時に魔物を使うことも禁じており、かなり生活が大変なことになっていると聞いたことがある。
「じゃあ何故精霊は人を愛すことになったのか……。それを説明出来るか?」
「それは……」
言葉に詰まる。
そんな俺をヴェーネは真っ直ぐに見つめていた。
「答えられないだろ? 無条件で全ての人を愛するなんて都合のいい世界はない。この世界にはいい人も悪い人もいるんだから」
「それと遺跡探索に何の関係があるんだよ」
「勇者信仰に然り、精霊信仰に然り、ことの発端になった出来事が何かあるはずなんだ。僕はそれを知りたい」
「……教会に聞けばいいだろう。喜んで教えてくれるぞ」
意地悪な返答だと自分でも理解している。
街を巡る上で数多くの堕落した神官の姿を見てきた。
ある村では結婚の祝詞を上げるために、多額の寄付金を要求していた者。
とある村では神の言葉として、自分に都合の良い要求を押し通そうとする者。
彼らに問えば、違った答えが返ってくるはずだ。
「真実は一つでも、伝える人が複数いれば代を跨ぐごとに情報は歪んでいく。そこに伝える者の思惑や願望が乗っかってしまうからね。だから僕は彼らから真実を得ようとは思わない」
「よくそんなことを見ず知らずの俺に言えるな。お前の言葉は教会の否定にとられてもおかしくはないぞ」
「それならどうする? 君は僕のことを教会に伝えるか?」
「……俺も暇じゃないんだ。お前が捕まりたいのなら自分で伝えろ」
そう言うとヴェーネはからからと笑った。
俺の命を狙っているわけでもない。自分が危険になるような情報を、怯えるでもなく屈託のない表情で伝えてくる。
不思議と俺にとって心地のいい時間だった。




